講義と兆し その9
おっさん回です
王都から東に離れた先。
国境でありキャッスルトン王国を紛争地帯と隔てる大河、ティスタ河がある。
この河の両岸は所々が段差の多い荒れ地や崖、林となっていて視界が悪く、冒険者や亡命者から盗賊などに身を堕とした者の巣窟となっている。
そしてそこに……未発見の遺跡があった。
「あぁ、やはりやはりやはりィッ! 神は私を愛しておられるゥッッ!!」
一度は全てを失った男が、狂気に満ちた歓喜の声を遺跡の洞穴に響かせていた。
秋も深まり、王都では冬支度のため商人や使用人が忙しく動き回る。
人々の服装も長袖やコートに移り変わり、半袖や半ズボンなのは制服がそうであるところか田舎のわんぱく坊主ぐらいだろう。
そんな景色を眼下に窺える、ティンダーリア魔法学園校舎内のある一室。
男三人が集まる。
おっさんと、おじいさんと、年齢的にはおっさん手前の青年。
「若造が急に呼びつけおって。ワシは隠匿された遺跡の探索法検討で忙しいんじゃが?」
「僕も、魔物の解析手法の見直しで、色々と立て込んでいるんですが……」
頭部を光らせながらシャモンが睨み付け、小柄なランビバザーも困り眉で同意する。
「んだよ、二人共ミリクトン教授から良い“答え”もらってたのか」
呼びつけた張本人であるテラインは舌打ちすると、グラスの中身を飲み干す。学内なので流石に酒ではない。
彼は、まだ成果らしい成果を出せていない教授同士で結託ないし情報交換できないかと考えていた。
実際は仲間ではなかったのだが。
彼ら二人に関して言えば、ミリクの“答え”が難解すぎた。
ランビバザーは生命組織の最小単位“細胞”や“遺伝子”の概念、DNAの抽出、増幅、解析の手法を小出しにされ、シャモンに至ってはルビジウム光格子時計の原理を小分けにされていた。
このルビジウムだが、アバサーの元素周期表上に金属として存在が予測されている未単離元素だ。発見自体はされている。
正確には単離するところまではいいが、不安定すぎて“炉”を解除できない。空気中に出した途端、その高い反応性で自然発火してしまう。
このせいで、プロジェクト“レッドリボン”の賞金に目が眩んだ未熟な魔法使いがその性質を見極めきれずに何件かの小火騒ぎを起こすこととなった。今ではいくつかの元素の単離実験は、事前申請のうえで指定の実験場にて第三者の監視下で行うこととなっている。
この“単離実験が危険な元素”の指定はミリクの“答え”由来だったが、図らずもアバサーの周期律から導かれる性質の予測をほぼ裏付ける形だったため、彼女は大いに満足していた。
閑話休題。
つまるところ、シャモンは材料がまだこの世界に存在していないうえ、意味不明な原理の超精密時計(というかそれが時計だとわかるまでにもかなりの時間を要した)が、なぜ空間の歪みを見つけるのに役立つかも理解しあぐねているところだった。
普段は行動派である彼には正直向いていない作業だったが、ミリクが口にしたという“隠匿された遺跡”を何としても発見せんと躍起になっている。
ランビバザーも、光学顕微鏡の開発やらDNA解析手法の確立といった慣れない作業でてんやわんやしている。
だから、忙しい。
「なんじゃ? なんも貰えとらんのかお前」
「僕なんて、においの相談しようとしたら、“答え”と一緒に消臭剤と石鹸もプレゼントされたのに」
今のランビバザーは匂いの強い香水を吹き付けてはいない。にもかかわらずその身に纏う空気は、新緑を思わせる木々の爽やかな柔らかい香りに、ほんのり甘いミルクや花のようなニュアンスが自然と感じられる。
少なくとも鉄や腐肉の臭いはしない。
ちなみに同じものや香料違いのものをナーバンも入手し、ミリクの許可を得て下部組織の研究グループに量産化を依頼している。
「どおりでお前の気配が分かりにくくなったわけだ。最近どこにいても腐った死体の臭いがしねえからか」
「いやぁ本当に。おかげで女子生徒からも好評でして、うちの研究室じゃもう必需品ですね」
テラインが悪態をつくが、ランビバザーにはいまいち効果がない。彼は魔物以外のことだと基本的にフニャフニャした男だ。
「テラインさん、ミリクトン教授になんかしたんじゃないですか? あんな小さい子に手を出したら普通に重罪ですよ」
「セクハラじゃな」
「してねえよ! するわけねえだろジジイ!! 男の子供相手によ!!!」
「ジジイとはなんじゃ! エイジハラスメントじゃ! エイハラ!!」
ランビバザーの疑いとシャモンのこの目で実行現場を見たとでも言わんばかりの断定するような言い草に声を荒げるテライン。だが実際、ミリクに嫌われるようなきっかけや原因は思い当たらない。彼はいきなりほぼ最初から拒絶されていた。
エイジハラスメントというのは簡単に言うと歳を理由にしたハラスメントだ。その基準で行くとシャモンの「若造が〜」もエイハラなのでブーメランである。
なので騒ぐだけ騒ぐとシャモンは話題を変えた。
「じゃが実際、死地で男同士が慰め合うのは特段珍しくないじゃろ?」
「あぁ、聞いたことあります。前に劇場でやってた男同士の悲愛モノ見たんですけど、良い話でちょっと泣いちゃいましたね」
テラインを放置してなぜか妙な方向に話を展開していく二人。
その演劇は、テラインの妻がその作家の大ファンで一緒に見に行く羽目になったので知っているのだが、妻以上にボロ泣きしたというのをわざわざこの二人に言う必要はないだろう。
いやだって、若い頃文通相手と会ってそのまま惚れて愛しあう仲になったところで戦争が二人を敵同士にして、それでも隠れて逢瀬を繰り返していたものの戦場で避けられない殺し合いが始まり、その末──なんてベタだがつい涙腺に来てしまう……。
初めて会った場所で最期を迎えるシーンなんてもう……一番最後に今までの手紙のいくつかを朗読する演出もずるい……劇の一番最初、冒頭に、何気ない恋人同士のやり取りの手紙一枚を抜粋したような朗読シーンがあるのだが、その内容の意味が最後の最後にそこで一つに繋がって、あれをいつ誰が書いたものなのか──。
やばい思い出してきて目が……歳食って涙脆くなったのだきっと。
「戦に身を置く奴らなんぞ、ちょっと幼げの残った新米男子などがおれば、ノンケじゃろうとネコにするような輩じゃ」
「でも体格がいい先輩がネコってのも、ギャップがあってそそるとかって話を聞きますよ?」
なんか今度は生々しい話になってきた。二人の情報源が一体何なのか気になるところだが、今はどうでもいい。
まあ確かに……抱かれて味わったことのない快楽に身をよじり喘ぐ若い新米兵というのは実に素晴らしいものがあるが、ウブな新米が申し訳無さそうにそれでも止められずに必死に腰を振っていっぱいいっぱいなのを包み込んで頭を撫でてやりながら身を委ねるというのも趣深い……。
しいて言うならランビバザーなら抱けるが……
おっと、もう自分には愛する! 妻が! いるから!! 必要ないな!!!
などとテラインまで結構奔放に変な方向へ思考が流れ始めている。
テラインの“答え”は、三桁の、いや、三桁だった数字だけだ。
四回目で確信が持てたのだが、それはどうやら何かの日数のカウントダウンらしい。
何の日付かはわからない。
そして先週の講義でそれは百を切った。