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五色の書  作者: 鳥辺野ひとり
王都 ティンダーリア魔法学園
65/104

講義と兆し その8




 “シムリン・ラットパンチャー教授”



 その名が刻まれたネームプレートの扉を、特に躊躇いもせずミリクはコンコンコンと三度ノックする


「……」


 コンコンコン


「……」

「ミリク、今いないんじゃないか?」

「いる」


 レイルウェイの問いにミリクは淀みなく断言する。

 そして扉の前でミリクがしゃがみこむ。



「にゃ~、なぁぁ~~」

「「????」」


 猫のモノマネ、しかもやけにうまい。

 レイルウェイとシンジェルはミリクの行動があまりに理解できず、ぽかんとした顔で眺めた後、互いを見合って首をかしげた。


 すると、ばたばたと足音が近づく。



「ジョリーか?」

「みりくです」

「……」


 扉が開き、ぼさぼさ髪の青年が顔を出す。もちろん見下ろした先にいるのは猫ではなくミリクである。


「じょりーは、うちのべらんだでひなたぼっこしてます」

「そ、そうか」


 シムリンが扉を閉めようとするが、ピクリとも動かない。ミリクが手を添えている。



「じんこーせーれーのことで、はなしにきました」


 “人工精霊”という単語にシムリンの表情が揺らぐ。

 やや逡巡した後、何かを諦めたような顔をした。


「……はいってくれ。後ろのお二人もどうぞ」

「失礼します……」

「しつれいしまーす……」


 シムリンの許可が出て、シンジェルとレイルウェイもおずおずと中へ入った。




「茶を出そう。そこに座って待っていてほしい」


 部屋の間取り自体はミリクの教授室とほとんど同じだ。違うのは数年間使われて、その部屋の主の特色が出始めているところだ。

 専門書や査読中の論文があちこちに積まれ、本棚にも数々の専門書や自著、そして……なぜか小さなぬいぐるみが並んでいる。

 ぬいぐるみは、どうやら教授たちをモチーフにしたもののようだった。しかも可愛らしくデフォルメされ、なぜか猫を思わせる耳や尻尾が付いている。

 特に一番右の新作と思しき物は試作品なのか、いくつかのバリエーションが転がっている。


「あれミリクか?」

「よくできていますね」


 黒い髪に深く青い瞳。白い肌に一際小柄で幼い体躯と顔立ち。

 そして猫耳。

 普通の半袖半ズボンや学園の制服・体操着、貴族の礼装、騎士の武装、魔法使いのローブ。


「手先が器用な研究室生がいらっしゃるのでしょうか?」


 公爵家の息子だが、あくまで初等部という立場から敬って敬語を使うシンジェルが、それらしい推測をする。


「しむりんさんのてづくりだよ」

「えっ、そうなんですか」

「まじか、ほぇぇ……」


 なぜかミリクが答えを述べて、シンジェルは普通に驚き、レイルウェイは感心してぬいぐるみたちを眺めている。


 ティーカップとポットを持ってきたシムリンがぬいぐるみをまじまじと見やる子供たちに気づき、素早く机に茶器を置くと、ぬいぐるみの前に隠すように立ちはだかる。


 完全に手遅れだが。


「こ、これはその……深い意味があるわけではなくてだね」


 シムリンが狼狽える中、ミリクが自身のカバンを開きごそごそと何かを探すようなそぶりをすると、2種類のよくわからない形状をした物体を三つずつ取り出した。


 一つは薄く細長い素材が弧を描くように曲がっている。その内側のところどころに突起があり、外側には左右に一つずつ歪んだ三角形のファーのような布地が取り付けられている。

 もう一つは細長いファーのようなもので、まるで──動物の尻尾を思わせる。

 それらは対になるよう、プラチナブロンドと赤茶と黒の三色の色違いになっていた。


 シムリンが目を見開く。


 これから眼前で何が起こるかを予想して思わず後ずさりし、本棚に軽くぶつかった。


「じる、れりー、こっちきて」


 ミリクが二人に呼びかける。笑顔だ。


「ん? あぁ」

「分かりました」


 二人とも特になんとも思わずミリクに近づく。

 するとミリクの姿がぶれた。一切目で追えない。


「うわッ?!」

「えぇっ!?」


 ミリクの手にしていた謎の物体のうち、プラチナブロンドと赤茶のものがシンジェルとレイルウェイの頭頂部とズボンというか尻にそれぞれ取り付けられた。

 完全に二人の髪色とマッチしている“それ”は──猫耳と猫の尻尾だった。


「なんだこれ?!」

「あ、すごい! これ動きますよ!」

「お、ほんとだ! おもしれー!」


 地味にソーレニの義足の技術が一部組み込まれたそれは、シンジェルとレイルウェイの意思に応じてぴこぴこにょろにょろと動いている。


 二人は、部屋の隅にあった鏡の前でくるくるとまわりながら、耳や尻尾を動かしてテンションが上がっている。


 そして、ミリクもいつの間にか黒色の同じものを装着していた。黒猫である。



「ほーしゅー、まえばらい。にゃ〜」



 目を剥き(おのの)いているシムリンに向け、ミリクの口から恐ろしい言葉が出てきた。返品返却キャンセル不可である。


 そして、ミリクは鞄から結構な厚さの紙束を取り出し、テーブルに置く。



 “汎用演算人工精霊の開発”

 “付属書 天界四層理論概要 部分抜粋”



「これ、は……」


 中を見ると、シムリンの精霊の数学的モデルをもとに、第三層“霊魂の形成(イェツラー)”から第二層“聖霊の創造(ブリアー)”にかけてどういう風に実装するか、設計はどうするべきかなどが記載されている。

 当然シムリンは“天界四層理論”のことなど知らないので、彼の知らない単語と数式、疑似コードまみれの内容なのだが、彼は……彼もまた若く才能のある教授だ。ある点についてミリクに訊いてきた。


「何故、これが実装できるんだ」


 それは、文中では自明のように扱われている、実装のベースとなる部品や環境、元型(アーキタイプ)についてだ。


 何故当然のように数字が扱えて、A+Bで足し算の結果が得られるのか。


 ()()()()()()()()()()()()


「げんけーがもうあるから。だからむかしはおなじようなものがふきゅーしてた。

 でもじんこーせーれー(人工精霊)ぞくせーせーれー(属性聖霊)とちがって、こじんよーだから、ちゃんとひきついでないと、しぜんとこわれてなくなる」

証拠(エビデンス)はあるのか」

「……」


 ミリクの猫耳と尻尾が、ぴくぴくっ動く。


「“ぎゃばりーさん”」

「? ……!」


 いつからいたのだろうか。


 ミリクの隣に図書館の司書のような女性がいた。ミリクと同じ黒い髪に深い青の瞳。ミリクと違い髪は美しく伸ばされ、邪魔にならないよう編み上げられている。

 顔立ちだけ見れば性格が厳しそうなミリクの姉の様である。


 だがそれの身体は、ミリクの顔よりも()()()、肩のあたりで浮遊している。


「書庫管理並びにユーザインタフェース制御を主目的としております。人工精霊『栞の杖』ギャバリーでございます」


 シムリンは、しかしあくまで懐疑的に見ていた。

 外見だけなら幻覚や幻影、風魔法でやりようがあるからだ。


「ぎゃばりーさんがいることがしょーこです。でもぎゃばりーさんがほんとーにじんこーせーれーかは、しょーめーできない。きりはなしたら、おれしんじゃうし」

「ミリクトン殿は“精霊使い”だったのか。だが死ぬというのは?」

()()()そうつくられたから……あ、ちちうえにひろわれるまえのはなしなので、さんぐまのみんなはかんけーないです」

「……そ、うか。済まない。悪いことを訊いた」


 そういえば、ミリクが赴任する前にナラナート理事長から、ミリクトン・ボープ・サングマについての情報が伝えられていたなと、シムリンは思い出した。その頃は完全に他人事だったので忘れていた。

 ミリクが養子であることだとかそういった話だ。タルザムがトラブルを避けるために事前に情報をある程度開示していたのである。


「だいじょーぶです。それよりも……れりー」

「ん? あ、あぁそうだそうだ!」


 鏡の前から猫耳と尻尾を揺らしながらレイルウェイが駆け寄ってくる。ギャバリーはいつの間にか姿を消していた。



「おれに、せーれーを作ってください!」

「えっ」


 突然レイルウェイがシムリンに頭を下げる。流石にシムリンも理事長の次男坊の事は知っている。


「それよんだら、はんつきか、ひとつきぐらいでできます。だからだいじょーぶです」

「いや、というかなんで」


 レイルウェイ顔を上げると、猫耳はぺたりと倒し、尻尾は股下を潜らせて両手でぎゅっと握っている。そして涙目でシムリンを見上げた。


「おねがいします! おれも父さまや兄さまみたいな魔法使いになりたいんです! おれが、じっけんだいになるんで!!」


 やや台詞が支離滅裂としているがシムリンには効いているようで、その顔は真っ赤に紅潮している。


「ぼくからもお願いします」


 シンジェルも頭を下げる。公爵家と侯爵家のダブルパンチである。


 後で詳しく教えてくださいね? とシンジェルはミリクにウィンクしている。ミリクは完全にスルーする。



「ぐっ……だが」



 シムリンは葛藤していた。


 目の前にあるのは“答え”だろう。きっと今の研究が何段階も、下手すれば数世代分進むに違いない。だがそれに縋るということは、自分で見つけ出すことを諦めるということ。


 研究者としての矜持(プライド)の問題だった。



「やってもらえたら、ぬいぐるみとおなじいしょー、ひとつきる」

「お、おれもきます!」

「んー、じゃあぼくも何か着ようかな」




 シムリンの研究者としての矜持(プライド)は、一旦別の棚に置かれた。





突然の猫耳

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