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五色の書  作者: 鳥辺野ひとり
王都 ティンダーリア魔法学園
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講義と兆し その7




 カーテンの隙間から差す朝日に照らされ、身じろぎする。


「んっ、んん……」


 レイルウェイが瞼を開くと、眼前にぱっちりとしたミリクの深い青の瞳があった。


「うわぁ?!」

「おはよー、れりー」

「お、おはようミリク」


 完璧に覚醒しているミリクの顔に驚いて飛び起きる。蒸しタオルは片付けられたのか見当たらない。

 レモンの薄切りの入った水差しとグラスが、ベッドの脇の小机(サイドボード)に置いてある。


 ゆっくり思い出す、そうだ、ミリクのことを抱き枕みたいにして寝たんだった。起きて早々顔が紅潮していくレイルウェイだが、ミリクは特に気にしない。


「どーぞ」


 脈絡無くミリクが声を上げる。


 レイルウェイは昨晩共に過ごして、それが部屋の前に立つ育児使用人(ナース)に入室を許可するものだと理解しているので、狼狽えないしもう昨日のように間違えて反応しない。

 どうやってノックをする前に察知しているかは解っていないが、まあミリクはすごいからな、ぐらいにしか思っていない。



「失礼致します。御召物を替えに参りました」


 ドアが開かれ、サングマの使用人と制服を持ったレイルウェイの使用人とが入ってくる。サングマの使用人はミリクのクローゼットから制服を取り出す。


 ミリクがもぞりとベッドから出てくると、レイルウェイは度肝を抜かれた。


 何故かミリクの下半身が露わになっている。パンツが無い。



 可愛らしいサイズのそれが、朝の日差しに煌めく。



「……れりーって、よるはけっこーはげしーんだね……」


 ポッと顔を赤らめ、両手で頬を押さえるミリク。


「ほおじゃなくて、ち、チン○ンかくせよ! てか変なこと言うな!」

「だってれりー、おれをだいたまま、あんなにいっぱいうごくから……」



 誤解を招く表現できゃんきゃん言い合ったが、要は寝ている間にレイルウェイの足に引っ掛けられて、パンツをずり降ろされたという話だった。

 とんでもない寝相の悪さである。



「さいしょからそう言えよ……でもごめん」

「そのあと、ひざですごいぐにぐにされた」

「ご、ごめん……」


 思わず自分の膝を見やるレイルウェイ。


「6ねんくらいあとにしかえしするので、あやまらなくてだいじょーぶです」


 六年後、つまりミリクが11歳で、レイルウェイが12歳だ。


「ぜんぜんよくないぃ! ごめんって!」

「いーから、いーから」



 使用人達は空気を読んで二人から目を逸らしていた。




 着替えを済ませ朝食を摂ると、ミリクとレイルウェイは学園に出発した。


 馬車を見送るレイルウェイの使用人──いや、貴婦人。



「御令息につきましては、暫くは当家で療養という形でも我々は問題はありませんが……ビニータ様は如何なさいますか?」


 タルザムに話しかけられた女性は、振り返ると同時にその姿が変化する。髪型も衣装も纏うオーラも、侯爵家夫人に相応しいものになる。


「うちの旦那(ナラナート)にもバレたことがないのに、ミリクトン君といい貴殿といい、サングマの男はヤリ手ですのね」



 ビニータ・フォープ・ティンダーリア。


 当代のティンダーリア侯爵ナラナートの正妻。


 つまり、クルセオンとレイルウェイの母親だ。



「過分な評価でございます。ミリクと違い、私は凡庸な騎士の一人に過ぎません」

「ふふ、ご冗談を。凡庸な騎士に、かの実力主義と名高いサングマ辺境伯領主の近衛騎士団副団長なんて勤まらないでしょう。謙遜もほどほどになさって?

 それはともかく、今日の息子の様子を見て安心しました。あの子は好奇心旺盛ですが、ああ見えて繊細なところがあるので。うまく鬱憤を吐き出せたようで良かったわ」


 タルザムはミリク越しに知ることができたに過ぎない。


 遺跡の遺物“貴人の休日”。


 ブローチ型のそれは、いわゆる変装系の魔道具だ。

 姿形や雰囲気などのあらゆる対外情報を改変し、使用者を別人であるように周囲に認識させる。また、存在感が薄くなる効果もあるという。

 ただし、成り変わるその別人からは同意のもとに専用の呪文で、血の一滴と魔力を事前に登録しておく必要がある。使用中はこまめに魔力を補充しなければ効果が解けてしまう。自分の意志で解くことはできるが、外的要因で解けた場合、それに使用者が気付くことができない。といった難点もある。


 しばしば悪用されることもあるため、教会で管理されている物のはずだが、ビニータの実家が教会の遺物管理部と縁があるらしく、融通が利くらしい。


 とまぁ、ここまでがミリクとギャバリーから報告された情報だ。



「お茶のご用意をしておりますが、いかがですか?」

「申し訳ないのだけど、これ(“貴人の休日”)あまり長く借りてられないの。使用人には伝えているから、今日以降、息子は本当の使用人に世話させて、私は報告を受けるだけにするわ。それでは、ごきげんよう」



 そう言って優雅に貴婦人のお辞儀(カーテシー)をすると、ビニータ侯爵夫人はミリク達と入れ替わるようにやってきた馬車に素早く乗り込んで、サングマの別邸を発った。



「……ふぅ……結構子煩悩な方なんだな」


 タルザムが息をつく。その発言はブーメランもいいところである。





 学園につくと、ミリクは朝一に行っているゼミのために教授棟に、レイルウェイは初等部(プリマ)の教室に向かう。



「おはようレリー。その様子だとぐっすり眠れたみたいですね」

「そう、だな……」


 風呂や寝る前や今朝のことを思い出して、顔が熱くなってくる。

 肌が触れ合った。

 ぼろぼろに泣かされた。

 抱きしめたまま眠った。

 パンツをずり降ろして膝で……


(ああああ! くっそはずかしい!! おれのひざなにしてんだよ!!!???)


 レイルウェイが頭を抱えて悶える。


「その様子だと何かやらかしたんですか? あとで教授に訊いてみましょう」

「ジルやめろ……おれ……あと6日とまるのに」


 ミリクの家での療養については、まずは様子見ということで一週間試してみることになっている。レイルウェイの症状は明らかによくなっているので、一週間どころか研究ラッシュが落ち着くまでは当分サングマの別邸になるだろう。


(悔しいですけど、レリーが元気になったのは事実……ぼくも泊まれないでしょうか……うーん、それはさすがに迷惑でしょうね……)


 シンジェルは少し残念そうに微笑むと、レイルウェイを弄りながら適当に授業に臨んだ。




 午後になるとミリクがいつものように初等部(プリマ)の授業の見学にやって来る。というか魔法の授業なので初等部の魔法の講師も務めている研究室生のモハンも引き連れてやって来ている。



「というわけで、なにも無いところから生み出すことはできないので、水属性魔法は不利になりがちです。

 これをどうにかするには、複数属性や上位属性で、空気の中の目に見えない水をかき集めたりしないといけません。

 つまり、中等部(リュケ)に入ってからのお楽しみです」


 火や風は気体を操作すればいい。空気は大抵の場所に充満しているのだから。土もそうだ。人がいて地面がない場所はそうそうない。

 だが水はそうはいかない。水気がない場所では操作する液体がないと手の施しようがない。


 一般には風を集めて氷で冷却し、水蒸気を凝結させるのだが、乾燥した砂漠のような場所ではどうにもならないだろう。


「あいての水分をあやつれないんですか?」

「良い質問だ! 簡単に言うと、とっても大変。生き物の身体にはオーラ……生気(エーテル)体や星幽(アストラル)体が重なっていて、その支配下にあるんだ。他人の魔法で操られているものに魔法を上書きするのが難しいのと同じ理屈だね」


 故に魔法の大半は、外部から物理的に叩き込んだ方が早い。


 どこかの『賢者の本棚』は軽々しく行っているが、体内に属性魔法や錬金魔法を直接行使するには相当な力量が要求される。

 ただし、オーラそのものに干渉する神聖魔法や特異魔法は、特殊な訓練が必要だが体内への干渉が比較的簡単なため、治癒士の育成といった事業が成り立っている。



 閑話休題



 午後の授業が終わると、ミリクと一緒にレイルウェイと何故かシンジェルもついてくる形で、教授棟に向かう。


 ミリクは基本的に暇そうに見えるが、担当するコマ──週に一度の講義や週五回朝一のゼミ──の前後半刻(15分)以内で仕事を全て終わらせているからだ。

 その上論文も魔法で高速印刷する。

 たまに実験をやっている時もあるらしいが、ミリクはそもそも天界から力を直接汲み出す“無限法”を最初から使えるため、主に動きまわるのは研究室(ゼミ)生達だった。

 今もミリクトン研究室では、ミリク以外が頭を捻っては資料の作成や結果の精査等をしていることだろう。



 モハンも同行しようとしたが、「おれようじあるので、もははさきに、おれのへやにもどってて」と言われ、ややしょんぼりとして階段を上って行った。



 そう、これから向かうのはミリクの部屋ではない。

 レイルウェイらも、初めて足を踏み入れる教授棟に少し脚が竦んでいる。


「れりー、だいじょーぶ?」

「だいじょうぶ、家ほどじゃないから」




 三階の廊下を進み、ミリクが扉の前で足を止める。

 レイルウェイとシンジェルが見上げると、重厚なウォルナット製の扉の上部に名前の刻まれた金属プレートが見えた。




 “シムリン・ラットパンチャー教授”




 ミリクは特に躊躇うこともなくその扉をノックした。





5歳と6歳の男の子がくんずほぐれつしてるだけなので、全然エッチではないです。それはそれとしてベッドのシーツになりたいですね。

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