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五色の書  作者: 鳥辺野ひとり
王都 ティンダーリア魔法学園
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講義と兆し その6




「いじる……?」



 オウム返しして少し視線を上げたレイルウェイは、ミリクの指し示す先へとさらに瞳を動かす。

 ミリクの頭頂部では黒い髪がピョンと跳ねている。


「あたまのなかみをきったりつなげたりする。しんごーもふくめて。くるせおんさまと、じるのをさんこうにやれば、すぐに()()()()

「そ、れは……」


 幼い少年の口から出たとは思えない倫理皆無外道生物学者なマッド発言に、思わずたじろぐレイルウェイ。


 だが、“外法”ではない。


 ミリクがやろうとしている魔法は、魂に干渉するようなもの──意識を奪い意志を塗り潰す“隷属”、意識を残し意志を折る“服従”、意識も意志も塗り変える“洗脳”──ではない。


 いくつかの有機物と電荷を動かすだけだ。


 属性で言うなら水と土、僅かな雷。錬金の範疇ではある。


 勿論求められる精度は比べ物にならないうえ、体内は生気(エーテル)体や星幽(アストラル)体で魔術的に支配されているとみなされるため、そこに割り込んで操作するのはたやすいことではない。

 ミリクにとってその程度のことは障害にならないだろう。


 だがそもそも、他者の体内に対して直接魔法を行使するというのは危険を伴う。たとえば人体という複雑な系に対して錬金魔法を行なえば、普通は無事では済まない。生物の肉体は単純で均質な有機物の塊ではない。常に繊細に変化し続ける小宇宙(ミクロコスモス)だ。

 その魔法が使い物になる頃には、磨り潰した命で山が作れるだろう。


 錬金魔法に限らず他の魔法でもそうだ。

 火属性は肉と臓器を焼き、水属性は血管を突き破り、風属性は肺を引き裂き、土属性は全身の骨を砂に変える。


 そして、魔法でなくとも、人は簡単に死ぬ。


 だからわざわざ禁じられていない。“外法”は、特例中の特例だ。


 丁度ナイフを所持することが違法ではないことと似ている。

 相手を傷つけたり殺したりすれば当然法の下に裁かれるが、ナイフそのものが規制されることはない。ナイフの使い方の問題だ。



 だが、大丈夫だから、良くなるからと言われて、ナイフを頭の中に突っ込むことを許すかどうかは全くの別問題である。



 そんな話を持ちかける方も認める方もまともな神経をしていない。



 そして気の毒なことに、ミリクはまともな神経をしていないし、レイルウェイはまともな神経をしていた。



「うぅ……それは……ちょっと、こわい……」

「そっかー」


 怯えるレイルウェイに対し、むーん、と唸るミリク。


「んー。まー、けーさんもあんきも、べつにひとがやんなくても、せーれーさんに……あー、いまはまだじんこーせーれーさん、つくれないのかあ」

「……じんこー、せーれー?」


 レイルウェイは涙ぐんだままの瞳をぱちぱちと瞬かせる。


 人工精霊。人工的に生み出された“考える意識(いのち)”。


 複数の(天界)への干渉技術が求められるが、使い手の思考との紐付け以外は危険はないし、『知識の深淵』を超える必要もない。


 ()()はもう先人が用意している。


 ミリクにギャバリーが搭載できているのだから。



「じんこーせーれーさんは、けーさんとか、きろくとか、そういうことやってくれるんだー」

「な、なあ……それ、おれもつかえるのか……?」


 レイルウェイは、不安げな表情でミリクに尋ねる。



「ほかのきょーじゅしだいかなー」



 ミリクはそのままベッドに横になる。

 子供一人には大きすぎるそれは、もう一人どころか三人余裕で川の字になれる。


 ぽすぽすとベッドの空きスペースをミリクが叩くので、レイルウェイも横になった。


 使用人(ナース)達は部屋の外だ。不眠症気味のレイルウェイの神経を刺激しないようにと配慮したものである。



「んんー。しむりんさんと、みむさんに、おねがいしよー」


 シムリン教授とミム教授は今、共同で人工精霊の開発を進めている。

 新たな属性聖霊は生み出せるのか、天使や悪魔と呼ばれる存在を調査・観測するための手段となりえないか。各々の目的のためにタッグを組んでいる。



「……おれも」

「?」


 ベッドの脇の小机(サイドボード)のランプが、光を淡く揺らす。

 レイルウェイは数瞬躊躇ってから、決意したように口を開いた。



「おれも、おねがい、いっしょに行っていいか……?」



 多分なんの役にも立たないだろう。

 なんの意味もないだろう。

 なんの価値も無いだろう。


 それでも。


 レイルウェイは自分も動かなきゃいけないと、なんとなく流れでじゃなく、自分で、自分の意志で嘆願すべきだと、そう感じていた。



「いいよー」



 特に断る理由もないので、ミリクは快諾した。





 ランプが消え、カーテン越しの月明かりだけが仄かに部屋の中に差し込む。




「れりー、ねむれそー?」


 レイルウェイの方へころんと転がり、うつ伏せになったミリクが尋ねる。

 この質問をしている時点でまだ起きていると分かっている。


「……わかんない……」

「そっかー」

「……」



 微かな呼吸音。

 心臓の鼓動。

 少し身じろぎすると、シーツの擦れる音が思う以上に大きく聞こえる。


 静かなのに、うるさい。



「いしきかりとる?」

「うわっ、……え?」


 突然耳たぶに囁きかけるようにミリクの声が吐息と共に飛び込んできて、無意味にぐるぐる回っていた思考を蹴り飛ばす。

 その距離感の近さにレイルウェイは驚くが、目視するとミリクは結構離れている。サングマ家の夫人達が好んで使う、音波の伝搬を操作する風属性魔法だ。


「すぐねむれる」

「……ちゃんとおきれるのか? それ……」


 レイルウェイが半目で訝しげに訊く。


「……だめかもしれない」

「そこは「だいじょーぶ」って、いつもみたいに言えよ! そくとうしろよミリク!?」

「ほしょーしかねる……ひとのからだはとてももろい……」


 生まれつき制御しきれない力を持った触れるもの皆壊してしまう事を悲しむ神話の人物であるかのような発言だが、ミリクは完璧に制御している。


「そんなあぶないの……やめろ! すぶりすんのやめろっ! 風が! 音がこわい!」


 横になったまま、ミリクが腕を……速すぎるのと暗いのとで全く肉眼で捉えられないが、切るような鋭い音と空気の圧が、レイルウェイに永遠のおやすみを予感させる。

 もし起きられたなら来世だろうか。


 素振りが止まったかと思ったら、ミリクがモゾモゾと小机(サイドボード)をいじって何かを取り出す。


「なにしてんだ?」

「れりー、め、つぶって」

「……?」


 するとなにか暖かいものが瞼の上に乗せられる。


「わっ、むしタオルか……」


 ミリクが魔法で用意したようだ。ほかほかの蒸しタオルが、じんわりと目元をほぐしていく。


(けっこう、きもちいい、これ……)


「おちついた?」


 ミリクが尋ねる。レイルウェイが緊張しているように見えていたからだろう。


「……うん……ありがと」

「ねむれそー?」


 同じ質問が投げ掛けられる。さっきよりも、レイルウェイの意識はぼんやりしていた。


「……どう、だろ……」


 シーツが少し音を立てる。けれど先程と違ってそれほど気にならない。

 蒸しタオルで視界が得られないが、体温が近付いたのを感じた。


「ぎゅってする?」


 ミリクの問いにレイルウェイは特に何も言わず蒸しタオルを乗せたまま、そっとミリクの身体に抱き着いた。

 他人の体温がこれほど心地よいとは思わなかった。




(あぁ……おれ、さみしかったんだ……)


 途端に、色んなものが融けて、レイルウェイは自由になった気がした。



「……れ、そう……?」

「……」



 よく、聞き取れない。

 レイルウェイは、少しだけ頭を揺らす。



「……か……なりで、か……る?」

「ふふっ……おれのいのち、まで、かりとる気かよ……みりく……」



「……」

「…………」



 脳を駆け巡る信号の様相が変わる。


 高周波成分が減り、波長が伸びていく。


 脈拍も呼吸も穏やかになり、血圧が少し低くなる。



 ミリクを抱きしめていた腕から、くたりと、力が抜けていた。






「……おやすみ、れりー」






ミリクは、冗談を覚えた!

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