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五色の書  作者: 鳥辺野ひとり
王都 ティンダーリア魔法学園
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講義と兆し その2



 そんなこんなで各生徒が数式と抽象的概念にもがき苦しみ(地味に数学関連書が売れ、一部の数学研究者が喜んだ)、各教授が専門分野すらたまに超えて次々新たな発見や検証実験を行ない、今までにない勢いで膨大な成果が生まれていった。



 アバサーによる元素周期律と“族”の提唱。現状発見されている錬金素材をもとにした元素周期表の発表。第二錬金式に基づく“未発見元素”と“未単離元素”の指定と性質予測。そして、元素探索プロジェクト“レッドリボン”の開始。


 グームティによる属性を()()()()魔法、“原始魔法”の考案。原始魔法での()()()()()属性魔法の再現実験。従来の属性魔法との比較による“属性聖霊の補助”の高精度の実測値報告。


 シムリンによる有限オートマトンをベースとした属性聖霊の数学的モデルの発表。既存の八属性聖霊のモデル予測、人工精霊と人工聖霊の可能性について報告。ミムと共同で、単純な人工精霊作成を検討していた。


 セリムヒルによる真空管の作成と、雷属性魔法からの電子線観測実験成功。錬金魔法による単層原子量子井戸構造の実現と、その技術を用いた高効率の光魔道具を開発。さらにその過程で光を魔力に逆変換することが可能であることを発見した。


 ナーバンによるフロンティア軌道理論と軌道対称性保存則の実証、それらと錬金魔法の魔力消費量との相関調査論文提出。第一錬金式の精度向上と第二錬金式の結果から有機錬金物質の最小単位として“分子”の概念を提唱。錬金異性体を“構造異性体”、“立体異性体”に再定義。アバサーの元素記号と第二錬金式の結合軌道を図示し、異性体をヴィジュアルに表現する“分子構造式”を提案。



 ミリクが四回講義をやっただけで、属性魔法や錬金魔法の教授陣はこれだけの成果を出した。


 これはミリクが物質の微小構造や『赤』の範囲の量子論から話を始めたからである。

 そして講義が『赤』の力──波を表す数学モデルの説明と、電磁力そのものの性質、そして電磁波と光子(フォトン)──微視的(ミクロ)世界から巨視的(マクロ)世界へと徐々に話が広がると、他分野の教授も動きを見せ始めた。



 バルバザーは伝搬を魔力に依存していた従来の通信手段とは異なり、魔力によって様々な波長の電磁波を発振し、そこに情報を乗せる無線通信、“光子通信”を考案。環境に応じた最適な波長を利用する各種通信魔道具を開発。


 オランジェは透過度が高く極めて短い波長の電磁波──いわゆるX線──による撮像法を考案。セリムヒル、ナーバンらに協力を依頼し、X線撮像装置と造影剤を実用化手前の治験段階まで持ち込んだ。


 オカイティは“原典”に記載された『赤』とミリクの電磁力の比較・考察を教会に上奏し、教皇のサインが入った正式な『真理』として認める書状を理事長に提出した。これにより、現状ミリクの理論は神に背く異端ではないと、大手を振って喧伝できるものとなった。




 ナラナートは二百年分ほどの発見が一度に来たと、狂喜乱舞でそれらの成果を査読し、王家にもその目録が奏上された。




 当然その空気に当てられた次男坊のレイルウェイは、案の定日に日に痩せ細っていった。

 ちなみにナラナートは日に日に艶めいている。


 論文が栄養分なのかもしれないが、レイルウェイがナラナートに生命力を吸われているようにも見えるほどだ。




「レ、レリー、大丈夫……そうには見えないんだけど……」

「──ぇ、う……? あ、ジル、なに? なんかおれへんなこと言ってた?」


 シンジェルに話しかけられたことでやや白目を剥いて瞳から光が失せていた状態から意識が還ってきたレイルウェイ。

 だがその目の下のクマの濃さはまったく改善されていない。

 どうやら眠れていないらしい。


「なんか、家の空気がやばすぎて……父さまと兄さまの“わかった”とか、“わからない”とか、“そういうことか”とか、“どういうことだ”とか、そんな声がずっと聞こえるんだ……朝も夜中もずっと……なのに、父さまも兄さまもすごい元気で……すごい……ずっとなんだ……声が、ずっと…………なんでだ……?」


 レイルウェイは掠れて干乾びた声で、口は笑いながら眼は泣きそうに歪んでいる。


 ちなみにレイルウェイが物心ついてから今まで起こっていなかったが、元々ティンダーリア家では数年おきに起こることらしく、その度に正妻ビニータを含む妻達は実家へ避難しているらしい。

 長男(クルセオン)はそのヤバい空気に適応し、寧ろここ最近はミリクからの宿題で同じ空気を発する側になったが、どちらかと言えばまともな神経をしているレイルウェイは耐えられず睡眠障害に陥っていた。


 なお、クルセオンはミリクの忠告もあり、ちゃんと夜は休息をとっている。つまり深夜まで作業し続けたり、日が昇る前から作業し始めたり、真夜中に突然起きて作業したりするナラナートのせいである。


 なぜそれでどんどん元気になるのかは不明だ。



「ですが、我が公爵家でレリーを預かって療養というのは、流石に体面上厳しいのです……母様も同意見でして……」


 シンジェルは悔しげに顔を歪める。


 元よりお茶会ですら特例中の特例。本来社交界デビューも済ませていない上位貴族の子供同士で交流など自殺行為も良い所なのだ。

 まして王家に数々の成果を納め、さらに力を増さんとする侯爵家の息子を公爵家で“保護”するなど、事実上の“人質”である。そう受け止められても文句は言えない。

 少なくとも、そう受け止められうるリスクをわざわざ公爵家が引き受ける理由などないのだから、当主であるモンテビオット公爵は認めないだろう。

 それに側妻の一人のみ贔屓するなど余計な軋轢を生むだけである。お茶会がギリギリの譲歩ラインと言える。


「じゃあ、おれがりじちょーにそーだんしてみるから、うちにとまる?」

「……えっ?」

「えっ、ミリク??」


 善は急げとミリクは早速理事長室に突撃し、レイルウェイを家にお泊りさせたいと申し出た。


「いや、ミリクトン殿。流石にそれは……」


 突然の事にナラナートも困惑する。


 一緒に引っ張られてきたレイルウェイも混乱しつつ、申し訳無さそうに父親から目を逸らし、視線を床に落とした。


「でも、れりーはともだちなので!」

「み、みり、く……」


 ミリクの言葉にレイルウェイは顔を上げ、血色の悪かった頬が微かに赤みを取り戻す。


「確かに、今は研究ラッシュで妻達も帰らせているところで、息子達だけ放ったらかしになってるのは事実だが……」


 上位貴族なら社交界デビュー前の子供を、乳母を含む育児使用人(ナース)に世話を一任して、子供部屋(ナーサリー)に箱入りにするのは普通のことだ。家庭事情としては非難される謂れなど本来は無い。



「あんまり、こーゆーことしたくなかったなあー」



 ミリクは白々しく棒読みでそう言うと、白い紙とインク瓶を取り出す。


 そのインク瓶の蓋がひとりでに開いた。


 インクが小さな黒い球体となって飛び出し、さらに弾けて煙のようになると、そのまま紙の上に吸い寄せられて文字や装飾を描き出していく。


 現象だけで言えば水属性魔法だが、その精度はあまりにも緻密。

 金属性魔法で版を作って刷ったほうが現実的だ。



 あっという間にそれは論文の表紙と概要(アブストラクト)になった。




 タイトルは、“超伝導の性質とその応用”。



 《特定の物質は低温や高圧力下などの条件で二次相転移を起こし、魔力(電気)抵抗がゼロになる。

 本稿ではこの状態を“超伝導”と呼称し、その性質について考察していく。》


 もうその書き出しだけで、ナラナートは身を乗り出す。



 レイルウェイが「ひっ」と声を上げて身をキュウッと縮める。こちらも重症だ。



 物質により超伝導状態のまま流せる臨界電流や保持できる磁束密度は異なるが、今までにない大容量のエネルギーを溜め込める。また、この現象を利用したコイルが発生させる強力な磁界は、今後の様々な研究の後押しをすることになる。

 少なくとも雷属性魔法だけではコントロールの繊細さもあり再現性が低い実験も多々あったのは事実だ。


「な、中身は……」

「れりーとおとまりできたら、はかどるなー。やるきでちゃうなー」


 わざとらしく子供のようなことを口にするミリク。実際子供なのだが。


「なるほど。レイルウェイ、粗相の無いようにな」


 ナラナートの決断は実に速やかに行われた。


「えっ、あ、はい、父さま」

「やったー!」


 わーいとミリクが喜ぶだけで、論文がさらに六枚ほど印刷された。目次と第一章一節の冒頭一頁だ。


 目次でその全体のボリュームを感じ取ったナラナートも「っひょー!!」と奇声を上げ、レイルウェイはビクリと再び身体を強張らせた。重症だ。




「というわけで、れいるうぇい・ふぉーぷ・てぃんだーりあ、さまです!」

「え、あ、と、とつぜんで、もうしわけない……その、よろしくおねがい、です」


 学園外でそれも身内以外と会話するなど当然初めてなレイルウェイは、ガバガバな言葉遣いを必死でなんとかするのでいっぱいいっぱいで、ガッチガチに緊張している。


「こちらこそ、よろしくお願いします。レイルウェイ様」

「どうかご緊張なさらず、(くつろ)いでいってくださいね」


 タルザムとライザが玄関ホールで挨拶をする。

 ミリクから情報は行き届いているので余裕のある大人の雰囲気のまま、優しく子供を見守る目をしているが、二時間ほど前はミリクからの突然の連絡でそれはもう使用人を急いで動かして部屋を整えたり食事を準備したりと大騒ぎだった。

 だが友達を泊めたいという子供らしい連絡自体は、タルザムとライザを確かに喜ばせていた。食べ物のこと以外で、ミリクが歳相応のおねだりをしてきたのは初めてだったからだ。



「すきなだけとまってね!」

「あ、うん。あ、ありがとうミリク」



 ミリクの屈託のない笑顔に、レイルウェイは鼓動が速くなるのを感じた。





やった! 少年たちのお泊り会!! 腕がなりますね!!!

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