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五色の書  作者: 鳥辺野ひとり
王都 ティンダーリア魔法学園
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講義と兆し その1






 私立ティンダーリア魔法学園の中でも一際巨大な建屋、“大講堂”。



 そこに、学園に在籍する多くの人々が集まっている。



 学園全生徒を詰め込むこともできる(ただし机を取り払って全員立つことになるが)大講堂だけあって、満席というわけではない。だが、その出席者の一部──最前列や中央一帯を席取りしている者達──は学徒に一般開放されている講堂にあるまじき、そうそうたる顔触れである。


 少なくとも、高々高等部(ギムナ)の自由講義如きに集まっていいメンバーではない。

 興味を持って一回目を受けてから履修申し込みするかを考えているような生徒達は、講堂に入った途端に目を疑い、場所を間違えたかとシラバスを確認する。


 もちろん間違っていない。合っている。



 そこには、研究室(ゼミ)生のほぼ全員に、彼らを統べる十二名の教授達、そして理事長本人が鎮座していた。どう考えても分野外であるはずのオカイティ(神聖魔法理論研究)ミム(特異魔法研究)ランビバザー(魔物生態研究)まで一堂に会している。

 学会か? 国を上げての一大プロジェクトでも始めるのか? と思える出席状況だが、その雰囲気は厳粛とした緊張ではなく、未知に対する興奮を醸している。



 定刻になると鐘の音と同時に、すり鉢状の講堂の底にある教壇の左側の戸が開いた。


 ちょこちょこと歩く幼い少年は、しかしその制服に教授である事を示す金糸のワッペンがきらめく。




「それでは、こーぎ、“電磁気力による属性魔法の再解釈”を、はじめます!」







「なあ。お前、ミリクトン教授の講義取ってるか?」


 グームティ(属性魔法理論)研究室を目指す高等部(ギムナ)の男子生徒の一人が、同期のセリムヒル(無機錬金応用)研究室狙いの親友に話し掛ける。


「取ってる……いや、だって()()()()()()()? 取るしかねえじゃん」


 ミリクの講義には、二人の目標である研究室どころか教授本人までもが聴講している。というか全員いる。

 そんなもの配属面接で有利になるに決まっている。


 だが──


「俺、二回目にして挫けそうなんだよな……あれ……魔法の講義なのか?」



 ミリクの講義は容赦が無かった。



 物質の構造を錬金式でしか認識したことのない人間に、電子と原子核、陽子と中性子という概念をいきなり提示した。


 しかもその振る舞いを場の量子論で説明し、ゲージ理論のクソ長い数式でタコ殴り。正準量子化って何? なんでこう式変形できるの? これってつまりどういうこと? である。


 ただ幸いにも、電子や陽子、中性子という粒子が在るという発見もまだだった。いきなり“電子は場の振動がある”と言われ、粒だ波だとバトルになることはなかった。電子と名付けられた場の振動があるんだと受け入れるほかなかった。



 結果としてミリクの講義内容は資料として配布されているが、説明なしに或いは説明があっても、見返したところでさっぱり分からない。



 それでもどうやら教授陣は理解しているようで、講義後に唖然としている生徒を置き去りに、我先にと質問に押し寄せる。

 中でも属性魔法や錬金魔法の教授陣、理事長は凄まじい攻防を見せる。講義責任者による事前申請なしの魔法使用が禁じられていなければ、魔法武闘会が始まるところだ。



 そしてそれらを完璧に予想していたのか、ミリクは質問すら聞かず、“答え”が書かれたぺら紙をどーぞ、はい、どーぞ、とただ手渡していた。



 その場で静止する者、天を見上げて涙を流す者、膝から崩れ落ち地に伏せる者、紙を取り出して一心不乱に数式を書き殴る者、踊り走り回ってそのまま教授棟にスキップで駆け込む者、目を血走らせたまま研究室生を引き連れて実験棟に消えて行く者。


 そして、このミリクの講義により真っ先にその恩恵を受けたのは、やはりというかナラナートとグームティだった。




()()()!!!」




 なんと彼らは一回目の講義の直後に物質の鑑定をより精緻に行ない、ミリクの述べた構造と同様の結果を示す、新たな解像度の錬金式を得ることに成功した。


 その後やや揉めたものの、従来の錬金式を“第一錬金式”とし、それと区別して“第二錬金式”と呼ぶことにした。



 揉めたというのは、当初ナラナートらは“ミリクトン錬金式”と呼ぼうとしたところ、ミリク本人が「きどーがこんなにしゅくたいして……せいどもひくい……」と可哀そうなものを見るようにその式を一瞥したため、まだ我々はようやく二歩目に足を進めたに過ぎないと自戒を込めたらしい。




 そんな第二錬金式はというと、対象とした物質について電子の数と電子軌道の概形、原子核の陽子・中性子の数を示す。



 そして同時に錬金魔法の“壁”を明確にした。




 それはナラナートが第二回講義後、ミリクから手渡された“答え”に記されていた。





 《『赤』の錬金では、原子核の構成を変更することは膨大な魔力と極めて大きな危険が伴うため、事実上不可能である。

 『青』『白』『黒』、特に『青』の制御無しに行なえば“炉”は崩壊し、死の光が迸る。

 “原典”に数多ある滅んだ文明に、キャッスルトン王国が名を連ねることになるだろう》





 ミリクが書いたものとは思えない、預言のように脅迫じみた警告文。


 人質は王国そのもの。



 一流の研究者である前に一流の王国貴族である以上、ナラナートはその方向での研究を保留することにした。




 無期凍結ではなく保留だ。




 普段のナラナートなら決して行なわない、王国に損害が生じるリスクのある判断。その理由は、その文言が『青』『白』『黒』がいずれ扱えるようになればできるといわんばかりの表現だったからだ。



 五年か十年か、二十年か。はたまたもっと先か。



「これは、長生きしなければな」






 第二錬金式のレポートを怨めしく握り締め、臍を噛む若き才媛。アバサー・リジープールが自身の教授室の机にそのレポートを叩き付け、椅子に座り込む。


「理事長はともかく、あのババ……グームティ教授に先を越されるとは……油断してましたね……」


 まさか第一回目の脳震盪のようなあの講義直後に、速攻で実験して成果を出してくるとは思わなかった。とんだアクティブババアだ。



 いや、これは言い訳だ。



 錬金魔法における鑑定で得られる錬金式の精度は、術者の知識に依る。

 新たな知見があれば違う景色が見えるようになるのは当たり前。


 そんな事、錬金魔法を学び始めた頃は常識だったのに、もう全てを知った気になって、あのシラバスを見ておきながら未だ固定観念に囚われていた。



「これ以上錬金で成果を横取りされては堪りません。総員、死ぬ気で鑑定しろ! 私の予想では、“第一”も解像度が上がっているはず。そうすれば予想として出すつもりだったものを、実際のデータと併せられる! 今週中に()を必ず発表できるだけの内容にしますよ!!」





 ミリクは、原子の構造や分子、結晶格子の電子軌道や音量子、そしてバンドの形成まで講義で扱っておきながら、元素周期表の存在を黙っていた。


 何せ放っておいても来週には公表されるからである。






科学史か……?

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