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五色の書  作者: 鳥辺野ひとり
王都 ティンダーリア魔法学園
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正体自明の研究室生 その9

中二的説明回です




 ミリク達は研究室に戻る。


 再び真新しいゼミ室の机に着くと、ミリクが黒板の上でチョークを踊らせる。当然背が届かないので、チョークは魔法で浮遊させている。


「“てんかいよんそーりろん”は、かみさまのちからがこのせかいにながれこむかてーを、よっつのかさなったせかいでわけるかんがえかたです」


 すると、黒板に何故かモハンの似顔絵が描かれる。

 ややデフォルメされその顔は丸い。“もはー”という意図の読めない吹き出しが更に書き足される。


 マハラニが隠すことなくモハンに嫉妬の目を向けた。



「もはのからだは、ただのかたまりです」



 ミリクのややあんまりな言葉に、モハンは首を傾げる。



「にく、ほね、ぞーき。そういうものが、あるだけ。でも、もはは、いきてて、いしがあって、きおくがあって、うごく」


 ミリクがモハンの似顔絵に重ねるように、もうひとつモハンの似顔絵を描く。



「“もの”のせかいからひとつうえ……というよりおんなじところ。

 だいよんそー、こんぱくのぶっしつ( 魂魄の物質 )、“あっしゃー”。

 ここは、ものにながれるじょーほーのせかい。

 かんかく、しんごー、せーめーりょくがでいりして、そんざいとじったいがひもづいてるばしょ」

「そのもうひとつのモハンは、“生気(エーテル)体”ということですね」


 マハラニが理解したように口を開く。


 生気(エーテル)体とは、肉体を動かすものであり、肉体が得た情報を認識する、生命力によって織られたもうひとつの仮想的肉体、と考えられているものだ。


 肉体に重なる上位の概念的身体の存在は、神聖魔法を扱う者であれば知覚する機会が多い。学派によって内的オーラだとかネフェシュだとか呼び名は異なるがだいたい同じものを指している。


 ただここで気をつけなければならないのは、ミリクは人一人ではなく世界全体の話をしているという点。


「えーてるたいは、“あっしゃー”にあります。でも、“あっしゃー”はこのせかいとおなじ。つまり──」

「……人や生物以外にもあるということだな。物体の経験的情報も、魂魄の物質(アッシャー)に堆積している」


 ミリクの視線を受け、クルセオンがその期待に応える。何せ彼は“ミリクの論文”(しゅくだい)を進めている。いわば予習済みだ。


「もしかして、神聖魔法の“鑑定”はアッシャーの記録が源泉、ということですか?」


 モハンが閃いたように質問すると、ミリクは少し唸る。


「はんぶんくらいせーかいです」

「??」

「多くはそうですが、魂魄の物質(アッシャー)より上位の層からも情報を得ることがある、ということです」


 ミリクのふわっとした判定に対し、マハラニが具体的な言葉を付け足す。彼女はそれこそ“神託”で情報を得ているのだから、クルセオンと同程度には予習できていると言えるので、スラスラと意見が出てくるのは不自然では無い。



「“あっしゃー”のうえ。かんじょーとしこー、いしときおくがあるところ。いしきのせかい。

 だいさんそー、れーこんのけーせー( 霊魂の形成 )、“いぇつらー”。

 ここは、いみがかたちをなして、そんざいをえるばしょ」


 ミリクが更にモハンの似顔絵を重ねて描く。

 そして恐るべきことを口にした。



ぞくせーせーれー( 属性聖霊 )は、ここに“からだ”があります」

「えッ!!?? ……あ、す、すみません」


 今度こそモハンは本気で驚愕していた。


 その大きな声にクルセオンがビクリと身体を強張らせる。

 マハラニとミリクは無反応だ。


 モハンは気まずい空気に(勝手に感じて)即座に謝罪した。



 だが彼のかつての専門、属性魔法の根幹に関わる話なのだから、驚くのも無理はない。



 あの“電磁気力による属性魔法の再解釈”のシラバス上でも、あくまでそういう解釈の仕方もある、程度に表現が留められ、詳しくは書かれていなかった。


 ミリクが説明を再開する。


「でも、せーれーのからだは、ほとんど『ぱろけと』のむこうがわだから、とくべつな()をもってないなら、ふつうはちかくできないです。さいしょがいちばんむずかしい」

「ぱろけと?」

「『神殿の幕(パロケト)』だ」


 ミリクの謎用語をオウム返しするモハンに対し、同じ単語なのに何故か俺は知ってる感が滲むクルセオン。

 そして案の定、マハラニが補足説明しだす。


「“原典”にもある『パロケトのヴェール』ですね。顕在意識と潜在意識の境界。普段の生活で意識していないということ、それ自体が先を阻むことになる。

 天上へ至る道における、一つ目の大きな障壁です」



 感覚の世界魂魄の物質(アッシャー)から霊魂の形成(イェツラー)に上がってまずあるのは、感情と思考。


 亡霊や怨霊、精霊のような霊格の低い霊的存在も潜む世界。


 そして意識の領域を掌握しきることで、無意識の領域の輪郭を認識できた時、その『幕』(パロケト)を掴み取り捲り上げることができる。



 そこにあるのは現象の原因であり、意志そのもの。


 今まさに在る、自我そのもの。



「“ぱろけと”をこえると、いしときおくです。せーれーのからだもあります。といっても“ほんたいからうまれたからだ”といったほうがただしいです」



 属性聖霊ならば、特定の形式(プロトコル)の意志を拾い上げて複雑な演算を行ない、適切な『赤』の魔法を魂魄の物質(アッシャー)に生み出すための、“身体”にあたるものがある。


 属性聖霊に限らず特に霊格の高い霊的存在──所謂ヒトの形をとるような『天使』や『悪魔』──は、神聖なるものも邪悪なるものもこの意志の世界に潜んでいる。



「そして、ここまでくると、そのうえのそーにいけます」



 何故ならそこには“記憶”があるからだ。



 今の肉体、物質に依った“記録”ではない。


 時に囚われず廻る魂が纏っている、数多に積み重なった“記憶”だ。



 これは同時に、さらに上の層への足掛かりとなる。その“記憶”は、魂の輪郭そのものだからだ。



「“いぇつらー”のうえ、たましーのゆりかご。いみのみなもと。

 だいにそー、せーれーのそーぞー( 聖霊の創造 )、“ぶりあー”。

 ここは、ちからがちつじょをえて、いみがつくられるばしょ」

「いよいよ魂と命の世界、そして……神の御前、のはずですね……」


 ここにきてマハラニが、言い淀んだ。


 彼女、そして彼にはまだ見渡せない世界。



 クルセオンもここまでは予習できていないのか、モハン共々黙々とメモを取りながら、ミリクの説明に耳を傾けている。



 聖霊の創造(ブリアー)には、霊魂の形成(イェツラー)に対応する形で魂の本体がある。


 “個”が持つ最も上位の本質。




 そしてその先に進むには、その“個”と“知”を超克しなければならない。




「ここには『だーすのあびす( 知識の深淵 )』があって、これをこえるのは、まずむりです。こじんのたましいやいしきが、なんのまもりもなくここをとおろうとすると、ちしきがはがれて、『ほのおのけん』にきられて、いみがみんなはっさんしてなくなっちゃう」


 今まで饒舌だったマハラニが黙り込む。だが、その瞳は明らかに──悔しがっていた。


 ミリクが親指と人差指で輪を作り息を吹き込む。

 すると、中を霧で満たされたシャボン玉が生み出され、次々と勢い良く黒板にぶつかっていく。だが当然シャボン玉は力無く割れ、中の霧は周囲の空気にとけて消えていく。




「こんなかんじです。こうなると、もうにどと、もどってこれません」




 無謀な魂の末路に、マハラニの表情が微かに歪む。



「『あびす』のむこーには、いみのげんけー(テンプレート)、“いであ”があります」



 あらゆる意味の元型。

 プロトタイプ定義。


 “個”を超えた“全”の世界。


 属性聖霊の本体(しくみ)が刻み込まれ、安置されている場所。



「そして“ぶりあー”のうえが、ちからでみたされたところ。

 だいいっそー、しんせーの( 神聖)りゅーしゅつ(の流出 )、“あつぃると”。

 いちばんさいしょに、かみさまのちからがながれてくるばしょ。

 そして、“むげんほー”はここまでこないといけないです」



 この世界の造物主とされる存在。


 光であり、無限であり、無。


 零と永遠の区別もない彼方から、神聖なる輝きの奔流が何処からともなくこの世界に向けて絶え間無く湧き出し、万遍なく埋め尽くす層。



 まだ秩序も意味も全ては一つに融け合い、未分化で純然たる力以外は存在しない()



 世界を駆動させる源の力。至高天(エンピレオ)の手前である原動天(プリモ・モービレ)




 そして、“無限法”が目指さなければならない到達点。





「────『(イェキダー)』……」




 マハラニがポツリと零した呟きは、講義時間の終わりを知らせる鐘の音に掻き消された。








 作中の魔術理論は大体、黄金の夜明け団の生命の樹の解釈ですが、独自というか適当になってる部分もあります。ファンタジーですので。


 ただ、こういうのも好きなんですけどね、そんなことよりもっとこう、男の子がわちゃわちゃするのが観たいんですよ……本当ですよ?



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