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五色の書  作者: 鳥辺野ひとり
王都 ティンダーリア魔法学園
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正体自明の研究室生 その8




「これは……?」


 ミリクは、モハンから絞り出された鳴き声に限りなく近いその質問に答える。


「まんなかに、まりょくをいっぱいためるこーぞーをつくって、まわりにぜんぶばらばらにするれんきんまほうじんかいただけの、せんりゃくへーきです。

 かけたまりょくのわりには、いりょくがよわいですが、ざいりょーやまほうじんそのものはかんたんです。

 よわいといっても『あか』でこわすだけならいちばんつよいです」


 錬金魔法に必要な魔力は、錬成前後の錬金式の持つパラメータ差と錬成量に比例する。そして錬金式は、錬金魔法で鑑定して得られるものであり、故に鑑定できないような不安定な物質は、錬金式を予想し理論値としている。


 ミリクの言う“ばらばら”は最も不安定な状態だ。

 魔力が抜ければ即座に最も安定な構造に遷移する性質から、小さな“炉”で実験的に行われることはあるが、地形を変えるようなレベルで、まして無差別に行なうなど常軌を逸している。

 普通に火や雷属性の魔法を撃った方が早い。


 ただ、この戦略(オレンジ)級破壊魔法には、錬金魔法由来の効果がある。


「これは、錬金だから……物理的防御や隠れてやり過ごすという考えは通じないのか……錬成後の爆発的な余波もある以上、どのみち赤光壁も必要だが……」


 錬金魔法は“炉”の中であれば、対象となる物へ均一に作用する。

 それに対抗するには、“聖光壁”のような魔法そのものを遮断する防御が必要だ。

 その上に物理的破壊力を持つ爆轟。


 魔法と物理、どちらか片方でも防御が脆ければ、死は避けられない。




 だが、その凄まじい破壊性能以上に、この魔法には恐ろしい点がある。エリートと言って差し支えない彼らは、当然その点に気付いていた。




「あの、ミリクトン教授……い、今のは、()()()()()?」



 モハンの質問に答えるように、ミリクが地図を空間に投影した。

 王立中央図書館にも所蔵されている最新の地図だ。

 しかしその形は歪。

 他国から利用されないよう、意図的に精度が落とされているためだ。


 まして他国の地形などより曖昧である。海や空にも地域によっては魔物が生息しており、不用意に探索ができないのも理由の一つだ。


 それでも星々の運動や影から、この大地が球体であろうということは、比較的昔から予想されていた。




「このへん。うみのまんなかです」




 ミリクが指したのは、地図の外だった。



 そう、真に恐ろしいのはその射程と、精度だ。




「……王国全土を射程に含めているのか……?」



 サングマ(辺境伯領)にいながら王都を地図から消す。


 いや、王国のどこからでも王都を消せるだろう。



 そんな想像を孕んだ震え声のクルセオンの問いに、ミリクはやや否定する。



 ミリクは地図と同じく王立中央図書館にある、地図同様に曖昧な地球儀の幻覚を生み出すと、その上に描かれたキャッスルトン王国とその反対側(対蹠点)を指で押さえて地球儀を挟む。




「ここまでとどきます」




 この地上に、この地球(ほし)に生きる限り、あの攻撃で狙うことができる。


 全人類への死刑宣告。


 モハンとクルセオンの顔からは血の気が引き、真っ青だ。




 だが例外もいる。




「……なんて、素晴らしい──」




 マハラニは、それを聞いてすっかり上気し紅潮した頬を押さえながら、恍惚とした眼差しをミリクに向けていた。



 三人の研究室生達の反応を、しかしミリクは特に気にせず、話を続けた。


「そんなことより、いまのが“むげんほー”のきょーきゅーのちからです。でもこのまほーはすごくむずかしいので、どうにかしてほしいというのが、りじちょーからのおねがいです。そのためにまずは……」


 そこでミリクは言葉を止めて、クルセオンに視線を向ける。

 その視線にビクリと体を強張らせたものの、クルセオンは青褪めた顔から生気と思考能力を取り戻す。


「……あの論文にあった、“天界四層理論”についての理解が不可欠だということか」


 クルセオンの理想的な回答に、ミリクは頷いて肯定する。


「そーです。なのでまずはそのおべんきょーをしましょー」





 黄金色に輝く光の塔がそのヴェールを脱ぎ去ったかと思えば、そこから足早に教授棟へ戻っていくミリク達。




 グラウンドで戦闘演習の講師や助手を行ないながら、ミリク研の様子を伺っていたテライン研究室生達は、口々に報告し合っていた。



「さっき、結構ヤバイ音がしたと思ったんだが……“壁”でこっちの探知は全部弾かれたな」

「そうね。中で何やってたのかは分からず終い。ただ、あの“壁”だけでも十分イカれてるってのは分かる」

「やっぱやめといたほうがいいって。ミリクトン教授はほんとシャレになんないんだよ。俺、入学試験をこの目で見たんだから」

「そんなこと言って、お前“斥候コース”なんだから、どうせ望遠魔法で見てたんだろ? どうだったんだよ」


 魔法の軍事運用研究を行っているテライン研究室は、様々なコースがある。斥候、前衛、中衛、後衛、兵站、指揮と多岐にわたる。

 そして斥候に求められる技術には、“相手よりも味方の誰よりも先に気付くこと”・“相手に気付かれないこと”がある。つまりは観察眼と隠密性だ。


 そんな彼らが必修とする魔法の一つが望遠魔法。


 これは、望遠鏡と等価な光学系を再現することで遠く離れた場所を観察する遠見の魔法の総称であり、特定の術式を指すものではない。その性質上、監視対象に直接干渉せずに済み、気付かれにくいという特徴がある。


 使い手によって用いる属性は異なるが、いずれにせよ繊細なコントロールが要求される。従って、最も手慣れた属性を使うのが普通だ。

 水属性による水や屈折率の高い特殊な液体を用いたレンズ、風属性による空気のレンズ、金属性による水銀の鏡など。


 彼の場合は火属性だった。


 難度は高めだが、火属性魔法は熱を伴わずに光を直接操作することもできる。最も融通が利き、外界から見える変化も少なく、隠密性が高い。


 一見弱気でも、魔法戦闘の研究室生としてやっていける程度には優秀な魔法使いということである。



 そんな彼はバツの悪そうな顔をすると、渋々と口を開いた。


「……あの内側に、赤光壁も見えた。あとは……本当によくわからない……

 余程やばいことやってたのか、クルセオン様やモハンさんが狼狽していたけど、会話までは拾えなかった」


 彼にはミリクの映しだしていたものまでは見えなかった。ミリクが使っていたのが、対象の五感に直接情報を送り込む幻覚の術式だったからだ。

 物体が放つ光そのものを再現する幻影の術式とは異なり、魔法の対象となっていなければ(映像)は見えない。

 つまり外部から光学的に観測することはできない。


 無論そのぐらいのことは、彼等も把握している。

 幻覚も幻影も、使い方が違うだけで通信魔法の一種であるということで今では神聖魔法の括りに入っているが、戦闘・戦術面での応用範囲が広く古来より利用されているからだ。



「あの強力な聖光壁張られた時点で無理なんだって」

「そうそう。あれ、解いてみようとしたんだけど、全然ダメ。何やっても()からぺしゃっと術式潰されてる感じがする」

()ってなんだよ」

「えー、やめてよもう……それ絶対ミリクトン教授に気付かれてるやつじゃんかあ……」



 弱気な青年が一層項垂れる。




 不意に、背後から腰の辺りを突つかれた。




 しかし斥候コースの青年研究室生は、触れられたにもかかわらず未だ背後にその気配を感じ取れずにいる。


 彼は驚き振り返った。


 だがそこに人影は見当たらない。



「……」



 嫌な脂汗が噴き出る。




 ゆっくりと、腰の方に視線を降ろし──






「らいしゅーからこーぎやるので、きょーみあるならどーぞ」





 ミリクはシラバスを人数分渡すと、トテトテと先程までの気配のなさが嘘のように足音をたてて教授棟へと駆け戻って行った。




 青年達は完全に腰を抜かした。





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