正体自明の研究室生 その6
《以下の者を、正式にミリクトン研究室生とする。
グームティ研究室所属、モハン・マジュア。
オカイティ研究室所属、マハラニ。
理事長研究補佐、クルセオン・フォープ・ティンダーリア。》
掲示板に貼りだされた面接結果の前にたむろするのは、学生達ではない。
「「ッシャーッッ!!!」」
「ヘーイッ!」パーンッ
「フーゥ!!」パパーンッ
「「イェーーーーイ!!!!」」
しかしそのはしゃぎようは、学生かそれ以上だ。
ナラナートとグームティは揃ってガッツポーズからのハイタッチをキメて踊りだした。この学園は心根の似た者が多い。
「……」
「……」
そして逆に酷く落ち込んでいるのは、アバサーとナーバンだ。
二人は何もない空間を見上げては、物憂げに話し合っていた。
「……アビーちゃん。貴女ならこの前のミリクトン教授の錬金魔法、どれぐらいでできる?」
「結論を言うと、そもそも現状の技術では無理ですね。
うちの研究室総出で鑑定して、それだけでまず一日潰れます。
その後、芳香気体の錬金式一覧と照会して、人間の魔力的に錬成可能な錬金式の組換えパターンを見つける。これも一日か二日は欲しいです。
でもここまではまだいいです。問題は、対象が分散している上複雑な形状で変化し続ける生体を対して、どうやって“炉”を作るかです。
……擦り潰して球体にしたいですね」
アバサーからは猟奇的な発言が飛び出す。
そしてナーバンも特にツッコまず話を続ける。
「標的はね、予想ついてるからそこの鑑定はすっ飛ばしてもいいのよ。悪臭に絞って考えれば、この前のなら標的は五種ぐらいよ。
でも問題はやっぱ“炉”よね。あとは錬成処理そのものの時間。
形状変化を無視するためにも、極力短時間で錬成しないといけないわ。それこそあの時のミリクトン教授のように。
でも、あんな複雑な形状だと錬成の制御が一様に出来ない。小球分割で構成するとしたら、あれは幾つの“炉”を作るのよって話になるわ。……あのシラバスにあった“補助する聖霊”でもいないと無理よね。あれは属性魔法だけど」
「そこのとこだけでも情報を得られれば良いんですけどね……」
深く溜息をつく二人。
その手にはミリクの前期講義“電磁気力による属性魔法の再解釈”のシラバスがある。
「私の予想だと、後期は錬金魔法の話があると思うのよ。というか教授会の度にミリクトン教授へ打診するつもりなんだけど。ただその前提として、この前期講義は事前知識として必要になるはずだわ」
「可能な限り出席しておきたいですね。悔しいのは、これに自分で気付けなかったことと、いまだにその全貌が分からないことです」
「私たちは物の構造についての考えが甘かった。鑑定結果の錬金式で満足して思考停止していた……と言わざるを得ないわね」
そして他の教授も顔色が良くない。それはミリクの研究室に人材を送り込めなかったからではない。研究室生達が面接から持ち帰ってきた質問によって、彼らの睡眠時間が奪われたからである。
「属性聖霊を人の手で新たに生み出す……まるで分からない……やはり、特異魔法や神聖魔法の領域に近いのだろうか。聖霊そのものを扱うなんて専門外だ……」
「“バンドギャップ”ってのの高さが金属特有の魔力の通りやすさに関わってるんだろうが……それを微細構造で制御できるってことなのか? この“微細”ってののオーダーがどれぐらいなのか、それに“井戸”ってのも分からん」
「転移系統の遺物の暴走、或いは意図的な隠匿……あり得ん話ではないが、実際に見つけ出す方法なんぞ見当もつかん」
「魔物の起源として遺物が関わっているという説はよく聞くけど……血統、血脈を解析するって、鑑定というよりも神託の域だよなあ」
後に“ミリクトンの十大問題”とまで呼ばれるのだが、ミリクにはそんなことどうでも良かったし、自分が所蔵していることを彼らがどんな言葉で説明するのか聞いてみたかっただけだった。
そんなミリクの教授室の扉を叩こうとする者がいた。
「てらいんさん、どーぞー!」
「!」
相変わらずまるでこちらが見えているようなタイミングでドア越しから響く声。
「失礼する。折り入って、お尋ねしたいことがあるんだが」
「ないしょ!」
用件を口にする前から拒否られ狼狽えるテライン。
「え、まだ何も」
「ひみつー!」
しかしミリクは口や目をキュッと酸っぱそうに締めて閉めきった顔をして、まったくテラインの話を聞こうとしない。
「んーむ、なら模擬戦というのはどうだろうか?」
「おれが?」
「ああ、そうだ」
「だれと?」
「私とだ。お願いできないか?」
ミリクは少し考える素振りを見せた。そして澄んだ瞳でテラインの顔を見上げる。
「めんどくさいからやだ。ちちうえからたのまれてないし、とくしないし」
タルザムが聞けば驚くほど明確な拒絶の言葉。
「そ、そこをなんとか」
「んーー……」
小さな腕を組んで考え込んだミリクが、数拍おいてカッと目を見開く。
「やだー!」
とぼとぼと教授棟の階段を降りるおっさんもといテライン。
「大規模破壊魔法のことも聞けず、模擬戦も断られ……子供の反抗期みたいだな……と、そういえば子供なんだったな。んー、何か流行りの菓子折りか玩具あたりを見繕うべきだったか」
そうなってくると、どういうものが好みで、どういうものが嫌いなのかも下調べするべきか……などと考えていると、人の気配がする。
「おやテライン殿。その御様子だとふられたようですかな?」
気に障る声。階下から上がってきたのは、聖職者を気取る見知った男だ。
「……オカイティ……『黄』の使いっ走りが、随分と偉そうだな。優秀な女狐を差し向けて、手玉に取ったつもりか」
階段に殺気が広がる。
その張り詰めた空気の綱渡りを、しかしオカイティは嘲笑うように平然と進んでいく。
「ははは! あぁ本当に、何も解っていらっしゃらない。
猊下が彼をなんとお呼びか御存知ないのでしょう。『神の恩寵』、ときに『天の試練』と呼ばれるのですよ?
凡庸な人間如きが思い通りにしようなど、実に滑稽。実に烏滸がましい!」
二人の距離が近づいていく。テラインの瞳が鋭利さを増していく。
「ほぉ? お前は凡庸じゃねえってか」
「そうですな」
オカイティが静かに瞼を閉じ、テラインの脇を通り過ぎて階段を登っていく。
「私など信じるしか能のない、凡庸にも足らぬことでしょう。だからこそ、導きに縋る他ないのですよ」
教授棟最上階、真新しいネームプレートの教授室の中。
そのゼミ室には青年と美女、それに少年二人。
そしてこの集団の主は、その中でも一際小さく幼い少年だ。
「それではこれより、みりくとんけんきゅーしつの、だいいっかいのぜみを、はじめます!」