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五色の書  作者: 鳥辺野ひとり
王都 ティンダーリア魔法学園
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正体自明の研究室生 その5




 少年は扉を開き、教授室へ足を踏み入れた。


 そこには、更に幼い少年が不釣り合いな大きさの椅子に座ってこちらを見つめていた。



「クルセオン・フォープ・ティンダーリアだ。ミリクトン教授」

「おまちしてましたー!」




 同じ一人の愛する者を、寝取られた者と寝取った者の視線が交錯する。




 別に同衾(どうきん)などしていないし、ミリクに至ってはソーレニはタルザムの親戚のお姉ちゃんぐらいの認識だが。


 少なくともクルセオンとソーレニの二人は本気である。


 片方向だが。



 そんな一方的に張り詰めた空気の中、先に口を開いたのはミリクだった。




「“のろい”、とけそうですか?」

「!」



 クルセオンはその一言で刮目し、ミリクがここに来た理由を完全に理解(誤解)した。



「……まだむり?」

「いや……調査を進めている」



 ミリクの言葉が自分を無能だと責めているように思えて、クルセオンは堪らず反論する。


「オカイティ教授からいくつかの論文を受け取って、ここの図書館にある“原典”の写しを参照しながら検討を進めていて──」



()()()()()()()()()?」



 ミリクは成果は出てないんだなと、クルセオンの言葉を切り捨てる。



 けれどその態度にクルセオンは文句を言えなかった。



 同じ女性を愛した者として、立場が逆なら自分も同じように切り捨てるだろうからだ。


「っ……“呪い”を祓うなら必要なのは『聖別』。だが『聖別』は教会秘匿の神聖魔法……秘蹟だ。それが分からなければ……」


「できないなら、おれだけでやる」

「ッ!!」



 ミリクのその目は、期待というものを全く感じさせない。



 役立たずを見る目だ。



 こっちが教授にまで成り上がって必死で智慧や人材を掻き集めているというのに、恵まれた環境にいたお前は今まで何をしていたんだと、木偶の坊を(なじ)る目だ。


「待て、待ってくれ!!」


 縋るように声を上げるクルセオンに、ミリクは一転して憐憫の表情を浮かべた。



「そーれには、おれをえらんでくれたから、おれはそれにこたえる。けど、えらばれなかったにんげんは、がんばれなくてもしかたない」



 ミリクが背を向ける。



「まはらにさんもいるし、だいじょーぶ」




 もう用はないから帰っていいよと。



「だ……」



 非力な子供は親に守られていればいいよと。



「ぃ……だ」



 お前に愛する者を救うことはまだできないよと。





「──嫌だッ! ここで逃げたら……! 僕はっ、俺は! 才能と血筋で持て囃されてるだけの、中身の無い、何も成し遂げられない、無力な人間のままだッ!! わがままなのは判ってる! それでも!! 俺だって、ソーレニを助けたいッ!!!」





 慟哭するクルセオン。知らず知らずのうちにその瞳からは涙が溢れていた。



 ミリクが静かに振り返る。その手には数篇の論文……いや、その下書きのようなラフな筆跡の紙束が握られていた。



「これをまとめて、せーしょしてほしい」



 歳相応の少年の顔で呆然するクルセオンへ、ミリクはそれらを手渡す。



“神の御力の流出過程および天界の多層構造”

“魔法の付与と固定による永続化”

“天界四層理論に基づく属性魔法と神聖魔法の解体”

“天界四層理論に基づく呪法と聖別の再解釈”



 それらは、まさしくナラナートやエデンベールが喉から手が出るほど欲する、『賢者の本棚』が所蔵している叡智の断片。


 涙を拭って、その内容に軽く目を通しはじめるクルセオン。だがその既存の魔法の在り方を破壊する内容に、途中で理解が追い付かなくなることを察して、この場で読み切ることを諦めることになった。



「……す、ごい……」



 そのかつてない知的好奇心を駆り立てる未知の内容に反して、不思議とクルセオンの頭は冷静になっていく。



「できる?」



 ミリクが再度問い掛ける。その表情は先程とは別人のように柔らかい。

 それはまるで森の豊かな土が清水を吸うように、ミリクの声は染み込み、思考が澄み渡っていく。



「あぁ……まかせてくれ! クルセオン・フォープ・ティンダーリアの名に賭けて必ず清書(りかい)する!!」

「むりしてからだこわして、かなしくさせるの、だめだよ?」

「う……そうだな、そんなことで彼女の心を乱すようでは、半人前だな。機会を与えてくれたことと忠告、感謝する」



 退室するクルセオンの表情は、どこか吹っ切れたような爽やかなものだった。





 秋も深まり日がいくらか短くなったこともあって、午後の授業後から始めた最終面接は、テキパキ終わらせても空がすっかり赤く染まる時間となっていた。



 ミリクが帰宅し夕食を済ませると、タルザムは早速ミリクのから面接の結果について尋ねた。



「クルセオンに関しては、話術と共に活性法による傲慢、嫉妬、悲嘆、恋慕の精神活動へ刺激を行ない、思惟指向の簡易的制御に成功しました」

「そ、そうか……」


(九歳の子供相手に魔法まで使った思考誘導とはえげつないな……ぎりぎり外法ではないが……)



 タルザムは、ギャバリーの容赦ない事後報告に顔を引きつらせる。



「また、マハラニに関しては予想通りでした」



 そして続けざまにやって来たその非情な言葉に頭を抱えるタルザム。どこかそうでなければいいのにと期待していた自分がいたのだ。


「そうか……とにかく、二人を研究に釘付けにする形で当面は進めよう」

「承知しました」






 翌日、ミリクトン研究室への正式な研究室生の移籍者が発表された。




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