正体自明の研究室生 その4
(2019/06/09 分割しました。)
ぺらりぺらり。
茶会を終えて帰宅したミリクから紙束を受け取ったタルザムは、その内容を確認する。
明日行なう、ミリクの研究室生を決める最終面接対象者のリストだ。
「理事長と十二の教授が各々一人ずつ推薦した結果がこれか」
そしてそこには、何も知らなければ驚くような人選もあった。
「しかし、理事長枠でクルセオン様が入ってくるとは思わなかったな。貴族学校の方はどうするおつもりなのだろうか……?」
そこには一枚目から堂々と“クルセオン・フォープ・ティンダーリア”と記されている。
どうやら以前から学園の研究を手伝わせるために、元々研究室生扱いだったらしい。
「あと気になるのはオカイティ教授の学生だが……」
紙を捲ると、“マハラニ”という女性。
(ハニートラップ……なわけはないよな)
「ミリクとギャバリーはどう思う?」
ミリクは「まえもあったし──」と予想を告げる。
「ああ、そうだな。言われてみれば確かにそうだろうな……」
タルザムは顔色を悪くした。
「んふ〜んふふ〜」
「もはせんせー、たのしい?」
「あ、い、いえ、それに“先生”だなんて、私は一介の研究室生ですから……むしろ私が先生とお呼びしたいほどですし……」
モハン青年は照れ臭そうに指先で頬をかく。ミリクは「うーん」と数秒唸り、目を見開く。
「もは!」
「み、ミリクトン先生……?」
「じゃあこれでめんせつおわります」
「えぇっ?!」
そしてミリクは唐突に終了を告げる。そう、今まさに最終面接ということで、グームティ研究室代表としてモハン・マジュアを面接していた。
名前を呼び合っただけだったが。
「もはのことは、ぷりまのじゅぎょーでわかってるので、だいじょーぶです」
「は、はあ……も、もし落ちても、講義は受けられるんですよね?」
「だいじょーぶです」
モハンは戸惑いながらも、教授の機嫌を損ねるわけにもいかず、それだけ確認すると大人しく退室した。
その後もシムリン研究室代表、アバサー研究室代表、セリムヒル研究室代表、ナーバン研究室代表と次々研究室生がやってくるが、ミリクは一つ二つ質問をしただけで面接をサクサク終わらせていた。
だが、ミリクの教授室から出てくる研究室生達の顔色はあまり良くない。
《いちからおりじなるでまほうをこーちくせずに、ふくすうのぞくせーをつかうりてんはなんですか? あたらしいぞくせーせーれーとして、こてーしないのはどうしてですか?》
《みなさんのつかうれんきんは、『あか』……かみなりのちからをつかった、きどーのそーさですが、きどーのじょーたいをすうしきでどうあらわしてますか?》
《きんぞくとひきんぞくのちがいは、きんせーたいのおおきさですが、びさいこーぞーでそのたかさをせーぎょして、せーしつをかえられますか? こんな……いどみたいになるの、つくったことありますか?》
《ゆーきはんのうは、いちばんたかいうまってるきどーと、いちばんひくいあいてるきどーがえいきょうしてるのと、きどーのたいしょーせーのほぞんがちゅーしんですが、そこにれんきんでかんしょーすると、どうえいきょうがでるかせつめいできますか?》
「質問が難解すぎる……新しい属性って作れるものなのか」
「“きどー”って何かしら……?」
「“きんせーたい”なんて聞いたことないぞ……」
「“きどー”、私も訊かれた。だけど何言ってるのかさっぱりよ……レベルが違うわ……」
なにより知らないなりに無言は不味いと彼らは色々話してアピールしたものの、ミリクの表情筋はピクリとも動かず、「わかりましたー」「ありがとーございました」と返すだけ。
何一つ心に響いているとは思えない。
まるで人形に向かってプレゼンしているようだった。
「“電子軌道”──なるほど、『赤』は雷の力。そして物質を構成し繋げる要素の一つ、ということなのね」
カツカツと、靴音を立てる長身の女性。修道女らしい露出の殆ど無い無地の服は、しかし却って彼女のグラマラスな体型を想像させ、際立たせている。
「マハラニ……オカイティ研究室は聖書扱ってるんじゃなかったのかしら」
同期の研究室生の一人がマハラニに気付いて声をかける。その声には専門外のお前が何故解るという怪訝な色が滲んでいた。
「聖書は有限なのに、神の無限の智慧全てを記せるわけないでしょう?
私達は神が地上に遺された僅かな御言葉を胸に留めながらも、常に前へと歩まなければならない。その姿勢こそが神のお望みになられていることなの。
それに神は──乞えば応えてくださる」
そう言い残して、マハラニはミリクの教授室の前に立つ。
扉をノックするよりも早く、中から「はいってくださーい」と子供の声がする。
「失礼いたします」
マハラニが入室し、扉が閉じられた。
ミリクがマハラニの姿を見て数度瞬きすると、質問を投げかけた。
「ここにいるときは、まはらにさんって、よんでたほうがいいですか?」
「はい。この姿の時はそう呼んでください」
ミリクは「そっかー」と言って笑う。
「おかいてぃきょーじゅも、しらないんですね」
その言葉に、マハラニの生真面目そうな顔が妖艶に歪む。彼女を知る同期の研究室生が見れば驚くことだろう。
「はい。内緒です」
「わかりましたー」
彼女の面接もまたあっさりと終わった。
教授室から出てきたマハラニ。
しかしその表情には、今までの面談対象者にはない明らかな歓びが見て取れる。
「も、もしかしていけた感じなのか……?」
「ええ、もちろん」
廊下で相変わらず頭を抱えていた同期の問いかけに対し、マハラニは澄まし顔で答え、自慢気な空気が滲ませていた。
その後、バルバザー、オランジェ、テライン、ミム、シャモン、ランビバザーの研究室代表達も次々と面接を受けていく。
が、一時晴れたかに思えた雲行きは再び暗雲に飲み込まれていた。
「公開鍵暗号はともかく、量子鍵ってなんなんだ……」
「身体欠損や身体不随の治療法……治癒魔法で治せない症例はそれこそ研究途上ですのに……“たのーせーかんさいぼーへのしょきか”とは一体……」
「大陸間超長距離大規模破壊魔法とか、そんな非現実的なもの想定するの無意味じゃね……?」
「天使や悪魔が住む世界そのものの構造なんて考えたこともなかった……」
「世界から切り取られた場所にある遺跡ってどういうことなんだ? そんなのどう見つけるのかこっちが知りたい……」
「魔物を産み出す遺物……遺伝的系譜……」
もはやミリクトン研究室に入れるか云々抜きに、各々自身の分野の研究に対する今後の課題を提示されたような状態と化していた。
そこに突き刺すような声が響く。
「何だ君たち、栄えあるティンダーリア魔法学園の研究室生が揃いも揃ってアホ面晒して。僕に笑われに来ているのか?」
面接後も教授室前の廊下で頭を抱えて立ち尽くす青年達に、侮蔑の眼差しを隠そうともしない少年が叱責した。
その胸には銀糸のワッペン。
この少年もまた、研究室生という地位にいる。
「え、あ、す、すみません」
少年の声によって現実に多少意識が戻ってきた研究室生達が、その少年に頭を下げていく。
「にしても、だ。僕ですら研究室生だというのに、本当にあの子供が教授? 父上の采配に誤りなど今まで無かったが……」
少年は不審な思いを深めながら、教授室の扉に近づく。
「どーぞー、はいってくださーい」
途端、まるでこちらが見えているように幼い声がドア越しに聞こえた。