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五色の書  作者: 鳥辺野ひとり
王都 ティンダーリア魔法学園
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正体自明の研究室生 その2




 静かな小部屋。


 と言っても勉強のためと用意された机や椅子、服を収納できるクローゼット、両手を広げてもはみ出ない広さのベッドと、子供部屋としては十分なものだ。


 だが、そこに子供らしさを思わせる玩具の類は存在しない。どこかちぐはぐした質素な部屋だ。



 ミリクは目を瞑る。


 寝間着に着替えてベッドに横になり、目を瞑る。



(……“たのしい”って、なんだろう? おれ、がっこう、たのしい……?)



 ミリク(『賢者の本棚』)の睡眠は、しかし意識が途切れない。肉体は確かに休眠しているが、周囲の状況も把握しているし、命令があれば即座に覚醒できる。



(どういうのが、“たのしい”……なんだろ。きゃばりーさんは、わかる?)

(他者の“楽しい”様を感知することは可能ですが、自身がそうなることは一介の人工精霊に過ぎない私には想定されていません)



 だからミリクは自問自答──というよりも、内にいる人工精霊と考え続ける。



(きゃばりーさんも、わかんないかあ……)

(私はそういった設計がなされていないからです。あなたには、ミリクトンと名を与えられたあなたには、可能です。学習するだけではなく、成長することができます)

(たのしいがくえんせいかつは、おれじゃないと、できない……)

(そうです。マスターのその命令を実施できるのは、ミリクトン、あなただけです)





 翌日、午後の授業が終わると、早速シンジェルとレイルウェイがミリクに駆け寄る。


「本当に今日は大丈夫なんですか!」

「いいよー」


 先日不発に終わったお茶のお誘いである。


 ミリクとしては、講義の準備や研究の準備はそれほど大した問題ではないうえ、研究室(ゼミ)生の最終面談は明日なので、それまでは必ず学園でやらなければならないことが特にあるわけではない。


 モハ先生からのアタックもすごかったが、講義は来週から始めると伝えてシラバスを手渡すと、大喜びでくるくる回ってグームティの研究室に戻っていった。



「おちゃどこでのむのー?」

「ジルんちでやるよ。うちだと父さまがぼーがいしてきそうだし……」


 ミリクの疑問に、レイルウェイがテンション低めに答える。


「あぁ、だからぼくの家でやるって言っても、めずらしく反対しなかったんだ」

「だってさあ……きのう、ほんとやばかったんだよ……あとでたっぷりはなす」




 公爵家の紋章が入った一際豪奢な馬車がやってくると、植物の紋様のレースが(あしら)われた小さな帽子に薔薇の刺繍のスカートを纏った美しい貴婦人が、使用人にエスコートされながら降りてきた。


「ご機嫌麗しゅう。もしかして、貴方がミリクトン教授ですか?」


 流麗に貴婦人のお辞儀(カーテシー)を行う女性。木漏れ日がその金髪を微風に煌めかせる。


「はい! みりくとん・ぼーぷ・さんぐま、です! ……しんじぇるさまのごぼどーさま?」

「ええ。(わたくし)、シンジェルの母のカービアですわ。急かすようで申し訳ないのですが、早速移動いたしましょうか」

「おれも早くいどうしたほうがいいと思います。いやなよかんがする」


 レイルウェイも同意するように移動を急かすので、ミリク達は早々に馬車に乗り込み出発した。





「はっ、はぁっ、はぁ……くッ……間に合わなかったか……」


 飛び込むように駐車場へやって来て肩で息をした後、肝心の馬車の姿がどこにも見当たらず、その肩を落とす男。



 ナラナートである。



「折角、妹と共にミリクトン殿と茶を楽しみながら歓談できると思ったのに……」

「理事長ー!」

「ご主人様ー! 護衛(我々)を置いて勝手に駆けだされては困ります!」


 ようやく追いついた従者や、途中で話をぶん投げてきた事務員の小言などどこ吹く風で、ナラナートはとぼとぼと理事長室まで戻っていった。





「上手く撒けたようね。今日の御者にはチップを弾まないといけないわ」


 ふふふっ、と先程の貴人然としたものとは一転し、茶目っ気のある笑顔を浮かべるカービア。


「たしかに、ならなーとりじちょーはまわりのひとたちにつれられて、りじちょーしつにもどりましたね」

「やっぱり父さまのけはいだったのか……はぁ……」


 レイルウェイは俯いて右手で顔を覆い、溜め息をつく。


「あら? ミリクトン教授はあの魔法防壁を突破できるのですか? あらゆる魔法を遮断するせいで、専用の有線魔導器でないと通信も探知も使えないはずですが」


 もう学園の校門を離れ、馬車から顔を出しても外壁しか見えない。

 シンジェルとレイルウェイもミリクを見やる。


「こーしゃって、たかいとこだとおそとからふつうにみえるでしょ? だから、こーがくそーさ……ひまほーでひかりまげてあつめて、あちこちからみてます」


 ミリクが右手で輪を作る。

 その輪を覗くと、理事長室の窓からナラナートが書類にサインと校璽(はんこ)を押しているのが見え、レイルウェイは声を上げる。



 いわゆる“望遠魔法”と呼ばれる望遠鏡を再現する魔法の一種だ。



 ミリクに関しては、無効化できない高位の探知魔法でさくっとやることもできるのだが。


「なるほど……光自体は遮断されていないものね……音も拾えるのですか?」

「んー、むずかしー、かなー。わりにあわないとおもいます」



 校舎外の空気の振動を元とする方法だと、音の拡散減衰具合と途中に含まれる雑音や遮蔽物、また風や気温・湿度の影響も大きく、計算コストが大きくなる。光の反射による周辺物体の振動を読み取る方法も、今回の条件下では音以外の振動の影響が大きいので、同じことが言える。


 その割に得られるのは音声情報だけというのは効率が悪い。



 ミリクからすれば『赤』の魔法でちまちまやるよりも、防壁を越えられる高位の『黄』の魔法を使ったほうが早い。



 勿論、そんなことまで伝えるつもりはない。



「まりょく、いっぱいいるし……ふくざつすぎて、じつよーせいがないです」


 ミリクは難しそうな顔をする。それで十分だ。


「ミリクがむずかしいって言うことは、そーとーなんだな……」

「そうですね。ぼくらじゃできそうにありません」


 レイルウェイとシンジェルが残念そうにしつつも、すっぱり諦める。


「二人とも、ミリクトン教授のこと信じてるのね」


 カービアが優しい眼差しで子供たちを見つめる。


「はい、母様。教授はすごいんです!」

「……ミリクはすごい、つよい。父さまなんかは、もうやられてしまった……」


 レイルウェイに至っては家で余程ナラナートの醜態()曝されたらしく、語彙力をいつも以上に喪失し、若さまで喪失したような表情をしている。


 カービアはあらあらと同情の目を見せながら、内心でミリクの評価を改める。

 彼女もティンダーリア家の教育を受けてきた。当然、魔法の知識はその辺の貴族子女とは比較にならない。

 公爵家との婚約がなければ学園の教授に名を連ねていてもおかしくはない程度には魔法に明るい。


(ミリクトン教授の魔法の腕は超一流なのは確かね。馬車でそれなりの速度で移動している中、任意の定点観測をできるように光学系を構成し続けるなんて、余程上手くパラメータ化した術式構成と位置情報把握ができないと無理よね……)




 そんなこんなしていると、キャッスルトン公爵家の別邸に到着した。




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