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五色の書  作者: 鳥辺野ひとり
プロローグ
5/104

賢者の本棚 その5




「ごほん、エデンベール猊下、このような辺境まで御足労いただき恐悦なのですが、どういったご用件でしょうか」


 ラングリオット騎士団長が、赤く頬を染めて感極まり涙を静かに流す老人の圧倒的オーラに同じくドン引きしながらも、団長としての威厳と経験の差を見せ付けていた。したくない経験の差である。


「……ああ、そこの野心溢れた末に、神の恩寵による天の試練に身を委ねる実に羨ま、尊敬に値する枢機卿を引き取ろうと思うてな。一からでは色々と手続きも大変であろう。

 タルザム副団長殿、済まないが、また跳ばしてくれんかな? 場所はここが良いな」


 エデンベール枢機卿が懐から出したのは、地図ではなく建物の概略図だった。


「あやつをここに、私をここに」


 タルザムは、自分を見上げて命令を待つ少年を見る。魔力不足だとかそんなものは微塵も感じさせない。


「送って差し上げてくれないか?」

「承知しました」


 すると、枢機卿二人の姿は瞬く間に消えた。


 衛兵たちの目の前で消えたのだが、彼らは以前行なわれた消えた山賊の調査の際に帰還の宝珠について聞いていたので、枢機卿ぐらいになると転移しちゃえるんだなあ、すごいなあ程度にしか思わなかった。

 当たり前だが、枢機卿だからといって転移しちゃえるわけではない。というか何をするにしても、普通は本人が動くことはない。

 無論、只の衛兵がそれを知る術はないわけだが。





 全員が鉄格子に収まったのを見届けると、タルザムは少年に拘束解除を指示した。


「彼らが所持している帰還の宝珠、その他暗器類、自殺用の毒などの回収はいかがしますか? また、自爆、記憶消去などの付与の解除も推奨いたします」

「あぁ、そうだな、そういうのがあるわけだな。そこの奪取した武具の荷台に載せよう。そのあと拘束を解いてあげてくれ。猿轡があるから舌を噛みきることもないだろう」

「承知しました」


 黒い霧が消え、天の試練から解放された面々は、突然瞬間移動して(実際転移しているわけだが)縛られたような感覚らしく、騒ぎ立てる以前に状況を飲み込めずにいた。


「……あの、たるざむさ……あ、ますたー」


 全ての魔法を解いたからか、少年が元の舌足らずな素朴な様子に戻っていた。


「おなかが……」


 グゥゥゥウウウウウゥゥゥゥ──



 タルザムはラングリオットに顔を向ける。


「はぁー、仕方ないな、細かい話は明日するからな!」


 補導馬車と共に領都に向かう騎士団長を見送ると、タルザムはリザヒルに呼び掛けた。


「シスター・リザヒル、済まないが、夕食の準備を手伝って……」

「へぁっ?! あっ、は、そ、そうですね、支度いたしましょう!」


 完全に地面にへたり込んだまま意識が飛んでいたリザヒルはすっとんきょうな声をあげて跳ねるように立ち上がった。




 幸いにも、ダイニングやキッチンは壊れていない。

 卵と芋とベーコンで簡単なおかずを作り、パンに挟み込んだ。

 シロップを溶かしこんだホットミルクもあわせて用意した。


 タルザムは作ってから、流動食以外のものを急に食わせて大丈夫なのかと思い、本人に尋ねてみた。


「ますたー、おれ、くえるよ! だいじょうぶ!」


 にーっと笑う少年の顔に思わずタルザムも頬が緩んでしまう。口調も緩んで、完全に仕事終わりの気分になっている。


「なあ、俺はお前をなんて呼べばいい?」


 タルザムは今さらになって、そんなことを訊いてしまった。


「え、おれ? うーーん。おれのなかまは、『たな』とか『つえ』とかそんなふうによばれてるって、おやじさんは、いってたけど……」

「仲間?」

「なかま、おれとおんなじようなのいっぱいいたんだって。でも、おやじさんは、もうみんなこわれてなくなったって、いってた。おれも、みたことない……」


 タルザムとリザヒルは安堵しつつも驚愕していた。この少年と同じような存在が沢山あって、壊しあった。

 国同士の戦争何てレベルではなく、世界を壊す終末戦争。脳裏に浮かんだのはそんな想像もつかない光景だ。


「おれ、だれかによばれたことない……」


 少年は少年でそういえば名前が自分に無いということを今さら自覚したらしく、しゅんとしていた。

 だが、ホットミルクを一口飲むと、ぱあっと表情を明るくさせた。


「これ! あまくておいしい!」


 そんな様子を見たタルザムは、パッと目を見開いた。


「よし、ならお前は今日からミリクだ」

「……名前をつけるならもう少しちゃんと考えた方が良いのではないですか?」

「じゃあミリクトンで、愛称ミリク」

「変わってませんよ」

「みりく!? おれ、みりく!!」

「ほら、ミリクだって喜んでる」


 リザヒルの視線がタルザムに冷たく刺さる。ミリクはそんな侮蔑の目などに当然気づかず大喜びで、そのまま夕食に囓りつこうとしたところではっとなにかに気づいたようだった。


「あ、ししょさんも、なまえあったほうがいい? え! ししょさんぎゃばりーっていうの?! おれ、しらなかった……ぎゃばりーさんごめんなさい……」


 タルザムとリザヒルは再び食事の手が止まる。


「ギャバリー?」

「お呼びでしょうか」


 ミリクが、いやきっとミリクではない何かに切り替わった少年は急に姿勢を正し、こちらを向く。


「……お前は、ミリクとは別の存在なのか?」

「紹介が遅れました、新たなマスター。私は、『賢者の本棚』の書庫管理を行なっております、司書の人工精霊『栞の杖』ギャバリーでございます。先程、本体(ミリク)が口にしていた『たな』がミリク、『つえ』が私にあたるものです」


 なるほど、とは全く言えなかった。タルザムもいくらか魔法を使えるが、あくまで自身を強化したり、武器に付与したりする程度で、剣術を主として戦場を駆けるタイプだ。

 故に人工精霊とか言われても何を言っているのかさっぱりだった。だが、隣のシスターはそうでもないようだった。


「『黄』の奥義、霊魂の術式、……ひとつの魂を丸々産み出して、一つの器に植え付けるなんて……そのような外道が、実在するなんて、神罰が訪れるのでは……?」


 先程以上に戦々恐々とするリザヒル。そしてギャバリーはその問いに対し、答えを示した。


「あなた方はその行く末にどうなったかを、既に知っておられるはずです。『賢者の本棚』は人々からその製法も失われ、そして、破壊しあった。現状正常稼働しているのは、本機のみと考えられています。

 神が罰を与えるまでもなく、自滅した。故に始めからその事が解っていた神は我々について、特に咎めることをされませんでした」

「……」

「本当に、他にはもういないのか? お前と同じように、隠れて生き残っているやつはいないのか?」


 リザヒルが黙り込むと、今度はタルザムが懸念している点について問い詰めた。


「マスター、我々は正確には『賢者の本棚』()()()()の、量産に至らなかった最終モデルなのです。

 それが、細々と受け継がれ、秘密裏に完成したのです。しかし、その時にはすべてが終わっておりました。

 私には、過去のモデルに対する、検索と遠隔操作機能が備わっております。動作テスト段階ではいくつか残っていて、それだけでも猛威を振るっておりましたが、いよいよ完成したときには、他の『本棚』は全て壊れ、既に世界から失われておりました」

「そう、か……」

「ですが、先代のマスター、我々を完成させた最後の開発者は、その事を大変喜んでおられました。元よりそれが目的だったのです。その悲願が達成されていたのですから当然と言えましょう。

 そして、文化、歴史からも『本棚』の存在が消えることを確認できるまで、『黒』の遅滞により、幾星霜の時が過ぎ去るのを待つよう指示を受けました。

 そして、それが確認でき、先代マスターが亡くなられる際に、最期に、命令を受けたのです」




 ────




 《ずいぶんと待たせてすまなかった、坊主。



 だが悪い……俺はもう限界みたいだ。人間にしちゃ頑張ったつもりだが、流石に坊主と外に出られそうにない。


 ……お前だけでも、世界を旅して回ってくれ……兵器としてではない、人として。



 そしてもし、まあ、それほど期待はしないが、お前の力を知ってなお、お前の自由を認めてくれそうなやつがいたら、そいつをマスターにするんだ。




 ……俺の分も自由を、世界を、堪能するんだ。いいな?》




 《──承知しましたマスター。必ず──》





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