試験と入学 その8
午後はいよいよ魔法の授業。
生徒達は待ってましたとばかりに目を輝かせている。
教室に入ってきたのは快活そうな青年の男性教師だ。
「やあ、初めまして。飛び級がなければ三年間教えることになります。初等部魔法教官のモハン・マジュアです。気軽にモハ先生と呼んでねー」
「はーい!」
「さーて、さっそくだけどみんなは、どんな魔法を知っていますかー?」
モハンは明るく朗らかな声で生徒達に尋ねる。
「火!」「水!」「錬金!!」
「属性魔法、錬金魔法、神聖魔法、特異魔法です」
「おーお、流石シンジェル君は詳しいですね」
「おれも知ってたし!」
「はははっレイルウェイ君も流石だねー。さて、シンジェル君の言うとおり、魔法は大きく分けてその四種あります。そして初等部では属性魔法、特に基本の四大属性である、“火”“水”“風”“土”を中心に取り扱います」
属性魔法は、下位四属性と上位四属性からなる。
基本となる四つの下位属性。
炎や光を操る火属性。
水や液体を操る水属性。
空気や音を操る風属性。
土塊や力を操る土属性。
そして各々の発展系とされる四つの上位属性。
熱を与える熱属性。
熱を奪う氷属性。
稲妻を放つ雷属性。
金属を操る金属性。
これらはティンダーリア家の先祖が編纂したとされる、“四色の書”と呼ばれる四冊の魔法研究書、“紅焔”“玄海”“白嵐”“碧巌”が基礎となっている。
そして現代ではこれらの属性を様々な加減で複数組み合わせることで、多種多様な魔法が日々産み出され、またその究めた先にあるひとつの頂が錬金魔法だ。
言葉だけではつまらないだろうと、モハンは手の平の上でいくつかの属性魔法を披露した。
小石が瞬く間に砂へと変わり、薄い環状に操られた風の中を高速で舞う。その威力を示すように木の棒をバラバラにして見せ、木片をそのまま燃やし炎の環を生み出す。
瓶の中の水が生き物のように空中を泳いだかと思えば二つに分かれ、片方は蒸発し片方は凍てつく。
銀球が孵化するように小鳥の姿へと変形し、器用に教室を一周飛ぶと、短剣に姿を変えてモハンの手に収まる。
高度に制御された魔法に生徒達は釘付け、最後には拍手喝采となった。
「……ミリクトン教授からは、何か補足はありますか?」
生徒でもなく釘付けにもならなかった、ただぼーっと眺めているようにしか見えないミリクに気を使ってか、モハンが話を振った。
「んー、みんなのいう“ぞくせーまほう”は、せーれーのほじょがはいってて、いめーじもかんたんなので、べんりです。でも、ゆーづーがきかないです。せーれーにたよるぶん、そのぞくせーからでられない。ほんとは、みんなおなじなのに……」
「みんな、同じ……とは?」
怪訝な声色と対照的に、モハンは期待にうずうずした顔をする。
彼も教師である以前に、ティンダーリア魔法学園に在籍する研究者なのだ。“未知”の匂いには敏感である。
「おれは『あか』ってよんでます。ぞくせーまほうも、かんたんなれんきんまほうも、みんな『あか』です。つよさとか、おおきさとか、ひろさとか、ぶるぶるぐあいがちがうだけで、はたらきかけるものはおなじ。でもけーさんがいっぱいだから、せーれーにたよるのも、しかたないです。くわしくは──」
「詳しくは……?」
モハンはごくりと喉を鳴らす。
「んー、おれのこーぎでやればいいのかなあ。ぎむないじょーむけの、じゆうこーぎのよていです」
「……なるほど。では後程早速、履修申込みいたします」
モハンの目がギラギラと輝いている。教師の目ではない。探求者の目だ。
「おっと、話が逸れちゃいましたね。ごめんねみんなー!」
「ごめんなさい……」
ミリクは頭を下げる。
大半の生徒達はぽかん顔だ。「同じ?」「火も水も?」「働きかけるって魔力じゃないの?」とざわめきながらクエスチョンマークが飛び交う。
(つまり、あの研究室生達は本質的に誤っていたというわけですね……やはり……)
(ミリクとは親友にならねーとだな……!)
シンジェルとレイルウェイも決意を新たにしていた。
午後の授業が終わった途端、お茶でもどうかとシンジェルらが誘ってきたものの、教授会があるからとあっけなく撃沈。
「ぐぬぬぬ……まさか父さまにぼーがいされるとは……!」
レイルウェイは悔しがっているが、別に妨害ではない。
「次の機会にまたお誘いしますからね」
シンジェルはシンジェルで目が笑っておらず、言葉と表情が微妙に噛み合っていない。
「みんなばいばーい!」
一方ミリクは別れの挨拶で平等にまとめてすべて押し流した。
教授棟に戻りミリクが会議室に入ると、室内はシンと静まり返り、十二人の視線が集中する。
猜疑、奇異、期待、嫉妬。
しかしまるで関係無いとばかりに、ミリクは空いている席にちょこんと座る。
すると見計らったように扉が開き、ナラナートが理事長席に座る。
「さて、今回の教授会にあたって、まずは新たな仲間を紹介する。ミリクトン・ボープ・サングマ教授だ」
「みりくとん・ぼーぷ・さんぐま、です。よろしくおねがいします」
初等部の教室よりも疎らな拍手。
「さて、こちらも自己紹介をせねばなるまい。私のことは知っているだろうが、改めて。ナラナート・ティッピー・フォープ・ティンダーリア。ティンダーリア家の現当主でここの理事長だ。まあ事務の大半は先代と家令に任せて、私は研究全体の取りまとめをやっているがね。現時点でミリクトン殿以外に、十二人の教授が居る。ではこのまま時計回りに」
ナラナートが視線を向け促せば、深い赤のローブを纏った華奢な白髪の女性が顔をあげた。
その顔に刻まれた皺の深さは、衰えよりも長年教授として研究を続けた者としての貫禄を放っている。
「グームティ・マスカテルです。属性魔法の理論的研究をしています」
グームティに続くように、右隣の人物が次々と簡潔に自己紹介していく。
「シムリン・ラットパンチャー。複合属性の応用研究をしている」
ちらりとミリクを見た後、ぶっきらぼうにそう言うとすぐに翡翠色の瞳をそらしたボサボサの暗褐色の髪の猫背の青年。いかにも根暗な研究者という感じだが、とにかく若い。ミリクほど常軌を逸してはいないが、研究室生でもおかしくない若さだ。
「アバサー・リジープールです。今は理事長の研究を継いで、錬金魔法の基本原理の研究してます。僕やシムリンより若い、というか幼いの領域だけど、そんな教授がでてくるとは思わなかったよ。よろしくね」
そしてそんなシムリンと同い年ですアピールをして明るい声を上げたのは、シムリンとは対照的に丁寧に整えられた栗色の髪の女性。
しかしその笑顔とは裏腹に、菫色の瞳は棘を感じさせる。分かりやすくミリクに嫉妬しているようだった。
「俺はセリムヒル・カートロード。無機錬金……錬金魔法で金属を扱う研究をしている。“乙女の左脚”プロジェクト……ソーレニ嬢の義足つった方が分かるか。そいつの主任も務めていた」
今度は教授というよりも、鍛冶屋のベテラン職人と言った方が適切な雰囲気を漂わせる壮年の男性。頻繁に火を扱っているのか、白髪混じりの髪は所々が縮れている。
どうやら彼はあの義足作りに駆り出されていたようだ。ミリクがお礼をいうと、「楽しい仕事だったから気にすんな坊主」と返してきた。その表情はまんざらではない。
「ナーバン・マハナンダよ。私は生物を対象とした錬金魔法……まあ簡単に言えば薬を作る研究ね。最近は化粧品や美容液も研究してるわ」
鮮やかな赤いロングヘアを揺らして微笑むのは、一転してグラマラスな長身の美女。胸元の大胆な縦のスリットはしかし劣情や下品さはなく、気高い手の届かぬ高嶺の花を思わせる。
「私はオカイティ・ナインスマイルと申します。神聖魔法、というよりも聖書の“原典”の研究をしております。ミリクトン様については猊下より予々お伺いしておりますよ」
一転して地味な中年男性は、全身を淡い黄色を基調とした聖職者の装い。
事実、彼は教会からの出向らしく、言うまでもなくエデンベール枢機卿の部下に当たる人間である。
「バルバザー・バーネスベッグだ。通信魔法の研究を行っている」
紺のスーツを纏った、生真面目そうな銀髪の眼鏡の男性。彼は教会の出ではなく、商家の出らしい。
「オランジェ・ブルームフィールドでございます。治癒魔法を含む、病や怪我の治療法を研究しております。私もミリクトン様について猊下からお話を少々伺っております」
白い修道士の装いの小柄な女性。
彼女もまた教会からの出向だが、オカイティとは派閥が違う。
彼女の言う“猊下”はアリヤ枢機卿のことであり、その視線はミリクよりもオカイティを牽制しているようだ。
「テライン・マホディラン。魔法の軍事運用研究をしている。ユピー……じゃねぇや、ジュンパナ猊下からは特に何も聞いてねえが、実戦の多いサングマの技術はぜひ研究の参考にしたい。よろしく」
日に焼け浅い色の金髪をオールバックにしている厳つい男性。
セリムヒルとはまた違う、戦闘を意識した筋肉の付き方をしている。
彼はジュンパナ枢機卿の叔父に当たるらしく、彼女の剣の師をしていたこともあったという。
「ミム・パーマグリ、です。特異魔法、やってます。召喚とかぁ、あ、外法はやってませんから、ね…… ヒヒ、ほんとですよ」
室内でもフードを外さない黒尽くめに暗い緑の髪をした酷い癖っ毛の女性が、ぎょろぎょろと眼球を忙しなく動かして、その瞳孔をミリクやナラナートに向ける。
シムリンとやや似た雰囲気だが、比べ物にならないほど陰鬱な空気を孕んでいる。
「シャモン・チャーバリじゃ。遺跡とか遺物を掘りまくって調べまくっとる。普段は国内におらんと思ってくれ」
スキンヘッド(ハゲではない)の頭部が眩しい年老いた男性。しかしまだまだ現役だと言わんばかりに、その背筋は猫背の若者よりもずっと真っ直ぐである。
「ランビバザー・ティースタバレーです。魔物の生態研究をしています。よく解体したりフィールドワークしてるから、血生臭かったら言ってね。気を付けてるんだけど、みんな言ってくれないし自分じゃもうわかんなくてね」
冗談らしく笑う、土色をした長めの髪を後ろで纏めている短躯な男性。
これで全員の教授が名乗ったことになる。
すると、ミリクがランビバザーの席に近寄り、くんくんと鼻を動かすと顔を上げる。
「くさいです」