試験と入学 その3
まあ、当初の目的は達成できるだろう。
エデンベール枢機卿をミリクの研究に引き込み、ティンダーリア侯爵家の嫡男クルセオンの動きを把握する。こちらが関知する間もなく手の施しようのないものが出来上がる状況を解消する。
「あー、でもできれば、同年代の子と触れ合って欲しいんですよね……ずっと、大人の都合で振り回されていた子なので……」
タルザムがそんなことを試験官に話していると、見覚えのある男性が試験会場の扉を蹴り開けて走り込んでくる。
その後ろからは護衛や従者と思しき者達が、必死で追いかけていた。しかしそんなものは知るかとばかりに彼らを振り切って、その男はミリク達の所にやってきた。
「おや? 規格外な入学希望児童が、未知の魔法で試験用の的を消し飛ばしたと聞いて飛んできたんだが、君は確かサングマのミリクトン君じゃないか。それにタルザム殿。もしや我が校に入学希望で?」
ナラナート・ティッピー・フォープ・ティンダーリア侯爵、ティンダーリア家の現当主その人だ。
「え、あぁ、ナラナート侯との拝謁の機会を再び賜るとは、天に感謝するほかありません」
「ここでの私は侯爵というよりもただの理事長だがね。そんなことより未知の魔法というのは?」
理事長にただもなにもあるのだろうかと、突然の侯爵登場に困惑するタルザムだが、周囲の試験官は馴れた様子だ。
ナラナートも「そんなことより」と言っただけあり、早く未知の魔法の詳細を教えろと周囲の試験官を急き立てる。
ミリクの担当試験官が、ナラナートに詳細を説明し始める。
ミリクはぱちぱちと瞬きして小首をかしげていた。
「ミリクトン君、ぜひもう一度見せてほしい」
ナラナートが腰の杖を軽く振ると、新たな的が地面からせり出してくる。タルザムはミリクに許可を出した。
「あつぃると、さいせつぞく。りそーすかくほ。きょーきゅーろかくりつ。きどーさいしてー。
ふぁにんぐすきゅー“かでんりゅーしほー”、はっしゃ」
純白の束が再び空間と的を灼き払う。
ナラナートは食い入るようにその様子を見つめる。ミリクの担当試験官も他の試験官達も無言で注視し続けている。
一秒もないはずだが、その異様に濃い空間はタルザムの時間感覚を引き延ばしていた。
(帰りたい……というか他の受験生の子達はいいのだろうか……)
タルザムが顔を渋くしていると、ナラナートが再度杖を振りあげ、新たな的がせり上がる。そして今度はナラナートがそのまま詠唱をし始めた。
「原初の一。四大の一。紅焔の聖霊に希う。炎よ集え、炎よ廻れ。天より照らす赫耀たる日輪を此処に」
杖の先に眩い黄色に近い炎が現れ緩やかに円を描く。ナラナートはさらに詠唱を続ける。
「原初の一。四大の三。白嵐の聖霊に希う。風よ集え、風よ廻れ。輝きを環に封じ、導き、其の光を天上まで引き上げよ」
炎が加速し、ミリクの生み出した円環に近い形をしていく。炎の色も徐々に白みを帯びていく。
「其は死角無き狩人の矢。その身、千に別け天地を駆けよ。唯一つを射貫け、悉くを射貫け。唯悉くを灼き尽くさん──」
ナラナートが杖を振り払うと同時に、光輪から数多の光球が尾を引いて散らばり、その全てが吸い込まれるように的を射貫いた。
「……ふむ、火と風の複合だとは思ったんだが精度が出ないな。消耗はそこそこといったところだが、威力も速度もミリクトン君のものにはまるで及ばない。火力を時間的にも空間的にも集中しきれなかったか。実に奥深い」
的の表面が輝き赤熱しているものの、蒸発どころか融けてもいない。
本人も不満を抱いた通り、ナラナートのそれは次々と着弾するという感じで、ミリクの一点に一斉に命中したものとは様相が違った。何より光線ではなく光球だった。
だがそれでも一度見ただけの魔法を即興で再現したナラナートは普通ではない。
「術式の効率と精度、そして魔力そのものを世界から汲み出す新たな手法、未知の理論……フ、フフッ、フフフフフフフフッ! 良い、実に良い!! 今すぐ研究室を用意させよう」
そして普通ではないナラナートはさらに普通ではない興奮した声を上げる。周囲の試験官は引く……どころかそれは素晴らしいことですと完全肯定人間。
理事長に逆らう者など学園にいないと言われればそうなのだが、それ以前に彼らもまた同類なのだろう。
「ナラナート侯、つまりそれは研究室生ということですか……?」
「冗談を、タルザム殿。我々がミリクトン殿に教えを乞う以上、生徒なわけがないだろう」
そうですともそうですともと、首を縦に振るだけの玩具のような試験官達。ミリクはぽやんとした表情でそんな大人達を見上げる。
するとナラナートの従者の一人が、二か所の空欄がある高級紙の書類と筆記用具一式を主人に差し出す。
ナラナートが素早くペンを動かし空欄を埋め、錬金魔法でインクを即座に乾かす。褐色から鮮やかな緋色に変化したそれは、魔法使いにしか扱えない、自然には決して乾かない特殊インクだ。
それは辞令だった。
「ミリクトン・ボープ・サングマ殿。貴公を来期より我が校の教授に任命する」
タルザムは、自身の顔の皺が一層深くなるのを感じた。