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五色の書  作者: 鳥辺野ひとり
王都 ティンダーリア魔法学園
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試験と入学 その2




 試験会場には、それなりの魔力量の者たちなのか、各々の(まと)に向かって風の刃や水や炎の球、土塊が飛び交っていた。とにかく速く正確に放ったりあるいは軌道を曲げたり複数を同時に操ったりと、単に魔力量があるだけではできない技量のアピールをしていた。


 といっても受験生の大半が子供である入学試験なので、そこそこの者ばかりだ。本当に巧い奴はそもそも学校に入ろうとは思わない。


 それこそ魔法使いの国家資格試験を受けてしまえば済む話だ。




 ミリクは案内に従い、指示されたブースに入る。その先には専用の(まと)が見える。分厚い金属塊で、並の騎士が剣を打ち付けた程度では傷一つ付かないという。


「あのまとに向かって、魔法をうってみてね」


 見た目五歳児が相手なので、試験官が基本優しい。

 ミリクは的を見て、少し考え込む。


「……こわしちゃったら、べんしょーですか?」


 心配そうな声色は、主にタルザムを気遣ってのものだ。かわいらしい質問に試験官は思わず微笑む。


「大丈夫、君の魔力量なら全力で当てても平気だよ。壊れても替えはあるしね」



 タルザムは肝心なことを忘れていた。



 ミリクが扱う魔法の理論は、現代で言う属性魔法や神聖魔法という概念がない。

 神が世界に(もたら)した『五つの恩寵』──『赤』『青』『白』『黒』『黄』──で大別された魔法を扱う。そしてライザを含む教会関係者曰く、只人の我々に扱えるのは『赤』『黄』として原典に記された奇跡の一部のみだ、と。だから基本的に『青』『白』『黒』は使わないようにと真っ先に命令してある。


 しかし、タルザムはこの“一部のみ”という言葉の重要性を軽視していた。



 そしてタルザムは勘違いしていた。



 ミリクには膨大な魔力と制御力があり、遥か古代に失われた未知の理論に基づいた魔法を運用しているのだと。

 だから、魔力量を人並に制限すれば、そうおかしなことにはならないと。



 それは致命的な勘違いだった。



 ミリクが杖を構える。

 学校近辺の魔法道具屋で購入したそこそこ良い品だ。

 それは、魔法の補助になるものだが、そもそも杖なしに魔法を使うのは少々目立つ。暴走防止の安全装置も兼ねているので、魔法を扱うなら子供に杖を与えるのが普通だ。


 無論ミリクには飾りだが。


むげんほー( 無限法 )だいいっそー( 第一層 )あつぃると( 神聖の流出 )せつぞく( 接続 )りそーすかくほ( 占有域確保 )きょーきゅーろ( 供給路 )かくりつ( 確立 )


 試験官はミリクの様子を観察する。幼い子供の詠唱は不規則で造語が多い。それはその子供が持つイメージを強化するものなので、ミリクの不可解な言葉にも試験官は大きな反応を示さない。


 だが、タルザムはその言葉に、嫌な予感を感じた。

 魔法を放つミリクやギャバリーの言葉は()()ではなく()()()()だと、よく知っているからだ。


 ミリクは確かに膨大な魔力を貯蓄もできる。



 だがそれ以前に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そんな理不尽でふざけた機能がこの『賢者の本棚』にあるとは、タルザムは思っていなかった。



もくひょーざひょー( 目標座標 )さいしゅーかくてー( 最終確定 )かいひぼーし( 回避防止 )かくらんきどー( 撹乱軌道 )せーせー( 生成 )

 ふぁにんぐすきゅー( 対物級 )かでんりゅーしほー( 荷電粒子砲 )”、はっしゃ( 発射 )!」


 ミリクが杖を振るうと、純白の光輪(トーラス)が突如現れ、無数の白線の束を放ち空間を灼く。それは途中で(ほど)けて無数の曲がりくねった軌跡を描き、全方位から的を正確に撃ち抜いた。



 僅か一秒足らずであったが、的は蒸発して跡形も無くなっていた。



 それはもう派手に目立ったため会場は騒然となる。



 試験官も眼前の現象を理解できないでいた。

 近くの試験官が何事かとブースに入ってくる。魔法が暴走したのではないかと確認しに来たようだった。


「い、今のは、雷属性の魔法、かな?」


 顔を強張らせながら、担当試験官が尋ねてくる。タルザムも顔を強張らせている。

 “雷”は属性魔法では上位属性にあたり、長い詠唱に多くの魔力と制御力が求められる代わりに、人類が扱える魔法の内ではトップクラスの攻撃力を誇る。その威力から、通称竜の息吹(ドラゴンブレス)とも呼ばれる魔法がある程だ。

 無論、子供がホイホイ出せるものではない。

 だがブスブスと煙を立てて消滅した金属塊の惨状だけを見れば──表面から熱量を叩き込む火魔法ではこうはいかない──侵襲し内側から焼き尽くす性質のある雷魔法と考えるのは当然だ。


「んー……あついのをはやくして、わーってやって、ぐってします!」


 ミリクが両手をぐるぐるぶんぶん振り回したあと、前方にバッと出す。指をワチャワチャ動かして、ギュッと一点に集める。

 見ている分には面白いが、全く説明になっていない。


「あ、そうだ、魔力、魔力は大丈夫かい?!」


 担当試験官が慌てて駆け寄り、携帯式の魔力計をミリクに握らせる。

 子供が多い魔法の実技試験では、張り切りすぎて魔力を使い切り倒れてしまう者が多いからだ。


 《クラスⅠの不正アクセスを感知。事前指示に従い、欺瞞法による偽装情報との置換を実施します》


 ギャバリーの無機質な通信。

 魔力計は、試験開始前と値が変わっていない。


「んん? ……もしや魔力の貯蔵媒体をお持ちなのですか?」


 別の試験官がタルザムに尋ねる。

 確かに、ある種の金属や鉱石を用いた魔力を貯蔵する道具が近年開発されている。これにより、保持魔力の多寡によらない魔法の運用が可能になった。

 といっても安い代物ではない。

 その上いまだ軍事運用段階であり、一般人は存在も知らない。


 タルザムは必死で言い訳を考えた。


「あー、いや、違うんだが……えー、そう、我々はサングマ辺境伯の近衛騎士団に居たんだが、そこの新しい技術でね。まだ研究段階なんだが、この子の方が詳しいんだ。この子の考案したものなんで」

「なんですって?!」

「えーと、そうそう、実は、その研究をもっと進めたいということで、こちらに入れようかと」


 あまりに杜撰で思い付きの言葉の数々だ。

 試験官の一人は考え込み、だがサングマなら、などと呟く。

 担当試験官が、ミリクに尋ねる。


「……きみ、ミリク君、魔力はどうしてるんだい?」

「ごめんなさい……あぶないし、けんげんがないひとは、えつらんはみとめられてないってぎゃばりーさんがいってるので、ないしょです」


 何を言っているのか分からないが、申し訳無さそうな顔をした五歳児を問い詰めるのも憚られる。


「つまり、研究室(ゼミ)生待遇で、入学されたいということですか」

「あー、ええ、まあ、そうですね。できれば、授業もなにか刺激になればと思っているのですが」

「なるほど……我々も彼の新技術に興味がありますし、上に掛け合ってみましょう。そうでなくても試験結果だけで言えば最低でも高等部(ギムナ)ですし……」


 試験結果をこんなところで口外していいのかとも思ったが、恐らく特例だろう。あれだけ筆記試験で荒らしたうえに実技でもこれではどうしようもあるまい。

 こんな統計学に喧嘩を売っているような異常値に、年齢だけ見て「はい初等部(プリマ)合格だよ、おめでとう!」となるわけがない。



 タルザムは思考を放棄していた。




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