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五色の書  作者: 鳥辺野ひとり
幕間 白
36/104

白の施し その1


久し振りに枢機卿のお話です。


「婚約と決闘 その4〜6」の前日譚になります。


(2019/06/09 分割しました。)




 十人ほどの修道士が乗り込んでいる縦長の馬車。その後ろには魔物除け兼獣除けとして匂い袋と特殊な音波を放つ鈴が取り付けられた、食料や薬の積まれた荷台がある。


 この馬車の白い塗装と教会の紋章を見て、襲おうと思う者はこの国にいない。襲わずとも乞えば食料を分けてもらえるうえ、下手なことをすればこの世から徹底的に浄化()される。それだけの権威がある有名な馬車だ。


 故に、木組みの枠に撥水性の布の帳という装甲の薄さの割には、この馬車はかなり安全である。



 その馬車に揺られながら、しかし彼らは固唾を呑んでいた。



 二日ほど前、通信魔法で連絡が来た。

 だがそれは、彼らの行動予定の変更についてではない。簡単に言えば上司がやってくる、という連絡だ。

 というより本人からの通信で《今から向かうので、明々後日の明朝に巡回地にて合流する》と言われた。


「先輩、本当なのですか?」


 彼らの中で最も若い、先月堅信し修道士として身を捧げ始めたばかりのあどけなさの残る十六歳の少年が、その少しばかり信じられない連絡内容に疑問を抱く。


「あぁ、お前は“零番隊”になるのは初めてだったな。いらっしゃると仰られたのなら、必ずいらっしゃるよ」


 それに答えたのは二十代の青年。新人修道士のサポートに宛がわれた五年目ほどの先輩修道士だ。

 彼のそれは確信とも違う、事実をただ述べるような口調だった。


 その様子に少年は戸惑うばかりだった。


「ですが、聖都(ミッションヒル)からここまで軍馬を乗り継いで急いでも、一週間はかかりますよ……?」

「ははは。馬が馬車を牽くよりも、騎馬で駆けるよりも、馬車を持って走られる方が速いんだ。我々にできる気はしないのだけどね」

「馬車を持って??」


 “牽く”のではなく“持って”走る。


 少年には意味が分からなかった。

 何せ彼は、入隊した際に教えを説いてくれた姿を一度見たきりだった。

 厳しさの中にも慈愛があるような、正に理想上の修道士の到達点のような姿しか知らなかった。


「あぁ、頭の上に載せていらっしゃったことがあったよ。馬ごとね。その方が小回りが利いて走りやすいんだと仰られていた。確か二年程前だったかな」


 青年が苦笑する。

 尊敬できるし素晴らしい方だが、とてもではないが真似できない。


 だがだからこそ、そんな彼女を信奉する者も多い。



「見えたぞ、サングマ辺境伯領の検問所だ」



 間もなく馬の御者台から声がする。彼も修道士だ。

 少年が馬車から少し顔を出して前方を見ると、そこは意外と簡素な検問所だった。


「こっちは国内側だからね。国境側はもっと……」


 青年は言葉を止める。

 そこには見覚えのある女性の姿があったからだ。


 関節と急所を守りつつも動きを阻害しない軽い皮鎧に、空気抵抗軽減と俊敏強化が付与された全身を覆う薄手の特殊インナー。加速強化の革製ブーツに、認識阻害と撃力強化の軽銀製ナックル。


 知る人ぞ知るサングマ辺境伯領の名店、万鎚堂の魔法拳士の武装だ。


 その筋の通った立ち姿は、まるで老いや衰えを感じさせず、纏う空気は歴戦の冒険者のそれだ。



「丁度合流できましたね、皆さん」



 少年はその声を聴いて、ようやくその女性が誰なのかを理解した。




「……猊下(げいか)……?」







「何? 『聖白衣(しらぎぬ)献身隊』の“零番隊”が来た?」


 ランバンが衛兵からの連絡に驚く。

『聖白衣献身隊』とは、『白』の枢機卿が代々率いている歴史ある社会奉仕団体。いくつかに分かれて全国を巡回しており、各地で治癒や炊き出しを無償で行っている。

 “零番隊”は、そんないくつかに分かれている『聖白衣献身隊』の中でも『白』のアリヤ本人が付き添っている部隊の通称だ。


「なんでも、『以前はエデンベール卿が勝手な返事をしてしまい、ご迷惑をおかけして申し訳ありません。“隊”でサングマ領都付近を通りましたので、よろしければバタジア様のお具合を拝見させていただきたく存じます』とのことですが……」

「そうか……」


 バタジア先辺境伯夫人は、一か月ほど前まで病で床に臥せっていた。近隣の司教や大司教を呼びつけて行った三度の治癒魔法が逆効果となり、脳腫瘍(悪しき青の蟹)が急激に悪化して一年と持たない状態だった。

 しかし、ミリクの治療によりあっさりと快復。寝たきりで弱っていた体もリハビリの末、補助があれば歩けるようにまでになり、今ではカクラムスク先辺境伯と夫婦で隠居後の生活を楽しんでいる。



「まあ、折角だ。ミリク君を疑っているわけではないが、診てもらおうか。ついでだ、ソーレニの()()も通用するのか最終確認しよう。猊下は治癒についてはこの大陸でトップクラスの御方だ。通用するなら、王都の者にも安心して()()()






「奥様は、『悪しき青の蟹』に蝕まれていらっしゃったのですか……極めて稀に自然治癒することがありますが、治癒魔法で却って悪化してそのまま亡くなられる方が多いです。きちんと鑑定で早期に判断できれば、今では特殊な錬金薬と、鎮静魔法で症状の緩和と悪化を抑えることで延命が望める──というのが一般的なのですが………綺麗に治っておられますね」


 白い修道服に身を包んだ老齢の修道女といった様相のアリヤは、寝室で横たわるバタジアを鑑定し、四か月前から今に至るまでの情報を事細かに読み取っていた。


「十日ほどかけて『蟹』が急激に消えていったようです。何かきっかけになるものはございましたか?」


 ミリクの偽装により、快復過程そのものの情報が差し替えられている。そのため、アリヤには十日かけて脳腫瘍が自然消滅したように見えていた。



「そうねえ……印象に残ってることといえば、目が覚めたときに分家の新しい子に会ったのだけど、その子が頭撫でてくれたのがね、とてもかわいかったわ。だけど、消え始めたのはそれより前ということでしたら、私にはなんとも……」


 バタジアは少し思い出すような所作をした。


「ただ、エデンベール猊下からは『幼き御手による“按手”が救いの光になる』と返事をいただいていたそうで」

「『幼き御手』でございますか……」


 アリヤの反応から、エデンベールの手紙の内容を知らないのだと推察できたが、それでもバタジアは嘘になる発言を避けていた。


 特に教会の関係者は、神聖魔法の鑑定や聖別、神託といった、正しい情報を得る手段・検証する手段が豊富にあり、その真偽を察知することができるからだ。


「その御子息を拝見させていただくことは可能でございますか?」

「……今、丁度見舞いに……ソーレニの所に来ているわ。……そうよ、私のような老いぼれはもういいの。早く、孫を……」


 バタジアは表情を暗くする。正念場だ。


 ランバンは「ついで」と言っていたが、彼女にとっては孫娘(ソーレニ)の方がずっと気がかりだった。



 枢機卿相手に、あらゆる病と傷に精通した『白』のアリヤ相手に、()()()()がどう映るのか。





 バタジアの診察の後、アリヤは使用人に案内される。

 辿り着いたのは別宅の奥の部屋。


 とても辺境伯本家嫡流の令嬢のための部屋とは思えない、周囲から隔離されているような場所だ。



 そこは、以前までバタジアが寝込んでいた──いや、寝込まされていた──部屋。脳を侵されていた彼女は、酷く錯乱し暴れることも多かったため、この部屋で鎮静の魔法とハーブによる強制的な眠りを与えられていた。



 そんな場所に隔離されている理由は、既にランバンから聞かされている。




「ソーレニは……おそらくですが……“呪い”を受けたのです。そして、左脚の膝から先が……」


 ランバンは言葉を詰まらせる。

 演技というより、不用意な言葉は()となるため濁している。

 例えば“無くなった”とか“失った”は駄目だ。“繋がっているが、見かけ上切り離されている”が正しい。

 その事実を知ってしまっているせいで、それを適切に表現できる語彙がランバン、というよりこの世界の人間にはなかった。


「“呪い”……ですか」


 アリヤはその沈黙を良いように汲み取って解釈してくれたようだ。ランバンは少し安心して言葉を返す。


「はい、アレは尋常の傷ではありません。いえ、傷それ自体は綺麗なぐらいなのですが、目にすれば呪いだとすぐに理解できます。名状しがたいイメージが流れ込んで、強烈な吐き気を催すのです」




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