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五色の書  作者: 鳥辺野ひとり
サングマ辺境伯領
33/104

婚約と決闘 その5


 甲高く (つんざ)く耳鳴り。






 砕けるティーカップ。飛び散る 固形物が混じった 赤い粘液。


 縦に裂けた 動物 の胎児。




 青く瞬 く  光。溶融する  人影。


 花托を 揺らめ か せて  自ら這い 出  る蓮 の実。




 歪 む星 座 。子  供 の 壊れ た歌。変 色し  潰 れる  プデ ィ  ン グ。


 無意 味 な文  字 列  。  ██ と████ 。 滲 む腐 ったイ  ンク 。




  無  限の拡  大 の中 で 永  遠に繰 り返  す 、濁  った色 の渦  巻紋    様  。





 雑音。────嗚咽、冒涜、罵倒、悲鳴、嬌声、苦悶、侮蔑、産声、████。






「大丈夫ですの?」




 ソーレニは、どこか予想していたように、自然に声をかける。


「ぅ、ンッ……! お゛ぇぇええ゛ッッ!!?」

「クルセオン様!?」


 クルセオンは急激に顔色を悪くすると、膝から崩れ落ち嘔吐した。

 従者が慌てて駆け寄り、その痙攣した背をさする。ナラナートも息子の急変に思わず驚いた。

 幸いにもクルセオンはまだ食べ物を口にしていなかったため、少量の胃液を涙ながらに吐き出しただけだ。




「クルセオン様、わたくしの “左脚” を…… “傷口” を、鑑定()ましたのね?」




 ぜぇぜぇと肩で息をする涙目のクルセオンは、ソーレニの言葉を否定しなかった。


「これは、単に “脚が無い” というわけではないのですわ。わたくしの “傷口” にはとても強い…… “呪い” のようなものがかかっていますの。伝手で入手した聖遺物のおかげで普段の生活には支障ありませんが、鑑定などで()()を視た者は、その “呪い” の影響を受けてしまうのです」

「の、ろい……?」

「はい。『黄』のエデンベール猊下にも、完全な解呪は無理だと言われてしまいましたわ。このような穢れた身では、他の貴族家に嫁ぐなどできませんの。ご迷惑をかけてしまって、本当にごめんなさいね」


 そう説明しながら、ソーレニが微笑みかける。とても穏やかで、どこか憐れんだ、そんな笑顔だ。



 勿論、ギャバリー謹製の低レベル情報災害(嘔吐の呪い)が隠蔽ついでに付与されているだけなのだが、事実エデンベールでも解けない代物なので、あながち嘘というわけでもない。



 近衛騎士団の治癒部隊が、クルセオンらを救護室へと護送した。




 それほど重篤な症状ではないが、それでも他の貴族達は(おのの)いていた。




 かの令嬢は、片脚を失うばかりか、あのエデンベール枢機卿でも解決出来ない呪いに侵されている。


 なるほど確かにそれで他の家に嫁ぐというのは無いだろう。


 では一体何があったらそうなるのか。

 それも、平民や騎士ではなく、箱入り娘がそうなるような原因が、この辺境の地にはあるのか。




 それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()




「ホッホッホッ、御安心くだされ。確かに、ソーレニ嬢に掛けられたモノを完全に解くことはかないませぬが、同じ事は起こりますまい。それこそ、『天の試練』に挑まぬ限りは」



 その声に誰もが視線を向ける。




 エデンベール枢機卿その人だ。




 教会の最高幹部にして最高戦力の一人。『黄』のエデンベール。



 王都に住まう上位貴族ですら、会話する機会など一生に一度あるかどうかという権威の登場に、会場はどよめき、侯爵家さえ瞠目した。



 一応ライザの親族なので招待状は出しているが、いくら辺境伯とはいえ一貴族のパーティに枢機卿が出席するというのはあり得ない。




 だが、サングマ本家分家の面々は驚かなかった。面識があったというのもあるが、共に絶対来るだろうと予測していたからだ。


『呼んでなくてもミリクに会いにいらっしゃったので、理由が少しでもあれば必ずいらっしゃるでしょう』


 とパーティの打ち合わせでタルザムも提言したほどだ。




「お祖父様。わざわざお越し頂き、有り難う御座います」

「なに、折角の孫のハレの舞台ゆえにな。家族愛は神の教えの基本。その上……神に愛された曾孫に、一目会いたかったのだよ」


 ライザの感謝の言葉に対しそう返してミリクを見やるエデンベールの顔は、独りで静かで豊かで、なんだか救われているようだった。


 ミリクはおずおずと頭を下げた。


()()()()()()、おじいさま。みりくとん・ぼーぷ・さんぐま、です」

「ホッホ! 神託にて賜っておるゆえ、よく知っておるとも」



 まさか、狂信者とも言えるあのエデンベールが、真っ当な家族愛を語るとは思わず、こんなことならライザとの挨拶でしっかりコネを作っておくべきだったと、半分ほどの貴族達は後悔した。

 もう半分は、関わり方を誤ればとんでもない狂信者が猛威を振るうと警戒していた。

 満点ではないが、後者の方が賢いのは言うまでもない。


 どのみちタルザムに側妻で繋がりを持とうにも、ここに来ている王都の貴族では家格が高すぎてしまう。かといって王都に戻ってから適切な娘を見繕っていては、サングマ領内の女達にその席は奪われることだろう。


 エデンベールの登場によって、貴族達の意識はしっちゃかめっちゃかになり、同時にソーレニについては、もう終わった話題であるという空気になっている。



(まあ、まずまずといったところですの)



 しかし、壁際で見守っていたソナーダやマーガレット、ランバンに付き添っていたスキアーは、まだ懸念を払拭出来ないでいた。




(彼は、おそらく諦めていないわ)





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