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五色の書  作者: 鳥辺野ひとり
サングマ辺境伯領
32/104

婚約と決闘 その4

(2019/06/09 分割しました。)

 




 ランバン・ティッピー(当主)フォープ(本家)クローナル(領地持ち)・サングマ辺境伯。



 その名の示す通り、ランバンはカクラムスクから家督と辺境伯の爵位、統治権を正式に引き継ぎ、サングマ本家当主となった。





 今回のパーティは、ランバンの爵位継承を含む三つの祝事を同時に祝う盛大なものだ。



 三つの中では、分家であるサングマ伯爵家の、まして次男の婚約など、王都からやって来た上位貴族にとっては些事である。仕方ないことだろう。



 注目されているのは、辺境伯の正妻の箱入り娘、ソーレニの身内婚約だ。



 普通なら反乱の兆しと疑われてもおかしくない行為。



 しかし、王都で飛び交うソーレニが重傷を負ったとの噂や、なにより王家が一切咎めなかったこと、物理的に離れていることもあり、王都の貴族達は大きな動きをとれていない。


 せいぜい、サングマ家の側妻の娘との縁談の確認ぐらいだ。





 さてその肝心のソーレニは、両親の後ろの離れた場所で、使用人や護衛──というよりミリクの両親──に固められている。

 といっても、タルザム達とはテーブルは分けられている。

 各々が異なる名目で主賓だからだ。



(使用人や護衛の皆様には申し訳ありませんが、本当はミリク様が居れば、他は居ても居なくても同じですの……まあ、ミリク様の本当の力という切り札をこの程度の方々のために使うのは勿体ないですし、仕方がありませんけど。その点タルザム様──お義父様は、見た目に分かりやすいですし、使いやすいですの)



 ソーレニは義足の具合を確認しつつ、横目に愛しの婚約者を見る。



 ミリクは、婚約披露宴ということで今まで以上に着飾られていた。


 この日のために(あつら)えられた、子供サイズの白い燕尾服には明るい水色のタイ。

 同じく純白の半ズボンからは、まだ筋肉がついていないような未成熟なふくらはぎと、ほんのり赤みを帯びた膝小僧があられもなく、そしてズボンの奥へ誘うような柔らかい太股が僅かに、外気に晒されている。

 その足下は、真白の靴下とソーレニよりも小さな革靴。


 全身を白で統一されたことで、黒い髪や肌の赤み、そして深い青の瞳が一層際立って映えていた。



 謁見の比ではない気合いで、早朝から昼前までの延べ五時間をかけて仕上げられたミリクは、ソーレニらと同じ豪奢な椅子にちんまりと座っている。

 椅子に座ると床に足が着かないのは、当然ミリクだけだ。



(はーーーー、ミリク様。強くて賢くて、なのに我欲に走らず、その上にこんなに可愛いなんて意味がわかりませんの。最強では?)



 かなり知能指数の低いことを考えているソーレニ。しかし、そこは上位貴族の令嬢だけあり、全くおくびにも出さない。



 ちなみにそんな彼女のドレスは、白いレースの薄い布が重ねられたスカートだ。

 左側にだけ光沢を伴った透けない布が斜めにあしらわれ、右脚だけそのシルエットが見えている非対称な形状。ホワイトパールの装飾も互い違いになるよう斜めに施されており、全体としてはバランスのとれたデザインである。


 だが、この場にいる者がそのドレスを見れば、“右脚が見えている” ではなく、“やはり左脚を隠している” という印象を覚える。



 それも策略。


 サングマ分家が得意とする印象操作。



 自分達の力で調べあげたと思わせた事前情報を、より信じ込ませる。相手自身の権力や能力への自負・信頼を利用するので、王都の貴族には効果覿面である。



 なお、ミリクに関してはかわいいから。それ以上の理由は不要だ。




 パーティが始まると、ランバンへの挨拶を手短にし、ソーレニとミリクのいるテーブルへと多くの貴族達が挨拶(攻撃)にやって来た。彼らはまず家格の低い貴族を斥候とし、弱点を探ってくる。

 現状、両者の両親がいないこのテーブルではソーレニが最も家格が上であり、挨拶にやって来た貴族への対応は彼女が行う。


 無論、この程度をあしらうなどソーレニには簡単なことだ。しかし今回の目的は、()()()()()()()()()()()()()



 何度目かのカーテシーを行なったソーレニが、突如バランスを崩してよろめく。

 傍らにいたミリクが、すかさずソーレニの身体を支える。


「あし、だいじょうぶですか、そーれにさま」

「ありがとう御座います、ミリク様。でも、これはわたくしの責任ですの。きちんと尻拭いさせてくださいまし。それと、わたくしの夫になるのです、どうか敬語も無しで “ソーレニ” と、呼び捨てにしてください」

「わかった。むりしないでね、そーれに」


 絵に描いたような惚気だが、子供同士のそれは実に微笑ましい。同時に、やはりソーレニが脚を負傷しているのは間違いないと、貴族達は確信を深めていた。



(まったくちょろいですの。ですが台本通りとはいえ、ミリク様といちゃつけるのは本当に素晴らしい。昇天してしまいそうですわ)




 そして、最も懸念──警戒ではない──していた貴族の親子がやって来る。



「こんにちは。ソーレニ嬢に、ミリクトン、だったか。ナラナート・ティッピー・フォープ・ティンダーリアだ。先程転倒しかけていたが、我が家の錬金魔法の粋を詰め込んだ義足の具合は如何かな?」


 ティンダーリア家。

 王都に居を構える侯爵家の一つである。

 侯爵の上は、王家とその分家である公爵しかいないので、つまりは王族以外除いた貴族の頂点ということだ。

 現在国内に普及している錬金魔法の基礎を築いたとされ、今もなお産み出される錬金魔法研究の成果は、キャッスルトン王家や王国全体に多大な国益をもたらしている。

 それこそ、建国当初から侯爵の地位を得るほどに、だ。


 特に医療方面に精通しており、その技術は美容の分野にも活かされ、近年の資金源にもなっている。サングマ家に贈られたソーレニの義足も、ティンダーリア家の最新研究によるコスト度外視の試作品だった。



 だが、ここで最も重要なことは、そういったことではない。



「ティンダーリア侯爵家当主様直々に御心配頂き、恐悦で御座います。このような大変素晴らしい義足を頂き、感謝に堪えませんの。実は、つい自由に歩けるのが嬉しかったのと、先日練習しすぎたのが却って仇になってしまいまして……己の未熟を恥じるばかりですわ」


 恥じらうように可憐に目を逸らすソーレニ。しかし練習は事実だが、それ以外の言葉は嘘まみれである。


 そして、ナラナートの傍らにいた少年が前に出る。


「ソーレニ、無事で何よりだ。……あぁ、僕はクルセオン・フォープ・ティンダーリア。ティンダーリア家の次期当主にして、ソーレニの元婚約者だ。お前が──」

「クルセオン様、婚約の破棄について、御手紙だけになってしまい、誠に申し訳ありません。ずっと、わたくしから直接謝罪しとう御座いましたの」


 ミリクへ迫ろうとした少年、クルセオンを遮るように、ソーレニは膝をついて深々と頭を下げる。

 ミリクも一緒に膝をついて屈む。



 クルセオン・フォープ・ティンダーリア、九歳。

 ティンダーリア家の嫡流の長男だ。

 本来なら十歳になってからの社交界を八歳で闊歩し、王都の学園にも入学した麒麟児。

 “名家の血を色濃く継いだ天才” と、王都ではかなり持て囃されている。


 そんな彼には多くの縁談が舞い込んでおり、ソーレニもその一人だった。


 つまり、本人が語った通り、ソーレニの元婚約者である。


 そして彼は、自分が縁談を断ることがあっても、断られることなどなかった。


 だから、どうしても彼は自分の目で確かめたかった。



 クルセオンの天才肌ゆえの凡人以上に強い感性で動いてしまいがちな自分をまだ御しきれていない様と、そしてそんな息子を理性の手綱で巧みに抑え込むソーレニの才媛ぶりを、ナラナートは温かい目で見つつ、そんなことよりも義足の具合に注目していた。


「ふむ、それだけ脚を不自由なく動かせるのだから問題なかろう。息子の婚約の件は残念だが、私はそこまで気にしていない。むしろ、その義足の被験をしてもらえたことの方が嬉しいよ」


 錬金魔法研究の一大名家であるティンダーリア家は、当代の当主もまた研究好きだ。息子の婚約云々と天秤にかけても、自分達の最新の開発品のデータが採れることで、彼のなかでは十分採算が合うらしい。



「僕は、わざわざ分家の子供などと婚約し直さなくとも、片脚が無いくらい気にはしないが。まあ、弟と大差ない歳と聞いてどんな子供かと思ったが、ミリクトンとやらはソーレニのエスコートぐらいはできるみたいだな。謝罪と決意は確かに受け取った。頭をあげてくれ」



 ミリクが手を差し出し、ソーレニはそこに添えるように手を乗せる。スッと滑らかに二人は立ち上がった。


 その様子を少し羨むように、クルセオンは目を細め、僅かに視線を下げる。



「お前を、一時でも愛せたのは良か……ッ?! ────」




 クルセオンの眼前の景色が、バラバラに崩れる。





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