婚約と決闘 その3
というわけで、婚約の披露宴は二か月後ということになった。
王都にいる上位貴族にも呼び掛ける必要があるためだ。かなりの大規模なパーティーである。
今回一番対策を考えなければならないのは、当然、ミリクの情報が王都に漏れること。
漏れることそのものを防ぐのではない。
漏れて広く周知されてなお、問題の無い状態にしなければならない。
下手すればそれこそ、中央に引き抜かれかねない。娘を嫁に、お前が婿に、と言い寄ってくる可能性がある。或いはタルザムを介して傀儡にしようとするかもしれない。
かといって完全に秘匿するよう振る舞っていては、なぜ辺境伯家の令嬢が、身内である分家の年端もいかない子供に嫁いだのかと疑念を持たれる。
ソーレニ以外にもランバンには娘が三人おり、二年前から既に王都へと送り込んでいるが、彼女達は三人いる側妻との間の子であり、長女ソーレニの代わりとするには厳しい部分がある。
それでも問題が無いようにする方法。つまり、側妻の娘達の立場を繰り上げる方法。
彼女達は、それを話し合っていた。
「シンプルに、怪我でもしてみる? ソーレニ」
「そうですわね……義足でどうにかなる片足か、顔の半分に火傷とか……それかいっそ、強姦でもされたことにするというのも良いかもしれませんの」
自分がそうなることを分かっていて、ソーレニは母親の案に対し正気を疑う具体例を挙げる。
彼女は完全に覚悟が決まっている。
もしかしたら、ミリクの保護直後の状態を知ってしまったからかもしれない。
「強姦ね……悪くないわ。ただ、ちょっと証拠が弱いのよねえ。血族の保証って部分も、教会で鑑定が出来る以上、ちゃんと実の子供を儲けられたかどうか分かるもの」
「そうですわね、お義母様。疵物というインパクト自体は悪くないのですけど、第一印象は視覚的な部分が占める割合が大きいですものね」
ソナーダとマーガレットは、純粋に疑いの目から逃れやすいという理由で、見た目での印象付けを重視した方が良いのではないかと考えていた。
注意しなければならないのは、半端な傷では、治癒魔法で後遺症なく治せてしまう。つまり婚約を断る理由になら無いという点だ。
狙い目なのは、治癒では元に戻らない欠損や不随、治癒後も皮膚に痕が残る重度の火傷や糜爛のような創傷。
これより酷いと今度は治せず死ぬことになる。それでは困る。
嘘であろうが、死んでしまったことになると、表だって政治的な動きが取れなくなってしまう。
あくまで他家に嫁ぐのは憚られるが、生きる上ではなんとかなる程度が望ましい。
「と言うわけですので、タルザム様に、わたくしの左脚のこの辺を斬っていただきたいのです」
ソーレニが、自身の膝下辺りをトントンとチョップする。
常軌を逸した内容にタルザムは耳を疑った。
「本当に斬ることはないのでは……」
「タルザム様。王都には、目の肥えた御仁も多くいらっしゃいますの。並みの細工では通用いたしませんわ」
幻影魔法や幻覚魔法を用いた場合、高位の魔法使いであれば違和感を感じ、鑑定や無効化などでばれてしまう。また、実際には存在している以上、所作の違和感で看破される可能性もある。
それなら、実際に切ってしまった方が早い。
辺境伯領には、そういった怪我に対応できる治癒士が豊富にいる。リザヒルもそうだ。状態が良ければ接合し、悪くても傷口を塞ぐぐらいはできる。さすがに、新しく生やすことはできないが。
「ミリク君がソーレニを娶ってくれるなら、本人も良いと言ってるし、私は文句ないわ」
「私は父親として、タルザム殿に賛成したいんだけどね」
「自分だけ傷ひとつないというのは、プライドが許しませんの。わたくし、ミリク様とは夫婦として対等にありたいのです」
渋い表情のランバン。
タルザムは、どうにかならないかと考えたあげく、責任から逃げることにした。
「それなら、その夫本人の意見も聞くべきでしょう」
マーガレットとソナーダからの視線が痛いが、ミリクの意見も無しに将来の妻の隻脚にするのはどうだろうかという、タルザムの意見も間違いではない。
だが、ミリクとその相棒に、そういった常識は通用しない。
「湾曲法を用いて脚部を空間ごと変形、圧縮または切り離す方法が安全かつ容易です」
ミリクが左腕を上げると、肘の辺りで窄んでいき、ぽろりと外れる。断面は滑らかな半球状に変形し、まるで作り物のようだ。
ミリクの右手に握られた左腕は、しかし身体と繋がっているらしく、手を握ったり開いたりしている。
左腕と肘の切断部を接触させると、水滴同士が一つになるように形が揺らいで、腕が元に戻る。
実に素晴らしいイリュージョン! 画期的なソリューション!
ギャバリーの暴走を許してしまったタルザムは、己の学習能力の無さに、教会で懺悔したくなった。
「お父様、これなら文句ありませんでしょう? 結局無傷なのは残念ですが、ミリク様のお優しさを無碍にするわけにはいきませんわ。早速切り離して、義足での生活に慣れておきますの!」
ソーレニはパンッと両手を合わせる。
ランバンは不承不承といった表情で、やってくれと言った。
「何? ソーレニが怪我? どういうことだ」
「経緯は不明なのですが、片脚を失くしてしまわれるような大怪我や事故に遭われたのではないかと、噂になっております」
王都の別邸に暮らすサングマ辺境伯の親族──カクラムスクの弟やランバンの側妻一家だ──は、少女に合ったサイズと気品の中にも可愛らしさのあるデザインの義足や、義足職人を王都で探し回っていた。
ランバンの側妻の娘達は自分の足で問題なく歩けているのだから、そんなものは要らない。
つまり、王都にはいない正妻の娘、ソーレニのための物ということになる。
喧伝こそしていないが、辺境伯が正妻の娘の縁談を突然破棄し、側妻の娘との縁談の持ちかけている。
王都から見れば、辺境伯領は様々な外威と触れる危険の多い僻地だ。
その上で高級な義足を準備しているとなれば、ソーレニに何かあったのだと馬鹿でも分かる。
「ですが、使える義足を用意しようとしているようでございますから、命に別状はないかと」
「そ、そうか……ソーレニは、歴史ある我がティンダーリア家に欠けた体を捧げるわけにはいかないと、身を引いたということか」
「左様で御座います、坊ちゃま。決闘、如何なさいますか?」
「……潔く引いたソーレニに女々しく縋るなど、決意を踏みにじることになる。僕は、ティンダーリア家の嫡男として、その誇りある行動を讃えたい。
サングマの別邸に使いを出せ。義足の支援をする。父上には僕から説得する。御理解してくださるだろう」
「承知いたしました。坊ちゃまもすっかりご立派になられた……」
そして、サングマ本家分家の女達によるその策略に、すっぽりと王都の中の貴族は、嵌まっていた。