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五色の書  作者: 鳥辺野ひとり
サングマ辺境伯領
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婚約と決闘 その2




「父上、それは流石に……」

「良い、ランバン。儂は当主を降りる。バタジアが快復したら、共に隠居する。正式にお前へ家督を引き渡そう」


 諌めようとしたランバンは瞠目する。カクラムスクの表情は、晴れやかだった。





 その後、別邸の奥で鎮静のハーブで眠らされている妙齢の貴婦人の元へ案内される。

 ミリクがその小さな手を、昏睡のバタジアの額に当てる。


「始めてくれ」


 タルザムが開始の指示を出した。


「承知しました。治療を開始します。

 第四層、魂魄の物質(アッシャー)より履歴参照、健常時の脳地図取得、複製──完了。

 標的確認、領域設定完了。複合錬金開始──異常細胞の自壊誘導完了。標的の自壊確認。分解産物の組成調整、余剰物質消去、圧力調整完了。

 領域を再設定──脳地図差分抽出、神経回路修復。欠損情報補間、再導入──完了。

 第二層、聖霊の創造(ブリアー)、アクセス成功。偽装情報を固定──永続化完了。四界連結確認、異常無し。

治療の全工程が完了しました」



 一分程度だった。ミリクが手を離すと、バタジアの瞼が緩やかに開く。



「あら? どうしたのみんな揃って──カクラ、顔やばいことなってるわよ」

「あぁ、わかっとる、わかっとるよ。いいんだ、ベティ、お前の声が、聞きたかった」

「カクラ、今のあんた最高に気持ち悪いわ」

「おばあ様ぁぁあーーっ!!!」

「何、何どうしたのヒュグリー、またソーレニに正論で殴られたの?」



 目覚めたバタジアへ、カクラムスクとヒュグリーは涙ながらに抱き縋る。


 ランバンも胸を撫で下ろし、スキアーと今後の方策を考え直しつつ、バタジアに今までの経緯を説明した。


 ソーレニは、ミリクの魔法にうっとりと顔を紅潮させ興奮している。どこかの枢機卿のようだ。




「へぇ、なるほど。カクラ、あんたバカなんじゃない? ボケたの? 私も良い歳なんだから、死んだって別に良いじゃないの」


 すっかり寝たきりで筋肉が弱ってしまったため、木製の車椅子に身を委ねているバタジア。だがその口は元気にカクラムスクを罵っている。

 タルザムらは肉体の回復も提案したが、これ以上借りは作れないとバタジアに一蹴された。


「いーやーじゃーーー!!! ベティちゃんと、ゆるゆる隠居生活するんじゃーーーーー!!!!」


 駄々をこねるカクラムスク。バタジアに頬擦りするその様子は、ミリクに甘々なタイガーヒルとよく似ていた。


「きっつ。私が死にかけてる間に、カクラの知性は死んだの? スキアーさん、カクラの知性のお墓あるかしら? お参りしてくるわ」

「ごめんなさい、ついさっき死んだばかりなので、まだ用意できてませんのよ」

「それじゃあ、私もお葬式に間に合いそうね」

「ええ」


 タルザムは、つい先程まで寿命が一年無かったとは思えないようなパワフルな毒舌に圧倒されていた。

 だが彼女こそが、タルザムへと孤児の保護関係の補助金を出しているので、迂闊な態度はとれない。


「ところで、ペドザムさんがまともな女性と婚約ってほんとなの?」

「タルザムです……」

「私が、タルザムの妻となる予定のライザです」

「あぁ、エリシェバの娘ね。そういえばシスターとしてショタザムさんとは長い付き合いだったものね」

「タルザムです……バタジア様はリザヒルのこと、ご存知だったのですか?」


 毒はタルザムへも躊躇なく降り注ぐ。そして正妻候補たちには至れなかった事実に、彼女は気付いていたらしい。


「あぁ、ロリザムさん。貴方は社交界出てないんだったわね。私はすぐ気付いたわ。根拠の無い勘だったけど」

「タルザムです……」

「そ、そうなのですか……」


 だがその野性的な勘で、バタジアは辺境伯夫人まで上り詰めたのだ。彼女の勘は下手な人脈よりも信憑性が有る。



 そんな彼女の目線が下がる。その先には、自分の孫(ヒュグリー)よりも小柄で幼い見た目の黒髪の少年。



「貴方が、ミリク君よね」

「はい。みりくとん・ぼーぷ・さんぐま、です。よろしくおねがいします」


 ミリクがぺこーっと頭を下げた。

 病み上がりのバタジアを労ってか、ミリクは声のトーンを抑えめでいる。


「ええ、よろしく」

「おからだ、だいじょうぶですか? いたいところ、ないですか?」

「大丈夫よ。身体はだるいけど、頭はすっきりしているし。適当に鍛え直すわ」

「よかったです!」

「ミリク君は、もう少し……()()()()なれるといいわね。分家の皆さんにお任せするけど」


 バタジアは目を細めてミリクを見つめると、タルザムらに視線を戻す。


「あとでカクラ達からも話を聞くけど、当事者に近い二人から聞くのが手っ取り早いんでしょう? タルザム、ライザさん。あぁ、ヒュグリー(子供たち)がいると話しにくいわね」


 視線で指示された使用人たちが、ヒュグリーを外に連れ出す。ミリクもそれに付いていく。


 ソーレニは残った。


 将来の夫について情報を得ておきたいようだ。



 タルザムとライザは12歳の少女に聞かせていいものか迷ったものの、今まで各位に報告してきた内容を同様に語った。

 特にライザは、実際にシスター・リザヒルとして治療した際の状況の子細を──鞭打ちや殴打による全身の擦過創や挫傷、極度の栄養失調状態、性的虐待の痕跡まで──(つまび)らかにした。


 その内容に本家一同が顔色を悪くする中、バタジアが口を開く。




「へぇ……それで、本当はもっと深刻なのね?」




 その言葉に、空気はさらに張り詰める。




「『青』『白』『黒(神代の魔法)』が扱えるっていうのは、教会的にどういう扱いかしらね。ミリク君はその異常な才能に目をつけられてああなったのか……それとも、その異常な才能を植え付けた代償としてああなったのか。或いは両方か。もっとぶっ飛んだところだと、公になっていないダンジョンから、新たに発掘された遺物の実験台にされたとかとか、()()()()()()だとか。どちらにせよ、ろくでもないわ」


「まさか……」


 タルザムは顔を強張らせて苦笑いするしかなかった。だがバタジアの顔は笑っていない。


「……当たらずも遠からず……ミリク君はもっとぶっ飛んでいるのね。どうもこれ以上詮索しても損することになりそうだわ……ソーレニ」

「はい、お祖母様」

「重大な役目よ。でも私は、ソーレニならやれると思うわ。がんばりなさい」

「ありがとうございます。わたくし、ミリク様の妻として全力で邁進いたしますの」

「よろしい。じゃあ、細かい引き継ぎはあるけど、私はカクラと一緒に隠居することにするわ。スキアーさん、息子と領のこと、任せたわ」

「はい、お義母様。お任せください」






「とまあ、少々のトラブルもありましたが、つつがなく謁見を終えることができました」

「少々のトラブルじゃないだろそれは。大々的なイベントだよ」


 色々と感覚が麻痺しつつあるタルザムから報告を受けたときのシンブーリの顔は、一段と渋いものだった。






 『黄』の魔法は、神の力が現実世界へと流れ込む過程にある四つの層に作用することで、世界を書き換えます。



 第一層、神聖の流出(アツィルト)

 神の純粋な力が流れ込む場所で、全てが同質です。


 第二層、聖霊の創造(ブリアー)

 力が意味を帯びる場所で、概念や本質、魂があります。


 第三層、霊魂の形成(イェツラー)

 意味が存在を得る場所で、個性や感情、星幽(アストラル)体があります。


 第四層、魂魄の物質(アッシャー)

 存在が実体と紐付く場所で、感覚や記憶、生気(エーテル)体があります。



 治癒や強化は、四層に作用して肉体を活性化させます。

 精神的な作用は三層となり、難易度も上がります。『白』のアリヤが行った鎮静の魔法はこれです。

 二層からは急激に難易度が跳ね上がり、それこそお伽噺だと考えられています。エデンベールが片足突っ込んでる場所です。魂の複製など。



 この理論は『賢者の本棚』時代のもので、作中の現代では聖書の原典にその断片が僅かに記載されているだけで、一般には知られていません。



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