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五色の書  作者: 鳥辺野ひとり
プロローグ
3/104

賢者の本棚 その3




「はぁー、タルザム。お前さ、子供を集める趣味でもあんのか? うちは孤児院じゃないんだぞ。ったく……」

「面目無い、ですがまだ生きている幼子を見殺しにすることなど私には……」

「助けりゃいいってもんでもない。第一、今この瞬間にだって死んでるガキがどれだけいると思っている。全員助けられるとでも思ってるのか?」

「……偽善であることは、承知の上です」

「まあ、サングマ本家から援助金は戴いているから構わんが、本業を疎かにするなよ」

「心得ております」


 サングマ辺境伯近衛騎士団長ラングリオットは、副団長であり、サングマ分家の次男であるタルザムを叱責していた。


 といってもここまでは季節の挨拶のようなものだ。


 そのうえ孤児院ではないと言っているが、去年ついに騎士寮に隣接する形で孤児院が作られる始末。おかげで騎士団の飲み会ではタルザムは“院長”と弄られている。主に弄るのは団長だ。


「で、件の少年だが、まずはエデンベール猊下から賜った手紙だな」

「こちらです」


 ラングリオットは封筒を受けとると、ペーパーナイフで開封する。


 中にあったのは、繊細な紋様が描かれた高級紙。


 開いて机の上に置くと、その紋様は赤と黄金が絡み合った光を放ち、机の上に人の姿を象っていく。


 《息災そうだね、ラングリオット騎士団長殿にタルザム副団長殿。神託にて賜った時間通りで何よりだ》


 それは、エデンベール枢機卿その人であった。

 教会ではいくつかの通信魔法を保有している。

 これらは遠方に布教する際に発展したものと伝えられており、一部の秘蹟を除き、一般にも公開されている。


 わざわざこうしたということは、書面に残すことが憚られる内容なのだろうかと、騎士二人は息を飲んだ。


「まさか、猊下直々に拝謁する幸運を得られるとは、天に感謝するべきでしょうかね」

 《はは、私など、有難るほどの者ではない。ただの人間なのだからな。さて、『青』についてだが、まず諸君らは『五つの恩寵』を知っているかね?》

「申し訳ありません、天の御言葉の深淵には余り明るくなく……己の無知を恥じるばかりです」


 ラングリオットは恭しく頭を下げる。


 《何、我々も生活に関わりの薄い部分はそれほど広く説いておりませぬ。神がそうした部分は知りたい者だけで良いとおっしゃっておられるのですからな。恥じることではありますまい。》

「寛大な天の御心に感謝いたします」

 《『五つの恩寵』とは、神がこの世界を創りたもうた際に産み出したとされる五つの()()()……解釈はまちまちなのだが、力ないし、理、法則、あるいは目盛とされておる。

その『五つの恩寵』は、『赤』『青』『白』『黒』『黄』という名で、“原典”に記されておる》

「『青』……『第二の理』……『死と変質を齎す星の力』……」


 タルザムは、少年とシスター・リザヒルの言葉を反芻する。


 《おや、タルザム殿はご存知なのかな?》

「いえ、先程聞き齧った程度の、付け焼き刃でございます」

 《まあ、深部といっても秘匿されておらぬからな。信心深い教徒であれば知っていても不思議ではなかろう。

 が、『青』はいくつかの説話の裏に確かに存在しておる。有名なのが『強欲の都市』の話であろうな》

「不信心なものが、人道に反した方法で富を集め栄華を極めた都市。それが、天罰を受け一夜にして滅んだというあの?」


 それは、教会でもたまに説かれる有名な神代の説話だ。

 強欲を戒めよ、人道を外れることなかれ、という内容の珍しくない話である。


 《そう、その『人道に反した方法』が、『青』を用いたものと伝えられておる》

「どういうことですか?」

 《『青』には現代の錬金の限界を越えた、物を変質させる力があるとされる。簡単に言えば、黄金を産み出すことができると言われている。

 無論それは只人に扱える力ではない。星の力だ。膨大な力は、その源となった、命を吸い出された死にかけの多くの人間を青き光で平等に融かし尽くし、いくらかの黄金のみを残す。

 魔道具を用いたと記されているが、結局恨みを買いすぎた結果、都市の中心部でそれらが使用され、一夜にして死の都市と化した。天罰でもなんでもない。人災なのだよ。

 また『青』の力は呪いとして永く残り続けるとされておる。

 彼の地の呪われし黄金を探した者、()()()()()、例外なく血を吐いて死に至った》

「見つけた者? 彼の黄金は実在するのですか?」


 ラングリオットは驚いた。所詮は作り話だと思っていただけに、実話の片鱗に耳を疑った。


 《そうだと言われる物が教会深部に封印されている。神託に従い、聖水を満たした鉛の棺に封印した、と記録に残っておるよ。

 だが誰も呪われたくないのでな、中を確認した者はおらん。いたとしても死んでいるだろう。

 ちなみに、その封印を担当した者も呪いにより死に至ったが、その功績を称え列聖されている》


 タルザムは、その人間に対する凶悪な呪いが、まさにあの洞窟の凄惨な状況を産み出したのだと確信を得ていた。同時に、少年が口にした言葉を再び思い出した。


(「実行後の『青』の残滓については速やかに除染します」……あの少年はこの『青』を自在に操れるというのか?)


 《……それで、いいのかね?タルザム殿》

「は、な、何がでございましょうか」


 タルザムは突然呼び掛けられたじろいてしまう。その様子にエデンベール枢機卿は目を細める。彼は、神託により多くの情報を知ることができる。それは近い未来さえも見通すという。


 《『青』の少年、外にほったらかしなのだろう? ろくな警備も付けずに。余計な欲が湧くものが現れぬと良いがね》




 人の口に戸は立てられない。だが、断片的な情報からこの結論を出せるのは、かなり限られた人間だ。それこそエデンベール枢機卿のような立場の人間ぐらいである。



 そして、当然他の枢機卿も各々の情報網でその事実にたどり着いていた。



「人の身に余る『恩寵』を可及的速やかに“保護”せよ。多少の“犠牲”は容認する」



 赤と黄金の輝きが、その欲望を遠方まで届けた。





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