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五色の書  作者: 鳥辺野ひとり
サングマ辺境伯領
29/104

婚約と決闘 その1

(2019/06/09 分割しました。)




 何人か居た正妻候補はあっさりと身を引き、タルザムはライザを正妻として迎え入れる方向で合意がとれた。結婚そのものは、婚約の披露宴を行なってからになる。

 今は側妻狙いの女性が、虎視眈々としているぐらいだ。今度は平民もあり得るので、寧ろ熾烈な争いになるかもしれない。


 それはさておき、その披露宴は本家の意図を汲んだ分家が提案する形で、ミリクとソーレニの婚約披露宴と同時に行うことで決定した。

 より豪華に盛大に祝福したいと表では言いつつ、両家ともエデンベール数奇狂もとい枢機卿とあまり会いたくないと顔に出ていた。



 これらの決定は、ミリクのサングマ本家との謁見の場で決まったことである。

 それは謁見の場にタルザムとライザ、特にライザを送り込むための口実でもあった。

 タルザムには近衛騎士団としての立場があるのと貴族としては半人前というのもあり、最低限の仕込みのみに留められたが、ライザはマーガレットらから三日間に渡りみっちりと仕込みを受けた。


 だが、謁見それ自体はスムーズに何事もなく終わった。


 ただ、謁見とはほぼ無関係なトラブルは、二つほど起こった。



 まず一つ目。




「決闘だ!!!」




 その声に、タルザムとライザは目を見開き、眉を潜める。

 本家次期当主のランバンは顔に手を当てて溜め息を吐き、その妻スキアーと娘のソーレニは親子そっくりの面白そうなものを見る笑みを浮かべる。現当主カクラムスクは大笑いだ。


 今日の主題であるミリクとソーレニの婚約について話を進めようとした途端、ヒュグリーが立ち上がり、ミリクを指差しやや涙目で決闘を申し込んできた。



 ミリクは、得意のぽかん顔だ。



「ヒュグリー、お前はこれが負け戦だと分かっていて、申し込むのだな? 儂の顔に泥を塗ると分かっておってなお、それでもやると、決断したのだな?」


 カクラムスクの低く響く声は、ヒュグリーの小さな体を芯から震えさせる。

 だがそれでも、少年は折れなかった。


「おれは! それでもこいつと戦わないと!! 姉様を守れる男だって認められない!!!」

「あっはっはっはっ!!! よく言った我が孫よ。そうだな、男子には譲れぬ想いがあるというものだ」




 決闘は、辺境伯家の訓練場にて、訓練用の布の巻かれた木剣と防具のみを武器として行われたわけだが、ヒュグリーはいつかの模擬戦のダージー少年よろしく速攻で上空に打ち上げられ、お姫様抱っこされた後そっと地面に下ろされ、首元に剣の切っ先を当てられた。

 三秒程度の出来事である。


 違ったのは、目隠しなどせず純粋な足運びだけでミリクはヒュグリーの背後を取ったことと、ヒュグリーが剣を奪われたことくらい。


 以前、ラングリオット近衛騎士団長から報告で受けていた動きを目の前で見れたというだけで、ヒュグリー以外の本家一同は喜んでいた。



「……姉様を、たのむ……ぐすっ……ぅう゛っ」

「ぜったいまもります!」



 男泣きをするヒュグリーに、真っ直ぐと応えるミリク。

 まるで今生の別れのようだが、結婚自体はミリクが成人しなければならないので十年ぐらいは先の話である。


「あはっ、はぁ、良いものが見れましたの。ふふっ、ヒュグリー最っ高、ちがうちがう、これからはミリク様とも仲良くしてくださいまし?」

「分かりました、姉様……」


 ソーレニは、顔を紅潮させて興奮していた。ライザは、あぁこの子がけしかけたんだなと察した。



 そんな茶番があった。

 その後、謁見自体はすんなり終わったわけだ。




 二つ目。


 婚約披露宴の日取りも決まり、最後の挨拶というタイミング。

 ライザが頭を下げて、カクラムスクに尋ねた。


「失礼を承知で伺わせていただきたいのですが、バタジア奥様はお体の具合がよろしくないのでしょうか」



 先の身内向けパーティーでも姿を見せなかった、カクラムスクの正妻、サングマ辺境伯夫人、バタジア。

 マーガレットら曰く、二か月ほど前から姿を見なくなったらしいが、亡くなったとは教会や社交界では聞いていない。


「私も治癒士として、多くの研鑽を積んできております。少なくとも、中央(王都)の権威ばかりに縋る者達よりは、経験を積んでいるつもりでございます」




「……大司教でもだめだった。故に半月前、『白』に依頼をしたのだ。そして『黄』から返事が来た」


 カクラムスクが、苦々しい顔をする。余所者には普段見せないものだ。

 ライザは『白』のアリヤと『黄』のエデンベールの名が出たことで、バタジア夫人の重篤度を察し、顔をしかめる。



「返事にはこうあった──」



 《只人たる我々には、奥様を蝕む病を癒すことは出来ませぬ。しかし、近く(あらわ)れたる『神の恩寵』の幼き御手による “按手” が、救いの光となりましょう》



「それは、まさかミリクが……?」

「エデンベール猊下が、ミリク君を『神の恩寵』と呼んでいたと、ラングリオットから聞いておる」

「…………」


 タルザムとライザは跪いたまま、閉口する。確かにエデンベールはそう言っていた。



 タルザムは決心して口を開く。



「……ギャバリー、バタジア様のお具合はどうなっている」

「病名、退形成性(アナプラスティック)星細胞腫(アストロサイトーマ)。現時点で、異常細胞が大脳半球の72%に浸潤している大脳神経膠腫症(グリオマトーシス)と言える状況のため、物理的摘出術は不可能です。三度の不適切な活性系治癒法の痕跡があり、急速に悪化しています。推定余命は8か月です」

「……8か月じゃと……」


 カクラムスクがその余命宣告に驚愕を隠しきれない中、ライザは意味不明単語だらけのギャバリーの言葉の一部に反応する。


「……聞いたことがあります。病の中には、治癒魔法により却って悪化するものがあると……確か『悪しき青の蟹』と、聖書には記されています」

「な……大司教の奴等は、そのような事は言っておらなんだぞ」

「……畏れながら『悪しき青の蟹』は、聖書の“原典”でもかなり難解な章に数度記載があるのみで、多くの略典ではその章は省略されておりまして……病を主に扱う治癒士でもなければ、目にする機会が無いので御座います……」


 大司教であれば、“原典”を見ることはできるだろう。だが教えを説く上で、その内容全てを理解する必要があるかと言えばそうではない。

 故に専門としている者以外はまず読まない部分というものが、“原典”には多くある。


 そして、『悪しき青の蟹』の内容が読まれず、省かれるのには理由がある。



「それで、治癒は可能なのか?」


 タルザムはギャバリーに尋ねる。




「『赤』『青』『白』『黄』を複合的に用いれば完治可能です」




 それはつまり、人間には治療不能であることを意味している。




 そう、『悪しき青の蟹』に対しては、『最古の五聖人』と呼ばれる伝説上の使徒達が、『按手』することで救いを与えたとされる。


 只人に扱えない『神の恩寵』が必要なのだ。


 以前は好き放題使っていたが、身元不明の子供が裏の人間や罪人に力を振るうのとは訳が違う。鑑定などで手段がばれようものなら大事になる。


「『青』と『白』は必要なのか?」

「『赤』と『黄』のみでの治療でも寛解(かんかい)は可能ですが、『黄』は分解能が低く、広範囲に渡る微視的現実改変は量子雑音による改変不良が発生するため、長期生存を保証出来ません。異常細胞を標的とした自壊誘導と、その際の分解産物処理を行う、『青』『白』の錬金も用いた治療が最も適切です」

「そうか……その、治癒方法をばれないようにはできるか?」

「第二層、聖霊の創造(ブリアー)への偽装情報固定による改変を用いることで、恒久的な隠蔽が可能です」

「そうか……だそうです」


 タルザムはギャバリーが何を言っているのかさっぱりだったが、なんか外部にはばれなさそうだということは理解した。


「……」


 カクラムスクは、踏み切れないでいた。

 信用していいのか、したとして借りを作るような真似をしていいのか、そんなことをしてまで生かして、彼女は喜ぶのだろうか。

 いや、きっと怒るだろう。



「おじい様……おばあ様は、死んじゃうの……?」



 ヒュグリーが、悔し涙を流したばかりの目から再び涙をこぼして、尋ねてくる。




「……儂もすっかり、臆病になったのじゃな……己の愛を貫き通す(押し付ける)ことを躊躇うなどとは……ククッ、ハハハッ」




 カクラムスクは小さく笑う。

 そして当主の椅子から立ち上がると、跪いたままのタルザム達の元に歩み寄り、しゃがんだ。




「儂の妻を、儂が心から愛する女を、救ってほしい」




 カクラムスクは、頭を下げて頼み込んだ。




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