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五色の書  作者: 鳥辺野ひとり
サングマ辺境伯領
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宴と対面 その8




 無事と言うわけではないが身内向けお披露目パーティを終え、使用人達がテキパキと片付ける中、タルザムは()()()中だった。


「バラスンから聞いたけれど、まあ狼狽えてしまうのは分からないでもないわ。でもあえて言うけれど、貴族としては失格よね、タルザム。騎士としても、戦士としても。そうではないのかしら?」


 ソナーダは、理解はするがその上でバッサリと切り捨てた。

 お前はあの戦場で、死んだのだと。しかも自爆だ。


「お義母様の仰る通りですわ。ましてミリク君の機転に助けられているようでは、先が思いやられますわね。タルザムさんにはもう少し、謀略にも慣れて頂かないと。

 いくら優秀な妻が支えていても、本人が自ら折れてしまうようでは困りますの」

「弁解の余地もありません……」


 マーガレットの言葉は全くの正論で、タルザムは頭を下げるばかりだ。


「余り言いたくありませんけど、タルザムさん、子供を盾にしたら簡単に無力化できそうですの。

 あえて子供に軽く傷を付けつつも治癒で治して、言うことを聞けば命は取らないという姿勢でもって、情報を流せと指示されれば、やってしまいそうですわ」

「それは……」

「私は、息子(バラスン)だろうと切るときは切ります。尤も、そうなるときは既にお義母様や私自身、タルザムさんも切っているでしょうけれど」


 息子ですら切り捨てる。しかし次期当主の命よりも軽い、あらゆるものを全て切り捨てて、なお駄目ならば、という明確な覚悟。

 命の価値に順序をつけている。そこに自身すら含めて。


 さらっと貴女も切り捨てますよ発言されたソナーダは、しかし満足した表情をしている。


「流石、私が認めた女ね、マーガレットさん。タルザム、貴方には覚悟が足りないわ。貴方は子供を切り捨てることができない。この家の、この領の、この国のためになるなら、私は殺すわね。というより実際殺してるわ」

「?! そ、うなのですか……?」


 この国では、当たり前だが殺人は犯罪である。思わずタルザムは身構えた。


「あら、だってタルザム、貴方今まで生きてこられているけれど、騎士って死ぬのよ? そんな(もの)に親が、腹を痛めた母が、自分の子供を送り出したいと、本気で思っているの?」

「え……?」


 ソナーダは言葉を続ける。


「騎士は死体で帰ってくるものよね。貴方もたくさん見てきているでしょう? だから、私は既に()()()()()()()、タルザム。この領のため、この国のために、私は貴方(愛する我が子)を殺したわ」

「それは……」


 貴族の次男やそれ以降が、あるいは身を立てようとした商家の息子が、憧れの職として真っ先に挙げる“騎士”や“冒険者”。

 だがそれらは、子が死体で帰ってくるか、死体すら帰ってこないか、親から見たらそういう話になる。


 そしてそれを理解した上で見送ったと、少なくとも目の前の自分の母親(ソナーダ)はそうなのだと言われ、タルザムは驚きを隠せなかった。


 なんせソナーダは、当時のタルザムを快く応援し、見送ったからだ。


 しかしそれはソナーダが、多方面との政治的利益が中長期的に最大化するよう考え尽くした上で、その方が良いと判断したからに過ぎない。

 その判断に、彼女は私情を持ち込んでいない。


「いつ実際に死んでも、最適に人を動かせるわ。その死を無駄なく利用するつもりよ。勿論悲しくないって訳じゃないの。農家や商家(死ににくい職)になってくれるなら親としては嬉しいわ。今でもね」


 きっと、バラスンやオークスがここに居ればこんなことは言わなかっただろう。

 むしろ憧れられる側となったからこそ、侮辱にも近い言葉を投げ掛けたのだろう。


 親だからこそ言える言葉。


 お互いに気を使う、亡くした部下の妻たちや彼等の両親からは聞けない本音。


 自分が言い出して決めたことだからと、自分自身の死の覚悟はできていた。



 だがそれだけだった。



 だから、今の今まで所帯を持つことを拒んでいた。

 自分以外にも、自身の死のリスクを受け入れさせる覚悟がなかった。


 その癖、自分の両親に“私は息子を殺した”と言わせるだけの決断をさせていたことには無自覚でいた。



 どこか目を背けていたことを、タルザムは改めて自覚した。



「なんにせよ、タルザムさんにはもっとメンタル面を鍛えていただかないと。ミリク君を本家に、場合によっては()()に取られてしまいますわ」

「そうねえ。ミリクちゃんはあどけないようで、うまく立ち回ってるし、言質を与えないと思うわ。でも父親が抜けていては、それも危ういわねえ」


 タルザムは項垂れる。


 彼女達から言わせれば、武勇も幼さも自身の立ち位置も利用し、あの場で最もダメージやリスクが最小となる振舞いを取っていたミリクは、無能な正妻候補などよりもずっと妻に相応しいとさえ感じられた。


 ただ、利益の最大化ではなく損失の最小化を重視する保守性、特に所持者(タルザム)をひたすら機械的なまでに優先する根本的な部分が、親として、一人の大人として気にかかった。

 そう、動機の根本が、欲ではなく、機械的。


 それは、バラスンからの報告で概ね確信に変わっていた。


(タルザムは鍛えればどうにでもなるけど、下手に今の安定しているミリクちゃんに、“道具”じゃない、“人”としてのあり方を諭しても、かえって不安定になりそうなのよね。“ギャバリー”がどう動くかも予想できないわ。でも今のままは良くないわよねえ)


 その結果どうなるか。


 ソナーダは、保護される前のミリクの状態について、ライザ──シスター・リザヒルから聞くことができた。

 タルザムがさらっとぼかしたミリクへの虐待の痕跡についてだ。

 そこで虐待……というよりも拷問の痕跡の詳細を聞いた。


 勿論防諜の整った個室でのことだ。見合いの最終面接という名目で準備したそこには、ソナーダとマーガレット、ライザのみで、他に見聞きする者はいない。

 ライザもミリクの正体以外のことについては、偽ることなく口にする。


 そのミリクの余りに惨い容態に、ソナーダもマーガレットも顔を歪めることになった。外法抜きでも酷いものだ。

 その環境で精神がまともにもつ方がおかしい。


 なにより、ミリクがそれらの拷問を受けていたこと、それ自体がどれ程異常なことだったのか、ミリクの力が分かるほどにより際立つ。



 ミリクはあれだけの力がありながら、“指示”に逆らえない。

 そう調()()されている。



 ソナーダもマーガレットも、そんなミリクを早くどうにかしてあげたかった。政治的決断の影が見えるよりも先にだ。

 なにかあれば、自分達はミリクを切り捨てることになる。その覚悟があるだけに、そうなる前に手を打ちたいと考えていた。



(そのためにも、今のまだどうでも良いと言える段階では……)

本家(軍事バカ)にミリクちゃんを渡すわけにはいかないわねえ……)



「早速三日後に機会がありますわ。名誉を挽回してきてくださいね、タルザムさん」

「そのためにも、私からも叩き込みましょう。覚悟なさい? タルザム」


 母と義姉の笑顔の圧に、タルザムは胃がキリキリと痛んだ。





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