宴と対面 その7
(2019/06/09 分割しました。)
ダイニングホールには、様々な料理が並ぶ。その中には、以前ミリクが “豪炎食堂” で注文した “豪炎火柱ラザニア” も並んでいる。
といっても貴族パーティ仕様で一人前サイズとなっており、お上品な火柱だ。
その代わり成人限定で、仕上げに目の前で燃え盛るトマトのリキュールを上から垂らすことで、文字通りの火柱となり主に貴族男子のハートを鷲掴みにした。
そんな野趣あふれる見た目とは裏腹に、組み合わせで幾通りにも繊細に味わいが変幻するラザニア。爽やかなトマトソースとコクのあるミートソース、時折瞬くベリーソースの隠し味に、貴婦人たちも舌鼓を打つ。
「……」
しかしミリクはお腹を下した(ことになっている)ので、急ぎ用意されたショートパスタのトマト煮込みスープを黙々と頬張っていた。
「ミリク、美味しいか?」
「……」
タルザムの問いに、ミリクはこくりと頷く。
口に物を含んでいるからしゃべらないだけなのだろうが、口数が減ってどことなくしょんぼりとした感じがする。
するとディララムが指示したのか、少しとり分けられたラザニアが小皿とともにミリクのもとに配膳される。
目をぱっと見開いて喜んでいるので、ミリクはよほどこの火柱が好きになったようだ。
昼食後、タルザムとミリクが席を外す。伯爵家次男の息子としての格好から、近衛騎士副団長の息子としての格好にお色直しするためだ。
「ミリク君の騎士姿、楽しみだわ。先ほどの “火柱” も、見事だったけれど、本物の火柱も見れるのかしら?」
スキアーが挑発的に口にする。
マーガレットとソナーダは僅かに視線を交わし、シンブーリに目線を送る。
「ええ。今回ミリクには父親の胸を借りて存分に武勇を披露してもらおうかと考えております。皆の中に腕利きの騎士を連れている者がいれば、その後に模擬戦をするのも良いでしょう」
伯爵家なので、その庭はかなりに広い。
そしてその一部は、内政系であろうと辺境伯領の居を置く貴族の嗜みとして、訓練場になっている。
伯爵家、まして近衛騎士副団長を輩出していることもあり、軍務系の家とも遜色のない、しっかりした施設だ。
今はそこに特設の椅子が用意され、臨時の観客席となっている。
更に近衛騎士団魔法部隊の中でも防御系の魔法に秀でた者達が、赤と黄色の光の壁を作る。
物理的な力場で危険物を弾く、赤光壁。魔法の効果を遮断する聖光壁。
専門家達が一流の装備を用いて集団で発生させた強固な防壁は、過剰演出のように大部分の貴族達は感じた。
カクラムスクからすれば、報告からしてこれくらい必要だと感じて用意しただけだった。
一方タルザムとしては、ミリクとギャバリーに“これを壊さない程度に”と指示しておけば大丈夫だろうし、逆に“壊せ”と指示すれば水泡のごとく容易く砕いてしまうだろう、と考えている。
エデンベール枢機卿風に言えば、『神の恩寵』を前にすれば只人など無力であろう、だ。
カッシャカッシャと音が近づく。
開かれた扉から、タルザムとミリクがともに魔法剣士の鎧姿で歩いてくる。見るものが見れば、ミリクの装備が実戦レベルの一級品──タルザムの装備とほとんど同じであると分かる。
そして、二人は離れて互いに向き合う。
「ミリク、今日は賓客もいらっしゃる。見えるようにしなさい」
「はい! ちちうえ!」
そうして剣を構える。ミリクの方がやや小ぶりな剣だが、それでも小さな身体に対しては十分に大きすぎる。
だが、そんな滑稽にも見えるミリクへ、タルザムは本気の構えを取る。
その幼い息子相手とは到底思えない気迫に、貴族達は息を呑んだ。
「始めッ!」
シンブーリの合図とともに、殆ど音も立てず、互いに急激に間合いを詰める。タルザムと変わらないミリクの異常な移動速度にまず驚く。装備の効果か? 子供に使いこなせる代物なのか?
貴族達がざわめく間もなく、両者の剣が打ち合う。
それは人の目がギリギリ捉えることができるかどうかという速度で、剣戟が幾度となく打ち合う。
その中には数多のフェイントが含まれ、熟達者であればあるほど、その打ち合いが互いに本気で殺しあっているようにしか見えない。
だがその表情は二人とも楽しんでいるようだった。
親子の触れ合いそのものだ。
意外なことに、魔法を先に放ったのはタルザムだった。
距離を取り、構えを変えると即座にその刃が炎に包まれた後、その輝きが鋭く先端に集束する。
“豪炎のバンノック” 直伝の技を、更に自分に合うようアレンジしたものだ。
素早く振るうと、赤熱した切っ先から軌跡が鞭のように撓って伸び、空間に朱い傷を描いて飛ぶ。
バンノックよりも魔法を飛ばすのが不得手だったタルザムは、火魔法を細く長く集束し繋いだまま操作することで、高威力と戦況への柔軟性を両立した。
それは触れたあらゆるものを、バターのように焼き切るワイヤー。
さらに爆裂を付与することで、切断物をその断面から吹き飛ばしていく。
次々と地面が捲れ上がり、網目のように広がる朱色の斬撃は、吹き飛ばした瓦礫と共にミリクへと迫った。
タルザムの持つ正真正銘の必殺。
ミリクは慌てることなく剣を真上に振るう。
魔法剣士の剣は、剣であると同時に、魔法の触媒・補助となる杖。それが輝いた。
深い蒼色の炎が、ミリクの足元から突如天高く噴き上がった。
蒼の尖塔のその膨大な熱量と運動量は、温度の低い赤い炎の斬撃も数多の瓦礫も纏めて融かし、消し飛ばした。
煙が幾多の線を引いて、ガラス質の塊がぼとぼとと地面に落ちる。
あまりの熱量に、余波だけで闘技場の客席の前の聖光壁と赤光壁にひびが入った。
「そこまでッ!」
二人ともまだ息すら切れていなかったが、シンブーリが(観客と家屋への)安全性を考慮して、終わりの合図を出す。
蒼炎は青空へ溶けるように消え、タルザムもミリクも剣を鞘に納めた。
そのまま親子は向かい合って礼をする。
防壁担当の魔法使い達が大量の脂汗を流しながら、ホッとした顔をしている。
客席は拍手すら忘れ、茫然としていた。というか腰を抜けて立ち上がれない。
眼前で繰り広げられた訓練とは名ばかりの、超速の剣戟と即死級の魔法による親子水入らずの殺し合い。
手を抜いてるだとか細工してるだとか装備が良いのだとか、そんな言葉を真正面から叩き潰す光景を目の当たりにした貴族達は、とてもではないが、うちの騎士と手合わせさせて化けの皮を剥いでやろうなどとは考えられなかった。
こっちの全身の皮が剥がれるどころか、微塵切りからの強火で灰にされる。
そんな中、サングマ本家が我に戻って拍手をする。
「実に素晴らしい! サングマ領、いやキャッスルトン王国も安泰というものじゃな!!」
カクラムスクの本心からの称賛。
それは、これだけの力が自分達の制御下に置けていることが前提だ。
「有り難い御言葉、大変光栄で御座います。今後も息子共々変わらぬ忠誠の下、最善を尽くす所存で御座います」
「がんばります!」
タルザムとミリクが言葉を返す。
周りの貴族達は、その様子をただ見ていることしかできなかった。