宴と対面 その6
(また、失敗してしまったな)
今更ながらタルザムは、今回ばかりはと深く反省していた。
自分達が主役の場のハレの舞台で取り乱しすぎた。本家の一家も居る場だというのに、家族の面子を潰しかねない。
「ばらすんにーちゃん、ちょっと」
「ミリク?」
タルザムが反省に耽っていると、ミリクがバラスンに近寄り、ゴニョゴニョと耳打ちをする。
「ほんとにいいのか?」
バラスンは、その内容に微妙な顔になり、思わず確認する。ミリクがこくりと頷く。
「……分かった。叔父上、俺、先にみんなに伝えてきます」
「え、ああ、分かった」
ホールの手前でバラスンがそう言うと、ホールへと入っていった。
暫くすると再びホールの扉が開かれたので、タルザムとミリクも中に入る。
「良かった。バラスンから聞いたわよ、ミリクちゃん大丈夫?」
早々ソナーダがミリクへと駆け寄る。
「はい! ちょっと、きんちょーでおなかごろごろしちゃいました。ごめんなさい」
ミリクが照れ臭そう頭を下げる。
タルザムは、一瞬思考が止まった。
「タルザムさん。ミリクちゃんのお昼、お腹に優しいものに替えようと思いますの。何がいいでしょう」
マーガレットが詰め寄る。眼が笑っていない。
「え、あ、ミリクは、パスタが好きみたいなんで、小さいパスタを煮込んだスープとか喜ぶかと思います。トマトなんかも好きですね」
「ディララム、ショートパスタのトマト煮込み、急いで準備させて」
「承知いたしました、今すぐ」
ディララムが素早く下級使用人を呼び出す。火と水、それに風の魔法で圧力をかければ間に合うだろう、という指示と併せてコック達への伝言を指示した。
マーガレットは横目にそれを確認しつつ、タルザムの顔を笑顔で見つめる。
だが、微塵も眼は笑っていない。
「タルザムさん」
「はいっ」
その迫力に、やや声が裏返ってしまう。
「パーティーが終わったら、お義母様と一緒にお話ししましょうね」
説教確定。
だが仕方あるまい。
ミリクの唐突な一芝居で上手く場を誤魔化すことは出来たようだが、失態に変わりはない。
というよりも、ミリクちゃんに良い歳したおっさんが気を使わせた上に助けられてんじゃねえよ、という思いがビシビシと伝わってくる。
誠にその通りだと、タルザムは夜会話を受け入れるしかなかった。
一方、子供達は子供達で集まる。バラスンは、両親達に詳細の報告中だ。
「ミリク様、お腹はもう平気ですの?」
ソーレニが、柔らかな笑みで尋ねる。
「はい! ごしんぱいおかけして、きょうしゅくです」
「はんっ、そんな貧じゃもごごごっ」
ヒュグリーへの素早い羽交い締めにすら、上品さを保っていた。
「それは良うございますわ。ミリク様がお腹を下されるのは中々の上策だったと、わたくしも思いますの。どなたのご判断だったのかお伺いしても?」
それは大人となんら変わらない、むしろ子供ゆえに加減を知らない攻撃的な質問。
「じょーさく?」
ミリクはいつもの、その単語は辞書にありません、顔をする。
自然な子供の間抜け面だ。
「まあっ、道化に徹されますのね! 素敵っ!」
そんなミリクをさらに攻めるのかと思えば、何かが琴線に触れたのか、ソーレニはなぜか頬を赤らめて興奮していた。
「ヴぅぅーー?! むーー!!」
ヒュグリーがその好感度上昇を察し、必死で身をよじる。
「ヒュグリー、あんまりおいたするなら、わたくし、もう口聞きませんのよ」
ピタリと動きを止める。
拘束が解かれた後も、ぁぅ……と恨めしそうに少し呻くだけで、ヒュグリーは哀愁を背中に漂わせて、とぼとぼと両親達のいるテーブルへと下がっていった。
「ごめんなさいね、ミリク様。わたくしの弟には社交界はまだ早すぎましたのね」
「ひゅぐりーさまは、そーれにさまが、だいすきなんですね! わたしも、ちちうえがだいすきです!」
「あら! それでは、直近のライバルはタルザム様になりますのね。わたくしどうしましょう、うふふっ」
ほのぼのとしているようで、ソーレニの眼光は鋭い。
上位貴族にとって、社交界は戦場も同然。故に今回もっとも障害になる敵は、タルザムのような新米ではない。
「うふふ、ミリクのお相手してくださって有り難うございますね、ソーレニ様」
洗練された脚運びと共にやってきたマーガレットの鋭利な笑み。それはまさに、熟練の戦士が日常的に振るう一閃。
「ミリクちゃん、そろそろお昼の準備よ、こっちにいらっしゃい」
「はい!」
ぺこっとミリクがソーレニに頭を下げると、ソナーダ達の居る分家一家のテーブルに下がっていく。
マーガレットも軽いカーテシーと共にテーブルへと下がる。ソーレニも返礼する。
「……」
ソーレニは、マーガレットの何気ないカーテシーを見せられただけで、掌が汗だらけになっていた。
(やはり雑兵とは圧が違いますの……真の障害はあの古兵……お母様の助けなしでは、わたくしの若さでどれだけ立ち回れるか……)
しかしそんな思いをおくびにも出さず、少女は本家のテーブルへと戻る。
そう、彼女は母親に頼れない。なぜならその母親は、そんな女傑を二人纏めて同時に相手していたからだ。
「悪いわねソーレニ。ドリンクの隙を突かれたわ。壁も用意してたのに、あの大きさのドレスを掠らせもしないですり抜けていったのよ。ほんと信じられない」
「いえ、お母様、とても助かりましたわ。お話しが出来ただけでも重畳ですの。わたくしだけでは、あのお二人を避けることは無理でした。
それと、ヒュグリーは空気作りに使えましたけど、わたくしへの執着が強すぎて駄目駄目ですの」
「まあ、私も期待はしてなかったわ。八歳児に社交界はまだ無理ね。その辺はミリク君がおかしいのよ。ひとまず午前中に相性を確認できたから、今はそれで十分ね」
スキアーは娘の戦果を確認しつつ、グラスのアイスティーで喉を癒す。
男勢は勝手に武勇伝で盛り上がっているので、言い出した張本人のカクラムスクすら実質戦力にならない。
(ミリク君なんて、純朴で無知な振る舞いをしながら、自分が幼い子供であることさえ利用して相手を油断させ、決して自分から言質を与えないだけのことができる。分家の嫁が優秀なのもあって、ほとんど隙がないわ。
私からすれば武勇より、あの歳でそんなことをやれているのが凄まじい……爪の垢煎じて男共に飲ませてやりたいわ)
せめて義母か側妻がここに居ればとスキアーは溜息をつく。
現在、義母は病で静養中、側妻は妊娠中で、余程のことがなければ邸宅から動けない。
(お昼の後のティータイム、ミリク君のお色直しもあるそうだし、流れが変わるとしたらそこね)
そうこうしていると、ディララムがベルを鳴らす。
昼食の準備が整った合図だ。
使用人達に案内され、全員ダイニングホールへと移動した。