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五色の書  作者: 鳥辺野ひとり
サングマ辺境伯領
23/104

宴と対面 その4



(2019/03/25 改行とか調整しました。)

(2019/06/09 分割しました。)


 



「いいなずけ?」


 ミリクは先程までのキリッとした(ように頑張っていたつもりの)表情から、ぽやんとした子供の顔になる。はてなマーク付きである。


「お、恐れながら、ミリクはまだ見ての通り、世間もろくに知らぬ子供です……そういった御話は有り難いのですが、愚息には少々早いのではないかと……」


 タルザムは狼狽していた。それでも上手く躱せないかと、馴れない頭を回していた。


 マーガレットとソナーダからは、雰囲気で人が殺せるなら既に何人か死んでいるのではというほどの空気が漂う。

 この場合真っ先に心臓が止まるのはサングマ分家の男勢だ。



 そんなマーガレットが、口元に扇を翳したまま見えないように何かを呟く。巧みな風魔法により、その声は(シンブーリ)にしか届かない。

 シンブーリは咳払いをすると、口を開いた。


「そうですな、本家の御令嬢を迎え入れられるというのは、大変光栄なことでごさいます」


 先ずは感謝の形で、前提そのものを刷り込む。

 “ミリクが本家の婿養子になる” のではなく、“ソーレニが分家に嫁いで来る” のだということを、暗黙の了解にしてしまう。


「ですが、今回は非公式な場でございます。そのような当家にとって誉ある重要なお話は、是非とも公式な場を設けて進めさせていただければより円滑かと、具申します」


 そう、ここで本家がなんと言おうと、彼らの出席自体が非公式であり、記録には残らない。

 本来自分達よりも上位の貴族の出席記録は、それ自体が価値のあるものであるため、事前に許可を得なければ記録に残せない。


 それを逆手にとったこの手は、謂わばマーガレットとディララムが用意した保険のひとつだ。

 相手のあらゆる横暴を受け入れるが、それらは全て無かったことになる。


 いかなる発言も、口約束も、契約書さえ、この場にはいないことになっている本家には、正式なものとして痕跡を残すことができない。



 だが、これが焼け石に水の、苦し紛れであることは、マーガレットが一番分かっていた。

 その顔色は良いものではない。



 なんせ三日後には本当に謁見予定なのだ。



 本家のこの決定はシンプルで手堅く、故に分家の立場からとれる手段では根本的な回避ができない。




 したがって、マーガレットは()()()()あくまでそれ(婚約)自体の回避ではなく、周辺のイメージの調整に注力していた。




 ミリクは、()()()()()()()()()であること。


 サングマ分家次男のタルザムが、ミリクの()()であること。


 そして、ソーレニ(本家の娘)()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということ。




 この丁寧な認識の誘導は、噂の流布や、タルザムにミリクと揃って領都を出歩くよう薦めたときから既に始まっていた。



 ソナーダも苦虫を噛むような表情を浮かべる。


 これは仕上げ。



 この結果が、分家にとって最良の結果であると悟られては台無しだ。

 非公式の場ですから……という一時凌ぎの発言を餌に、分家は本家に敵わず、一本取られたという空気感を演出する。


 夫人達の表情を見て、タルザム、シンブーリ、タイガーヒルさえ、失敗したのだと思い、沈痛な面持ちになる。



 それを見て、カクラムスクは満足気だ。




「……バカね……」


 スキアーが小さく呟く。



「どうかしたか、スキアー」

「なんでもないわ貴方。それよりせっかくミリク君とうちの娘のめでたい日なのよ? あぁ、私もミリク君を早く愛でたいわぁ~」



 何事も無かったかのように賑やかな歓談の場に戻っていく中、

 マーガレットとソナーダは、真に苦虫を噛んでいた。


(やはり、油断なりませんわ)

(そうね、今回はこちらが用意した “勝ち” を受け取ってもらえたようだけど、次はどうかしらねえ)




 タイガーヒルとシンブーリは耐え切れず、交代でお手洗いに行っていた。


 ライザも、こんなやり取りの渦中に今後入っていかねばならないのかと、気が重くてしかたがない様子だ。




 そしてミリクは、無表情だ。



 タルザムは物凄く嫌な予感がした。



《ますたー……》



 しかし予想に反し、ギャバリーではなくミリクから通信だった。

 その声色は、とても申し訳なさそうなものだ。


《おれ、おおきくなれない……》

《……え?》

《おれ、“たな” だから、ますたーがいいっていわないと、このままなんだ。こわれるまでずっと》

《!?》


 考えてみればそうだ。遥か昔、長きに渡り稼働していたという『賢者の本棚(彼ら)』は、製造法が喪われてからもそれはもう長い年月を争い、破壊しあい、文明を、世界を蹂躙したという。

 それは逆に言えば、『賢者の本棚』は、破壊されない限り劣化しない。


 つまり老いどころか成長すらしない。


《あとね、ますたー。“たな” の()()は、“たな” のざいりょうらしくて、つくられたときからせいげんかかってるから……おれ、かぞくとか、こども、むりだとおもう……》

「な……ッ!!」


 タルザムは余りのことに声が漏れてしまう。


 この小さな身体が、人の形をしていて忘れそうになるが、『賢者の本棚』は兵器──物品だ。


「タルザム様? ……!?」



 ライザは、タルザムの憤りと憎悪と悲嘆を一度に噴き出した表情を見てしまい、思わず(おのの)いた。



 タルザムは、己の息子としたこの幼い少年が、意志も、成長も、子を成すことも、人として当然のものを生まれながらに踏み躙られていたことを思い知らされた。

 ミリクがしばしば口にしていた、“たな” という言葉の重さを思い知らされた。



 奴隷ですらない。



 ミリクは本気で、自分のことを道具だと思っている。


 自身が人間だとは、微塵も思っていない。



 “たな” は、人ではない──




「ちちうえ」



 ミリクの声でタルザムは我に返った。


 その声は、孤児院にいる子供達とも、貴族の子供達とも同じ、人間の子供の声だ。



「……すまない……パーティーに慣れていないからかもしれない。少し、席を外す」


 タルザムはそれだけ言うと、そそくさと席を立つ。

 ミリクもぺこりと頭を下げて、ホールを出るタルザムについて行く。


 突然のことに、周囲はなんだなんだと声を上げる。


「あらあらタルザムったら、慣れない貴族のパーティーでいきなり自分が主役だったものだから、緊張しすぎたのかしらねえ」

「近衛騎士としての武勇を耳にしていなければ、ミリクちゃんの方が優秀に見えてしまいますわね、お義母様」


 ソナーダとマーガレットは、全くしょうがないわねうふふという空気を、絶妙なタイミングで周囲に放つ。

 先程シンブーリらが一度席を外したこともあり、場は再び元の賑わいを取り戻す。




 しかしライザは、タルザムの凄絶な様子を目にしてしまった彼女は、そうはいかなかった。




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