宴と対面 その2
「もう明後日ではないか!!」
サングマ辺境伯、つまり本家当主は、絢爛な封筒と冗長な定型文と共に、正式な形の招待状を受け取っていた。
「ディララムだな、このような反論しにくい策を仕掛けるのは」
招待状は、確かに全ての家に同時に行われた。ただ正式な招待状で、しかもそれが領主でもある当主宛となると、物理的な配達時間に加えて多くの事前検査も挟まるため到着が数日遅れる。通信魔法とは比べるべくもない。
そしてこのパーティーの日程は、ミリクとの繋がりを強調するための謁見よりも三日早く、謁見のインパクトをぼかしてしまう。
「この、“身内向けの細やかなものなのですが、御忍びで構いませんので”というのがまた実にな。まったく嵌められた」
本来辺境伯本人を公に招待するというのは、それだけで大きな価値になる。それを御忍びでも構わないというのは、本来ならば遠慮を示すへりくだったものだ。
しかし今回は違う。
端から見れば、少なくともこのパーティーに参加した多くの家の者には、その三日後の謁見はこう映るだろう。
(あのパーティーで眼をつけたから、繋がりを強固にしようとしている)
「がーっ! 儂が先に眼をつけたのにっ!! これだから腰の重い爵位は嫌なんじゃ!!」
そう、先に眼をつけていたのは辺境伯だ。
ついこの前の元『青』の枢機卿のトラブルから既に理解を越えていたが、ラングリオット近衛騎士団長を通じて得られた、その信じがたい武勇と戦力価値を受け入れていた。
故にまだ保護されただけの平民であったミリクに対し、特例的に招聘を行なった。つまり、彼のための席を用意することになっていた。
そしてお互い準備があるので、と日を空けた所を巧く利用し、その印象をすり替える。まさにあの夫人達が好んでやりそうなことだ。
「うぬぬぬ……ならば近衛騎士見習いなどという易い席では済まさんぞ……!」
サングマ辺境伯家は、領の内政を分家に任せ、軍事と外務を取り仕切り、外のあらゆる脅威への対応に注力している。
そんな彼らだからこそ、武の道を尊ぶ正にサングマの男である彼は、ミリクという特記戦力を如何にして取り込むかに躍起になっていた。
「……最高の案があるではないか!」
サングマ辺境伯の顔が獰猛に歪む。
まるで悪役のようだ。
「急げ! 明後日ならば間に合おう! 一刻たりとも無駄にするな!!」
そんなこんなで裏では色々な策略が渦巻いているが、当日になっても肝心の本人達は暢気なものだった。
「ちちうえ、へんじゃないですか?」
ミリクは貴族の礼装、パーティー向けの華やかなものだ。上半身は明るい水色と白を基調とし、要所にはフリルの装飾がある。そこに濃紺の半ズボン。ミリクの柔らかく黒い髪と白い肌が際立つ。
髪は短いため、少量の香油で適度に形を整える程度だ。
教会に赴いたときよりも、貴族の子供らしい格好になっている。
「大丈夫だミリク。いつもよりビシッと決まってるぞ」
「やったー! ちちうえもかっこいいです!」
そんなタルザムも、縁談相手がやって来るとあって無事で済むわけがなかった。
早朝から調髪師に化粧師、衣装師と三時間ほど揉まれ続け、その戦闘とは違う体力の消費に、いつもより遅い朝食を終えた頃にはヘトヘトである。
眉を整えられ、髭も普段以上に丁寧に処理されている。肌色を調整するクリームも施され、見た目が五歳ほど若返っている。髪は香油で流行りのスタイルに仕上げられた。
すっかり爽やかな好青年になった自身の顔を鏡越しに見たタルザムが、これは詐欺ではないのかと心配になったほどだ。
そこに白とグレーを基調とした礼服、そして瞳と同じ緑色のタイがアクセントとなっている。
今やタルザムは完全に貴公子と化していた。いや、実際貴公子なのだが。
一方で使用人達や当主一家は、次々とやって来る招待客を捌き、ホールへと案内するので大忙しだ。
招待状の返事を元に纏められた招待客のリストを見て、サングマ分家の第一夫人達は唸っていた。
「候補の方々は問題ありませんね。ですが予想はしておりましたけど、本家はそう動いてきましたか……」
「そうねえ、シンプルだけど、それ故手堅いわ。私達の手腕が問われるわねえ、マーガレットさん。悪い虫が付かないようにしないといけないわ」
「はい、お義母様」
二人の顔は真剣そのものだ。
そのピリピリした空気を漂わせる妻達に、夫二人はビクビクしていた。
「あんなに緊迫したマーガレットは久し振りです……」
「見ていると口の中が渇いてくるわい……」
タイガーヒルは堪らず紅茶で喉を潤す。
ホールには多くの貴族達が集まっていた。
やって来た招待客の多くは女性だが他にもいる。
そのおこぼれを狙う男性、或いは噂の武勇を一目見ようとやって来た者、逆に疑い確かめてやろうとやって来た者、ミリクと繋がりを得られればと子供達を連れた者。
辺境伯家以外が揃った時点で、ディララムがベルを鳴らし、シンブーリが司会進行をする。
「今日は急な呼び掛けにも関わらず、当家のパーティーに参加してくれて、当主として大変嬉しく思う。既に聞き及んでいる方もいるかもしれないが、当家は新しい家族を迎え入れることになった。この場で皆に紹介したい」
タルザムがミリクの手をひいて、壇上に上がる。
「サングマ分家次男タルザムだ。そしてこの子が私の息子、ミリクトン・ボープ・サングマだ。ミリクと呼んでやって欲しい」
「みりくとん・ぼーぷ・さんぐま、です! よろしくおねがいします!」
会場の貴族達やその子供達が拍手をする。そしてその大半が、噂となっている武勇をやはり信じられないでいた。口に出す者こそいないが、こんな小さな子供がやれる所業ではない。
だが、次男やそれ以下の息子を若手騎士として送り出していた家は違った。自分の息子達の深刻な表情と言葉が嘘かどうかなど、親からすればすぐに判る。
或いは正妻候補達もだ。彼女達にとって、そもそもそれ自体が事実かどうかは重要ではない。
そのレベルのことも受け止め、冷静に判断し支え続けられるだけの器量があるか。それを如何にアピールするか。
もっとシンプルに言えば、この場であの少年と如何に仲良くなれるか。
それが重要だった。
「タルザムもこのような場に出ることが少ない男だ。近衛騎士の武勇を聴きたい方もいると思う。ミリク、タルザムと共に今回のパーティーを楽しんで欲しい」
シンブーリがそう締めると、ミリクとタルザムのテーブルへと貴族が家格の低い順に続々と挨拶にやってくる。
だが挨拶にやってきた彼らにとって不幸なことに、同じテーブルには、マーガレットとソナーダも微笑みを湛えて座っていたのだ。
その瞳は、迂闊なことを言えば即日で社会的に抹消されることを彼らに予感させた。少なくとも馬車で帰る頃には、サングマ辺境伯領内の邸宅の所有権が無くなっている、ぐらいのことはありえるだろう。
そんなわけで、伯爵家のパーティーに来れるだけの最低限の教育を施されている子供は、自己紹介に留めて余計なことは言わない。ミリクの実力云々以前に、脇の夫人に家の命綱を握られているのだ。
子供ですらそうなのだから、大人など言うまでもない。
殆どが、名前とよろしく御願いします、という言葉以外を口にせず、回転率がものすごいことになった。
そんな中、正妻候補の中で最も家格の低い女性がやって来た。