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五色の書  作者: 鳥辺野ひとり
サングマ辺境伯領
20/104

宴と対面 その1

先ずはお披露目パーティーです。


(2019/03/25 改行とか調整しました。)

(2019/06/09 分割しました。)

 



 今日は普段よりも多くの馬車が領都を駆けている。


 サングマ辺境伯領内の内政を取り仕切るトップの貴族、サングマ分家にてパーティーが開かれるからだ。



 ことの始まりは五日前。



 《新しい家族を皆さんにも紹介したいので、身内の皆様向けに(ささ)やかながら宴を開きます。都合がよければ是非ご参加ください。》

 という定型文を通信魔法で突然受けた近辺の貴族家は、伯爵家に身内扱いされ、特別なパーティーに呼ばれたことを無碍に出来るわけもない。実際、招待された貴族はどの家も最低一人は参加していた。


 そんな領都の近辺で暮らす彼らだが、ここ数日、まことしやかにある噂が広まっていた。



『ミリクという子供が、騎士達をボコボコにした』

『その子供はサングマ分家の秘蔵っ子で、近衛騎士副団長でもある次男タルザムの息子である』

『タルザムは公式には未婚だが、ある未亡人の貴族との間に隠し子がいて、その女性も亡くなった。ミリクはその忘れ形見だ』

『サングマ分家は、タルザムの結婚を推し進めている。このパーティーはその前哨戦だ』



 正確でもないが、大体あっている情報。何よりマーガレットが意図的に流したものでもある。そう、シンブーリ(当主本人)ではなくマーガレット(当主夫人)が流している。


 招待を受けた家の中には、確かに縁談から絞り込まれた家も全て含まれていた。

 したがって当然ながら、それらの家は令嬢本人をパーティーに送り出した。他の家でも婚期を逃しつつある娘を着飾らせ、或いは本人が必死に着飾り、戦地へと赴いていた。



 伯爵である当主ほどではないとはいえ、タルザムは近衛騎士副団長でもあり、その地位は領内でもかなり上位にある。

 その夫人の枠が、側妻どころか正妻もまだ空いているというのだ。女性達はもう気が気ではない。


 だが、下調べをすればするほど、タルザムという男には女の好みという概念が無いのでは、というほど女性に対して平等だった。


 そもそも恋愛の痕跡が見当たらない。

 娼館を利用している様子すらない。


 強いて言うなら子供に優しい。次点で戦死した部下の妻だった未亡人にも優しい。

 それらが()()だというなら人としてかなりやばい部類になるが、それらは慈しんでいたり気を使っていたりという域を出ない。


 そのため今まではアピールしようにも、何が琴線に触れるのか探り探りで、競合とも牽制し合う状態だった。



 今までは、だ。



 側妻のおこぼれを狙うぽっと出の娘達はともかく、長きに渡り苦戦を強いられてきた正妻狙いの女性達にとって、今回のパーティーでのアピールポイントは明確であった。



 “如何にミリクの理想の母親として振る舞えるか”



 ミリクという子供の出所はかなり不明瞭だ。


 しかしここ二、三日、ミリクはタルザムと共にあちこちに露出しているらしく、その存在そのものは確実だろうと考えられた。


 流れている噂の信憑性についても、当所彼女達はそこまで当てにはしていなかった。伝手を駆使し、異なる複数のルートで情報を入手、照らし合わせ、そこで初めてその噂がかなり確度の高いものなのだろうと認識した。


 だがそこで、特に一部の正妻候補は、噂の内容が余りにも(もっと)もらしすぎる、と勘づく。



 これは、先代と現当主夫人からの試験なのではないか、と。



 その一部の正妻候補は、まさにマーガレット(現当主夫人)が絞り込み、ソナーダ(先代当主夫人)が認めた三人だった。




 そして、そのうちの一人であるエリシェバ家の長女、ライザ・エリシェバは憤っていた。



「聞いていませんよ。いつ縁談申込み(こんなもの)出してたんです」



 彼女はサングマ分家からの招待と同時に、初めてお見合いの話自体も聞くことになった。初耳すぎて青筋を浮かべているが、執事を責める口調は冷静だ。


「お祖父様ですね? 勝手にこのような真似をされたのは……私をミリク君の母親に、という発想は妥当ですけど……私に今後彼らが起こすあれこれを受け止めきれるとは、到底思えません……」


 彼女は、若手騎士団がコテンパンにされた模擬戦の内容についての報告を見て、頭を抱える。

 ミリク少年が『小さき(ミリク・)千変万化の地獄(ミッレ・インフェルノ)』と呼ばれる理由になったそれは、まるで『赤』のジュンパナの武勇のようだ。


 枢機卿になる前は、Sランクの冒険者兼傭兵として活動していた『歩く戦乱』。その彼女の武勇伝は、殊に強さが尊ばれるサングマの地では有名だった。


「はぁ……全く、正に試練と言ったところですか……」


 だが、家格としては男爵の長女かそれぐらいなので、彼女にこの招待と縁談を今更断ることはどの道できない。


「場に馴染む程度には着飾りますか……それで気付かないならそれが一番穏便です……今回ばかりは無理でしょうけど……」


 エリシェバ家の長女として、かの枢機卿の孫娘として、普段とは異なる華やかな装いで、彼女は馬車に乗り込み領都へと向かった。



 馬車の中で、ライザは今まで得ていた情報を整理する。そこには当然あの噂も含まれた。


(このような適度に正確な情報を流せるのは、彼らのことをよく知る者、それこそ身内でなければ不可能。

 見合いの日程調整を、比較的家格の低い私に対してだけされているはずがありませんから、性格的に考えて伯爵夫人のマーガレット様や先伯爵夫人のソナーダ様の伏線でしょうね。

 あの家の殿方様は、内政系だけあって基本的にリスクファクターを極力抑えようとする気質。

 タルザム様も、子供の情報を切り売りするような真似はされない方ですし)



 ソナーダとマーガレットの辣腕、敏腕ぶりは、特に内政に関わる貴族の間では有名だ。

 事前の印象操作、警戒心の調整を緻密に行い、あくまで互いにWIN-WINな持ち掛けで、己自身さえも駒とし、広大なサングマ辺境伯領の内政という盤上を支配する。


(まあ、他の方がタルザム様の妻として、ミリク君の母として、より幸せな家庭を築いていただけるのなら、それに越したことはありません)


 そんな恐るべき女性達が用意したであろう小さな盤上に足を踏み入れつつも、彼女は自分自身が正妻になるということに対しては本気ではなかった。



 ソナーダもマーガレットも、そんな彼女の際立った献身性について高く評価していた。






名前の定義は以下のようになっています。(BNF風)


〈名前〉::=〈名〉[・〈当主称号〉][・〈系譜称号〉][・〈領地称号〉][・〈家名〉]


〈名〉::= 両親が名付けるもの。

〈当主称号〉::= 当主なら「ティッピー」

〈系譜称号〉::= 本家は「フォープ」| 分家は「ボープ」

〈領地称号〉::= 王家から領地を賜ったなら「クローナル」| 王家そのものなら「キーナ」

〈家名〉::= 先祖から継ぐもの。孤児や勘当などで無いこともある。


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