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五色の書  作者: 鳥辺野ひとり
プロローグ
2/104

賢者の本棚 その2





 見回り担当兵に案内され部屋の扉を開けると、治癒士の女性から流動食を食べている少年が居た。

 自分で食べたそうにしているが、治癒士の笑顔の圧力の前にどうすることもできず、黙々と飲み込んでいた。


「この子はまだ病み上がりです。会話は半刻(15分)程度にしてください」

「シスター・リザヒル、分かりました」


 少年はタルザムを見て、不安げな表情をしていた。


「私は、タルザム。このサングマ辺境伯領で騎士をやっている。君を山賊の拠点と思われる場所で保護した者だ。君自身についても色々聞きたいんだが、まずはあの場で何が起こったのか、話せる範囲で構わない。我々に教えてほしいんだ」


 タルザムの言葉に少年は顔を少し俯ける。目線を右往左往させ言葉に悩んでいる様子だった。


「あいつら、おれに、れーぞくのくびわ、つけようとした。だめだって、あぶないって、いったのに、おれ、なんどもぶたれけど、そんなことされたって、おれじゃ、むりなのに……それで、みんなしんじゃった……ころしちゃった……おれ、が、みんな、ころしちゃった」


 少年は拙い言葉で、ぽろぽろと泣きながら、しかしはっきりと、自分が殺したのだと言った。


 だが、なるほどそうですかと納得できるような、そんな死に方ではなかった。そもそも子供一人が取れるまともな手段では、あれだけの死体を産み出すことができるとは考えにくい。


 そこでタルザムは質問の内容を変えることにした。


「我々は、彼らの死について、君を責めるつもりはない。元より他国の逃亡兵が賊に堕ちた者達だ。討伐の謝礼金を用意しても良いぐらいだが……ただ一つ訊きたいんだが、君は『青』というものを知っているか?」


 あの場の死体から得られた『青』について、教会に調査を出しているが、彼がやったのなら何か知っているかもしれないとタルザムは期待した。




「『青』、第二の理、死と変質を(もたら)す星の力。本書庫では隷属化などによる不正な権限割込を感知した場合、書庫保全のため司書権限にて『青』による速やかな処理を実行する設計となっております。なお、実行後の『青』の残滓については速やかに除染します。利用者様各位についてはご安心ください」




 少年は、突然別人のような流暢な言葉を、感情の抜け落ちた顔で口にした。少年をずっと看護していたリザヒルはその内容に驚いた様子だった。


「追補、『青』の書の閲覧と利用についてゲスト権限には許可されていません──……あの……」


 全員が呆気にとられていると、少年の口調が戻る。


「おれ、じつは、ひとだけど、()()で、その、前の持ち主(おやじさん)のゆいごんで、ふさわしい持ち主(ますたー)を、さがしてて。あの……たるざむ、さん、だめですか……?」

「私が?」

「そとでてから、ししょさんが、いいよって、いってくれるひと、おれ、はじめてで……」


 タルザムも、その場に居た他全員も、少年が何を言っているのか理解できなかった。


 だが普通に考えて、あんな場所で全身を嬲られ痛め付けられていた上、その周辺でヘドロと化した死体が生み出されれば、正気を保てというのは酷な話だ。むしろ錯乱していたり、口が聞けなくなったりしていてもおかしくない。


 何となく会話できるだけでもかなり頑張っていると言えるだろう。


 タルザムは、少年の身体に一先ず異常がなさそうであることに安堵するとしようと割りきり、微笑んで少年に答えた。


「済まない。現時点で君のお誘いに返事をすることはできない」

「そう、ですか……」


 少年はものすごくしょんぼりとした顔をしている。歳相応の仕草がなんだか余計に微笑ましかった。


「……また、話を聞かせてくれ。その時には返事をしよう」


 少年はパッと顔を明るくした。


「! わかりました!」


 その後、少年はすやすやと眠りについた。

 タルザムはというと、治療をしていたリザヒルから小言をもらっていた。


「いくらこの子の立場を確保するためとはいえ、少々目に余りました。あれだけの虐待、いえ、拷問といった方がいいでしょうね。成人ですら心が壊れてしまうほどのことを、こんな子供に思い出させるなど、とても看過できません」

「おっしゃる通りです……ですが、鑑定では事情を知ることができなかったのです。であれば、本人が語った内容を聖別にかけて真贋を示す他に有効な手段がなく……」


 はあ、とリザヒルはため息をつくと、懐から封筒を取り出した。教会に五人いる枢機卿の一人、エデンベール枢機卿を示す封蝋が、その内容の重要性を示している。


「……あの子が語った『青』の内容は概ね正しいものです。『青』とは、神によって世界に満たされた、五つある大いなる恩寵の『第二』、『死と変質を齎す星の力』のことでしょう」


 秘匿された奇跡ではないのか、特に隠すことなく『青』について語るリザヒル。しかしその声色は、普段の説教の時とは違う、なるべく通らないよう気遣ったものだ。


「ですが、人がそれを魔法として扱えるなど聞いたことがない。伝承では人の手に余る滅びの力だと伝わっています。詳しいことは、こちらに書かれているでしょうから、後ほどご覧になってください」


 リザヒルの言葉とともに封筒を受けとると、タルザムは騎士団長のもとに向かった。





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