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五色の書  作者: 鳥辺野ひとり
サングマ辺境伯領
18/104

騎士と街並 その8




 ひとまず、洗礼は終わったということで、あとのことはエデンベール枢機卿に任せてタルザムとミリクは教会をあとにした。


「……」

「ちちうえ……」

「どうしたミリク?」



 グゥゥゥウウウウウゥゥ



 ミリクの腹時計がお昼をお知らせしていた。


「そうか、もうそんな時間か。この近くだと黄金麦通りって所にたくさん食堂やレストランがある。そこに行きつけの店があるから連れてってやる」

「やったー!」


 まるで枢機卿とのあれこれなど何も無かったかのようなミリクの切り替わりっぷりに、タルザムはうんうん何でもないただの洗礼だったなあと己の記憶を改竄し、気を取り直して御者に指示を出し食事処へと向かった。






 馬車に揺られること数分、黄金麦通りは領都でも比較的リーズナブルな価格帯の食堂が立ち並ぶ場所だ。

 そこは貴族のためというよりは、騎士達の憩いの場。故に高級感はないが治安は良い。

 騎士を志したものならば、必ず世話になる通りである。



「ここだ、停めてくれ。ミリク、着いたぞ」



 “豪炎食堂(トラットリア・バーン)



 焼き入れされ表面が黒くなった木の表面、そこに荒々しく彫られた店名が明るく際立つ。

 ここはかつて“豪炎のバンノック”と呼ばれた元騎士が営む食堂である。


「いらっしゃい……って、タルザムか。珍しいな、そんな貴族の坊っちゃんな格好でウチに来るなんてな」

「あら、タルザム様、いらっしゃい」


 タルザム以上に体格のいい壮年の男と妙齢の女性が、カウンターから声をかけてくる。

 バンノック・バーン、彼はタルザムの先輩騎士として多くの敵や魔物を屠ってきた火魔法と剣の名手であり、その技はタルザムにも継がれている。


「あ、いらっしゃいませタルザム副団長! あれ、その子ってもしかして前に保護したあの子ですか?」

「そうだ、俺の息子になった。ミリクトンだ。ミリクって呼んでやってくれ。というかグレンバーン、お前まだ店の手伝いやってたのか」

「えっへへ、たまにですよ。親の手伝いしてると、楽しいんです。あ、ミリク君こんにちは~」


 にこやかに手を振る幼さが残った青年。以前タルザムと共に山賊の調査に同行していたグレンバーンだ。

 今日彼は騎士としては休日だが、清潔感のあるエプロン姿で食堂の手伝いをしている。




 グレンバーンは約十年前の変異種の魔物の氾濫で家も家族も失い、危うく魔物に嬲り殺されるというところをタルザムとバンノックに救助された孤児の一人だ。

 目の前で家族が食い散らされたショックで一時的に記憶を失っていたその少年を、鑑定で本名が分かるまでの間バンノックが助け出したときに使った大技“紅蓮の豪炎峡谷(グレン・バーン)”に因んで、そうタルザムが呼んでいたら、本当に“グレンバーン”に改名してしまった。


 家族を思い出すのも辛そうだった彼の様子を見てはバンノックも責めるに責められず、シスター・リザヒルと共に口撃でタルザムをぼこぼこにしていた。



 その時の変異種の群れとの戦いで何か怪我を負ったわけではないが、自身の肉体の衰えをはっきりと感じたバンノックは、これ以上は領主の期待に添えなくなることを理由に騎士を引退。

 その後この黄金麦通りで、妻と共に食堂を切り盛りすることとなった。

 そして同時に何かの縁だと、夫妻はグレンバーン少年を保護者として引き取ったのだ。


 当然グレンバーンは色々と勘違いをし、負い目を感じて食堂の手伝いに勤しんだ。だが、色々とすったもんだの物理的な親子喧嘩などにより、グレンバーンも騎士の道を歩むことを決意、今に至るわけだ。



 そして、グレンバーンは優秀だった。バンノックから日々しごかれているのだから当然とも言え、僅か五年ほどで近衛騎士団への入団を果たした。




 つまりどういうことかというと、彼は先日普通の若手騎士達が味わった、日帰り地獄ツアーのことを知らなかった。




(あ、あれ、今 “ミリク” って……!)

(あああ! だめだ今見えちまった!! あの『小さき(ミリク・)千変万化の地獄(ミッレ・インフェルノ)』だ!!)


 いつもは近衛騎士副団長であるタルザムが来ようとも無礼講で和やかな食堂は、共にやって来た大層な二つ名まで付いていたミリクの名を聞いて徐々に張り詰めた空気に変わる。

 この店に客として来ていた若手騎士達(地獄ツアー体験者)の顔色が、凄まじく悪くなった。


「ん、皆さんどうしました?」

「い、いえ……あ、そ、そろそろ私達は戻らねばなりません。ご馳走さまですっ。お会計を御願いします」

「……? はい、ありがとうございます……?」


 あっという間に客が半分ぐらいになった。もう半分は中堅やそれなりのベテラン、模擬戦(ツアー)に参加しなかった運の良い騎士達である。

 彼らの中には後輩からその惨状を聞いていた者もいる。そういった者たちは、横目でミリクに注意を向けていた。といっても傍らにはこの領のNo.2の騎士であり、伯爵家の次男だ。迂闊なこともできないでいた。


「あ、タルザム副団長とミリク君は、もう注文決まってますか?」

「俺はそうだな、豪炎カリカリミートソース焼パスタ山盛りで頼む」


 店主が昔護衛で遠方に足を運んだ際に見かけた炒め麺を参考にした料理で、鉄板の上で自慢の火魔法によりカリカリに仕上げられたパスタだ。熱々のパスタの上にはチーズが小山がさらに炙られ、外はこんがり中はトロトロと肉の旨味が行き渡ったパスタに絡む。

 異様にエールが合うため、タルザムは仕事の日に食べるのを避けているほどの一品である。


「ちちうえ、おれこれ!ごうえんひばしららざにあ!」

「ん、なんだ新メニューか?」

「はい、親父が先日閃いた新作です」

「おうよ、この前凄まじい天高く昇る炎みてえな強烈なもんを感じてな、ビビっと来たわけよ!」


 ミリクが産み出した地獄の一つだ。小隊が二十秒程で全滅した。

 タルザムは曖昧に、そうなんですかあと言うことしかできなかった。


「でもそれ一つで三人分くらいありますよ?」

「おれ、がんばります!」

「まあ、俺も手伝うから大丈夫さ」



 やって来たのは、湯気を上げてプチプチと泡立つ鮮やかな赤いトマトソースと、炙られ焦げ目のついたチーズで表面が彩られた()だった。大人の頭二つ分の高さだ。よく倒れないものだ。

 普通のオーブンには入らない高さなので、バンノックお得意の火魔法だろうとタルザムは予想をつける。


「わー!」


 ミリクの目がキラキラしている。ミリクは何を食べても美味しいと言うので、タルザムはいまいち息子の好みが分からなかった。

 昨日、どうやら渋いのは比較的苦手らしいとようやく判明したほどだ。


「危ないんで切り分けますね」


 グレンバーンが手際よくナイフを入れる。

 中はホワイトソースとミートソース、マッシュポテトやキノコのソテーが様々な順で重ねられ、一番下にはドミグラスソースとチーズ入りハンバーグ。そして各層の間を、モチモチのパスタ生地が仕切り、切り口から封じ込められた旨味のエキスと香りが溢れだす。

 絡み合う生まれ育った場所も違う食材達の様子は、まさに人々の出会いの瞬間のようだ。


 早速ミリクは切り分けられたラザニアを大きめのスプーンで掬い、大きく口を開けて頬張る。


「はふ、はひは、はむ、はふはむ、ふふぅう! ほいひいへふ!」


 熱そうにしながらもすごい速度で食べていくミリク。

 そんな姿を微笑ましく眺めながら、タルザムも焼パスタを口に運ぶ。

 流石にミリクがいるので、ドリンクはエールをレモネードで割って酒気を抑えたものだ。それでも麦の苦みとどこかフルーティーな香りが、レモンの酸味と共にこってりめのミートソースを味わった舌の上をさっぱりとさせる。すると再びチーズと絡んだミートソースが欲しくなる。

 開店当初から人気の組み合わせだ。


 というよりも豪炎食堂の初期のメニューは、タルザムが試作品の味見に付き合わされた結果、彼好みに仕上がっている。貴族の肥えた舌も満足しつつ、騎士のジャンキーな欲望も満たす。

 今では “近衛騎士副団長お気に入り” とちゃっかりメニューに書かれている。

 そりゃ人気にもなる。


「副団長は相変わらずですけど、ミリク君も美味しそうに食べますね」

「そりゃ、自信作だからな! たっぷり宣伝してってくれよ!」


 バンノックの豪快な声がキッチンから飛んでくる。

 周囲の騎士達も横目で見ていたせいで、その食べっぷりにもう少し何か頼もうかという腹具合になる。


 ふと、ミリクの手が止まる。


「どうした? ミリク」


 タルザムの問いにミリクは少し恥ずかしそうする。


「その、おぎょーぎ、わるいとおもう、んだけど……おれも、ちちうえのたべたくて……こーかんしたいなって……」

「ふふっ、いいぞ、ここはそういう細かいことは気にしなくていい場所だからな」


 すると空気の読めるグレンバーンが、取り皿を二つ持ってきてくれた。


「豪炎火柱ラザニアか、どれどれ」


 肉とトマトの旨味を吸ったマッシュポテトに、キノコとチーズの香りが融け合い、口の中で渾然一体となる。肉の層には所々にベリーソースが散らされ、トマトとは違う酸味がアクセントとなりどの層と合わせるかで様々な顔を見せる。

 そのお陰で量がありながら全く飽きない。


「これはすごいな……うちのパーティーにも出したいレベルだ」

「ちちうえのぱすたもおいしー!」




 あっという間に完食する二人。特にミリクは食べたものがどこに納まっているのか不明だ。


「じゃ、ご馳走さま」

「ごちそーさまでした!」

「また来てくださいねー!」


 グレンバーンに見送られ、馬車に乗り込む。


「ばいばーい! ぐれんばーんにーちゃん!」


 ミリクが馬車から手を振ってくれる。

 グレンバーンは、自分に弟がいたらこんな感じだったのだろうかと、少し寂しくなった。





グレンバーン君は二十歳ちょっとくらいです。


近衛騎士団で一番の若手で、アラサーやそれ以上の先輩達から歳の離れた弟みたいに可愛がられています。


素敵ですね。

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