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五色の書  作者: 鳥辺野ひとり
サングマ辺境伯領
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騎士と街並 その6




 日が暮れ、若い従僕たちはディララムの指示の下、晩餐の仕上げに奔走している。



 タルザムは別邸での件をシンブーリに報告した。それを聞いているときのシンブーリは顔を白くしたり青くしたりしたが、最終的にはほっとしていた。主に死人がでなかった点でだ。

 横で一緒にバラスンも胸を撫で下ろしている。




 一方ミリクは、タイガーヒル爺の孫との触れ合いに付き合わされていた。




 香油が焚かれた寝室。

 ベッドで横になっているタイガーヒルの上に、ミリクが馬乗りになり、ゆっくりと動いている。



「おじいちゃん、きもちいですか?」


 ミリクの動きに合わせ、タイガーヒルは思わず声を上げる。


「おおおっほぉぉおお! 最高じゃ~! ミリクはテクニシャンじゃのう、気持ちいいぞ~~」


 ミリクの小さく柔らかい指が、タイガーヒルの首元に触れる。

 ミリクの高めの子供体温が、肌から直接伝わり、タイガーヒルは快感に身を委ねていた。





「ミリクちゃん、マッサージ上手なのねえ。私も楽しみよ」

「たのしみにしてください!」


 トトトと、今度は両手で細かく首から肩にかけてチョップしている。タイガーヒルはその心地よい振動に珍妙な声をあげている。息子達が見れば失望されそうなほど、ミリクの見事な手技によって完全に骨抜きにされていた。元から骨抜き気味だったが。


 そうしていよいよそソナーダの番というところで、部屋のドアがノックされる。


「お楽しみの中申し訳ございませんが、御夕食の支度が整いましたので、お知らせに参りました」

「あらあ、もうそんな時間なのねえ」

「ほほほ、残念じゃなあ、ソナーダ」


 ほくほく顔のタイガーヒル。だが、ソナーダはそんな甘い女ではなかった。


「ええ、皆を待たせるわけにもいきませんものねえ。私は、そうねえ、湯浴みの後に時間があるから、その時お願いしていいかしらミリクちゃん?」

「いいよー!」

「何ッ!」


 タイガーヒルは愕然とした。あれほどのマッサージを、入浴直後の温まった身体にされればどうなるか。そんなもの至極の快楽に決まっている。ソナーダはそれを見越して、まるで自分を立てるかのように先を譲ったのだとようやく気付いた。

 しかしソナーダの恐ろしさはこれにとどまらなかった。


「じゃあ、おばあちゃん、これ、きょうの “よやくけん” です!」

「あらあ、ありがとねミリクちゃん」

「!!?」


 それは、“みりくのまっさーじけん そなーだおばあちゃんへ” と拙く書かれた長方形の紙片だった。下に日付まで書いてある。

 孫の、手書きの、自分の名前付きの、日付入りのカードである。あまりにプレミアムな価値を持った一品。


 そう、先に譲られたことも、一日に一度までと決め合ったことも、ソナーダの謀略。もう今日の名前入り “まっさーじけん” はどうやっても手に入れることは不可能。タイガーヒルは詰んでいた。



「そういえば、最近王都で『錬金術でしか作れない、肌が若返る高級美容液』が流行ってるって聞いたのよ。ミリクちゃんはそういうのできるかしら?」

「んー……できます! ちちうえがつくってもいいよって!」

「まあ素敵ねえ、それじゃマッサージのときにお願いするわねえ」

「はい!」


 タイガーヒルは燃え尽きた。完全な敗北だ。



 この一枚目の “まっさーじけん” は、額に入れられた後、彼らの寝室に飾られた。その後の “まっさーじけん” も、他の貴重な品と共に、全て厳重に保管されることとなった。





 それはさておき、食堂に全員が出揃うと、ミリクの歓迎兼タルザム婚活決意記念の晩餐会が始まった。

 普段は別邸で食事をする側妻一家も、色々あったが晩餐会に参加している。



 ティアについては、話を聞いていた当主らも無理なのではと予想していたが、


「これもまた、わたしがうけなければならないばつ、しゅぎょうなのです」


 と、ティア本人の強い意思(謎の理屈)で、参加している。顔色は優れていない。


 対照的に、オークスはバラスンと共にミリクを守るぞという兄としての結束を見せ、ミリクと仲良く食事を楽しんでいる。


「ほら、今日の夕食はミリクのためのなんだ。いっぱい食えよ!」

「あい! おいひーれふ! いっはいはへはふ!」

「あーあー、返事は飲み込んでからで良いからな」

「おれもいっぱい食ってでっかくなって、ミリクを守る騎士になるから!」

「……そうだな、叔父上は辺境伯様の騎士だもんな。俺は当主として、ミリクのことを守ってやるよ!」



 未来の当主と騎士を志した少年の会話は、実に微笑ましい。現時点でブラコンの気配すら感じる。



 ディララムも気を利かせ、本来の序列順ではなく、子供グループと大人グループで分けて固めた変則的な配置にするよう、下級使用人達に指示を出していた。




 それはつまるところ……




「それで、ミリクの母親はどうするつもりだ?」

「縁談資料に目を通す時間はあっただろう。とっとと決めんか」

「流石に急には……」

「急かしてもしょうがありませんわ。ある程度絞りこんだあとは、実際にお会いしませんと」

「そうねえ、マーガレットさんの言う通りね。素行調査は十分させましたから、あとは相性ねえ。ミリクちゃんの母親になってもらうのですから、生半可な女は困るわ。マーガレットさんくらいの根性は欲しいもの」

「光栄ですわ、お義母様。そういう点で言えば、この四番と九番と二十二番なんか、特によろしいと思いますわ。あと二番と五番、十、十六、十七、二十一番は絶対にダメだと思いますの。どうして残ってるのかしら……?」

「うふふ、やっぱりマーガレットさんとは気が合うみたいねえ」


(……儂は良いと思ったんじゃがな……)

(妻には我々に見えない何かが見えているのでしょうね……)

(儂の経験則でこういうときの意見には不用意に逆らわない方がよいというのがある)

(分かります)

「うむ、実にためになる意見だ。早速見合いの手配をしようではないか」


 タルザムが婚活責めされ続けるということだ。


(俺はまだ誰も選んでいないんだがなあ……)





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