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五色の書  作者: 鳥辺野ひとり
サングマ辺境伯領
15/104

騎士と街並 その5




「あ! タルザム叔父さん!」

「オークス、お前も大きくなったな!」

「叔父さんは変わんないね! ……そいつだれ?」


 別邸の庭からツンツン茶髪の少年が駆け込んでくる。

 次男のオークス・ボープ・サングマだ。

 オークスは、タルザムの後ろに付いてきているミリクを見て早速変な顔をする。


 ごつごつした顔のタルザムに対し、ミリクは丸顔。タルザムに限らずサングマ家は明るめの茶髪に緑の瞳だが、ミリクは青みを帯びた黒髪に深い青の瞳。この辺では見ない色だ。


 見た目には、血の繋がりを感じさせる要素がまるでない。


「俺の息子だ。このあとみんなに紹介するから、お母さんのところに行ってきなさい」

「……はーい」


 そう言って勝手口から別邸に駆け込むオークスを見送ると、正面玄関へ移動する。メイドが扉を開けると、兄の側妻の家族達が並んでいた。


「お久しぶりです。タルザム様」

「いつもうちの息子がご迷惑をかけて済みません……」

「いえいえ、大切な甥ですから」


 タルザムは兄の第二夫人アクイア、第三夫人ナーレに言葉を返しつつ、客間まで移動する。

 全員で客間のソファーに腰を下ろすと、そのままタルザムはミリクを紹介した。


「早速だが、この子が俺の息子のミリクだ」

「みりくとん、ぼーぷ、さんぐまです! よろしくおねがいします!」


 ソファーから立ち上がり、ペコリとお辞儀をするミリク。


「こちらこそよろしくね、ミリク様」

「ティアです。よろしくおねがいします」

「よろしくミリク様。ほら、オークスも!」

「…ミリクさまよろしく。ねえ、ミリクのお母さんは?」



 タルザムは、しまったと思った。側妻達には、ミリクの孤児としての話が伝わっているが、子供に解るわけがない。



「オークス……! ごめんなさいタルザム様、ミリク様、ちょっと席を外しますね、ほら、オークスちょっと来なさい」

「え? わ、ひっぱんないでよ!」


 アクイアに腕を引っ張られオークスも退室する。


 ナーレとティアは曖昧に笑う。親子そっくりだ。

 取り残された気まずい無言の空間の中、用意された紅茶に口をつける。


 頭にクエスチョンマークが浮かんでいたミリクも真似をして飲み、顔をくしゅっとさせる。香りの甘さに反して味が渋かったのがびっくりしたらしい。

 タルザムは微笑んで、ミリクのティーカップに精製糖を何杯が掬い入れ、軽く混ぜる。味見をすると少し甘すぎに感じたが、子供にはちょうどいいだろうと判断して、ミリクの前に戻す。


 ミリクはそーっと少し口に含むと、ぱあっと明るい顔になった。やはり甘いのがいいらしい。


 そうこうしていると、アクイアとオークスが戻ってきた。

 オークスはなんとも言えない顔だ。

 まあ、7歳にその機微を理解しろと言うのが無茶なのだが、貴族としては仕方ない面もある。

 優秀な敵以上に、足を引っ張る愚かな身内は厄介なものだ。今のうちにどういうものが失言なのかを叩き込んでいかなければ、早々にして爪弾きにされてしまう。

 庶子であるオークスは、アクイアもろとも切り捨てられることもあり得るのだから、アクイアは必死だ。


「ごめんなさい……」


 オークスは、頭を下げる。しかしそれ以上は何も口にしない。

 何が、に触れようとすると更に墓穴を掘ることになるのだから間違っていない。アクイアに言い含められたのだろう。


「構いません。子供には難しい問題ですから」

「申し訳ありません……」

「?」


 ミリクは再びクエスチョンマークを浮かべている。紅茶をちびちびと飲みながら、小首をかしげている。

 よほどきつめに怒られたのか、オークスはソファーの端で小さく身を縮めて口を一切開かないように努めていた。





《報告。不正アクセス遮断。『黄』の情報取得法を感知。欺瞞法により偽装情報に差替えました。術式封鎖を実施しますか?》





 突然タルザムの意識の中に、ミリク、いやギャバリーから通信が飛んできた。この通信術式は『賢者の本棚』と所持者の間のみのもので、高度な隠蔽と欺瞞により外部から感知、盗聴されることはまず無いと、ギャバリーから話を聞かされていた。


《誰がやった?》

《ティアです。対象への術式封鎖を実施しますか?》


 タルザムはその言葉に驚きを隠せないでいた。4歳の少女が鑑定魔法を使ったらしい。


《やってみてくれ》

《承知しました》


 術式封鎖は、自身を除く範囲内全て、あるいは指定した対象に対し、魔法を使用できなくするミリクとギャバリーが有する上位機能の一つだ。これには他の『本棚』すらも含まれる(というよりもそれが本来の用途)、最終モデルの名に相応しい現代の人類からすれば完全にオーバースペックな代物である。


 そんな術式封鎖(天の試煉)を受けることになったティアは、その瞬間目を見開いた。


 そしてタルザムがナーレに話を訊こうとした途端、


「ミリクさま、タルザムおじさま、ごめんなさい!」


 ティアが突然立ち上がり、頭を下げた。

 タルザムは言葉が引っ込んでしまった。


「おかあさまは、なにもしりません! わたしがかってにやっていたことです!」

「ど、どうしたのティア?」

「わたし、()()()()()()()、ミリクさまも()()()()()しました。けど、きゅうにまっくろになって、わたし、なにもできなくなって……」

「ナーレさん、ティアが鑑定を使えることはご存じでしたか?」

「えっ?! まだ字を勉強させたばかりで、魔法なんて……」


《ナーレの発言に嘘はありません》


 どうやらナーレは娘の魔法に気付いていなかったようだ。


「ティアには高い魔法の才能があるようですね。ですが、ミリクは……聞いていると思いますが、そういうものに敏感でして……」


 ナーレはサッと顔を青くする。ミリクが受けていたとされる外法について(の嘘の設定)も、側妻達に伝えられている。ミリクの中の別人格(ギャバリー)の存在についてもだ。


()()()()()、何か言いたいのなら構わない」

「警告。

 不正アクセスは最悪の場合、セキュリティ違反プロトコル『タウ』 “欺瞞法による取得情報の致死性情報災害への差替え” を実施します。

 情報災害に暴露した対象は、保持する全情報を逆送信、速やかに生命活動を終了します。本プロセスはリクエスト径路を遡上し、確実に発信元に対し実施されます。

 なおプロトコル『タウ』には、違反対象への事前警告はありません。

 アクセスの際は、適切な権限を取得の上、正規インタフェースをご利用ください」


 ギャバリーはそれだけ言うと、ミリクに戻った。ミリクは何事もなかったかのように、紅茶をちびちび飲むのを再開する。


(隷属魔法には『青』で抹殺、鑑定魔法には『黄』で呪殺、ということか。グレンバーンやシスター・リザヒルも危険だったわけか……)


 ミリクに対しての鑑定は、まともな結果が得られなかったため早々に諦めていたが、どうやらその判断は正解だったようだと、タルザムはこの新情報に今さら冷や汗をかいていた。


「い、今のが、その……」

「えぇ……まあそうです」

「結構、物騒なお言葉もあったのですが……」

()は、私に嘘をつきません。実際にそうするのでしょう……エデンベール枢機卿のお墨付きです」

「そ、そうなのですか……」


 ナーレの顔は蒼白になっている。今にも倒れそうだ。

 アクイアとオークスも、ギャバリーの意味不明な、しかし確実に抹殺するという文言と冷たく無機質な殺気に圧倒され、唖然としている。


「あ、わ、わたし、こ、ころされるのでしょうか」


 当然その対象であろうティアは、土下座の状態のまま身体を震わせていた。


「あー落ち着いて、彼も『最悪の場合』と、言っていたでしょう? 今回は警告と、鑑定の遮断のみだそうです」

「ぅ、あ、ありがとう、ござい、ま、ぁ゛ぁぁあ゛ぁッ……」


 号泣するティア。そりゃ泣くだろう。男でも大人でも今のは泣いても仕方ない。


「……ナーレさん、ひとまずティアには早めに魔法の勉強をさせてあげてください」

「は、はい」


 タルザムの苦し紛れの発言では、この場の凄惨な空気をどうすることもできず、一旦お開きとなった。


「ま……ちちうえ、おれ、ぎゃばりーさん、よばないほうがよかったとおもう」

「そうだな……俺の失敗だよ」


 タルザムはミリクの成長を感じつつ、別邸を後にしようとすると、背後から走る足音が近づく。


 オークスだ。


 ミリクの元にやってくると話しかけた。


「さっきは、その、ごめん……おれ、頭悪くて、ぜんぜん、わかんなくて、でも、ミリクは……おれの弟だから! いそがしいバラスン兄の分も、悪い大人から守るから!! ……まだ、叔父さんほどうまくできないけど……」


 オークスは、少し涙目になっていた。アクイアからミリクの過去(設定)をいくらか聞いたのかもしれない。


 タルザムは甥の拙い優しさに顔を緩ませ、頭を撫でた。


「オークス……ありがとう」

「叔父さん、俺、強くなるから……それまでミリクのこと、守ってね……!」

「あぁ、任せろ」

「……おれ、まってるね! おーくすにいちゃん!」

「……! おう!!」


 ミリクに守られることはあっても、ミリクを守ることはほぼ無いだろう。


 それでも、ミリクの言葉に救われたオークスは、笑顔で応えて別邸に駆け戻っていった。





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