騎士と街並 その3
ラングリオットは、ミリクへの戦力としての評価を改めていた。
戦術レベルで戦況をひっくり返せる個人を目にしたことはあるが、この少年はそれらと同じ領域の存在だと再確認する。
良識はあるが、常識がない。人間の形をしていながら、人間の型に囚われない。
解き放たれていて、自由自在。
自分で言っておいて何だが、訓練場が持つか心配になり始めた。
「大丈夫かダージー!?」
タルザムが二人の元に駆け寄る。
ダージーは、生まれたての子鹿のように震えながらも、なんとか立ち上がることができた。
「タ、タルザムざま、お、俺、生きてる、生きてるよ……怖かった、怖かったよぉ……っ」
ダージー少年は、ぽろぽろと泣いていた。
ミリクが気まずそうにしている。
「ごめんなさい……」
「……いや、戦えと言ったのは俺と団長だ。ミリクが気にすることじゃない」
「でも……」
「ミリぐ様、俺、ひっぐ、俺はっ、ぢゃんと覚悟を決めで、っ、あなたに、挑みましだがらっ。う゛ぅっ、すみまぜん、安心じだら、涙、どまらなぐて……」
ダージーは、地面を濡らし、タルザムに身体を支えられながらも、剣を腰に納め、ミリクに礼をした。
ミリクも返礼する。
騎士として、戦士として、互いの力量を認めあった証であり、礼儀だ。
そして、若手騎士は絶望に近い表情をしていた。
ここの地面は、固い。騎乗訓練をしても問題ないくらいには固い。
土埃が晴れた先に見えたのは、スプーンで掬ったプリンのように抉れた地面。四角く切り取られた地面。
「ミリク殿、若手のためにも一応解説をしてもらえるかな」
「はい! まず、じめんけって、ビックリしてもらいました! そのすきに、じめんをきって、ゆっくりめになげました! あ、けんもきょうかしました!」
既に常人には不可能である。
「かいてんさせて、まわりのつちけむりをぶわっておしのけさせて、めだたせるのがぽいんとです! それでちゅういをそらしたら、がんばってしずかにはしって、あいてのうしろまでいきます! ゆっくりめになげてるから、しずかにはしるようにがんばりました!」
「……ミリク、ダージーが土塊を避けられなかったら、どうするつもりだったんだ?」
普通に考えて、当たったら無事では済まない。あと、全くゆっくりには見えなかった。
少なくとも、ここにいる若手騎士達には避けられる気がしない。
「さいしょ、あたるまえにあしばらいしてころばせようとおもってたから、あたらないけど、よけられてびっくりしました! でもそういえば、だーじーおにいさんにも、きょうかかけてたからかもしれないです」
「……なら、いいんだ」
若手騎士達には、何が良いのか分からなかった。
「強化を……それでダージー君の動体視力や反射神経も強化されていたと」
「はい! でもよけられるとはおもってませんでした! すごいとおもいます!」
落ち着いたダージー少年は、孤児院の子供達の席に戻って、照れ臭そうにぎこちなく笑っている。
「で、最後に上に投げ飛ばしたというわけか」
「けんでぽーんってしました! いたくないようにがんばりました!」
「なるほど、参考になった。ありがとうミリク殿」
若手騎士達には、何を参考にしたら良いのか分からなかった。
「見ての通り、ミリク殿は規格外の強さを持っている。従来の剣術を疎かにするな。しかしそれに囚われるな。命令に従え、しかしその範囲内で自由に動け、柔軟に連携をとれ。
先の解説通り、ミリク殿は宣言通り強化しか使っていない。だがそれが、単に強く速く動けるだけと考える馬鹿はもうここにいないだろう。常に思考しろ。視野を狭めるな。さて、ミリク殿」
「はい!」
「うちの若手には、様々な死地を体験してもらいたい。ここにいる騎士達全員に、異なる地獄を用意してもらえるかな。勿論、魔法の制限は……ここを壊さない程度で」
ミリクはきょろりとタルザムの方を振り向く。
「……重傷者は……いや、治癒部隊が直せる程度でなら、多少は構わない。実戦で怪我一つ無いなど有り得んからな」
(あくまで、『赤』と『黄』だけでな)
「承知しました。適度な軍としての損害・損耗を想定し、火力を調整いたします」
全員がぎょっとする。ミリクの雰囲気が完全に別物になったからだ。
孤児院の子供達は、しかしそれはもう安堵していた。何せこれから始まる地獄は、自分達には向けられていない。
そう逃避したいほどに、全身の生存本能のアラームが鳴り響いていた。
「では、まずは個人で一人ずつ。その後休憩を挟んで、班、分隊、小隊、最後に中隊でミリク殿と模擬戦だ」
「あ、あの団長!」
「発言を許そう」
「それは、今日中にやるのですか……?」
「まだ、朝の訓練が始まったばかりだぞ? もしや君ら、ミリク殿に戦いを挑んで、1分も持つと思っているのか?
今日に限っては優秀な君たちも蹂躙される側だ。しかし生きて帰ってこられるのだから、これほど貴重な価値ある体験はない。実戦なら、確実に死ねばそれで終わりだからな。
ダージー君も言っていたな。『命あっての物種』その通りだ。
だがお前達の死は、騎士団としての死ではない。お前達の死は、騎士団の未来に活かされる。
騎士団があり続ける限り、お前達の命は、勇姿は、永遠であると知れ。
そして今日は何度でも死ねる。これはとても貴重なことだ。
故に、騎士団長として君らにこう命じよう。“今日は全力で死んでこい”
以上だ」
木剣が木剣に斜めに乱切りにされる。
鎧ごと訓練場の端まで吹き飛ばされる。
全身を痛みに襲われ失神。
弱体化を喰らいシンプルに手も足もでない。
麻痺で身動きもとれない。
視界を闇に包まれ、その後閃光で意識を飛ばされる。
轟音で聴覚が奪われる。
平衡感覚を破壊され、歩行どころか立てなくなる。
地面ごとえぐり飛ばされる。
巨大な落とし穴が発生する。
あからさまな落とし穴を避けた横に隠蔽された爆裂魔法。
動かずいれば地面から槍が生えて足を縫い付けられる。
自分達以上の数の分身に逆に包囲され殲滅。
幻影だと看破したら攻撃したら爆裂。
爆裂する幻影集団の無限特攻。
鎧が剣があらゆる武装が溶解する。
武器が勝手に宙を舞い高速で襲いかかる。
地面がぬかるみ首まで埋まる。
目に見えないワイヤーに拘束され、切り傷まみれ。
身体が操られ同士討ち。
全員全身を操られ脱臼。
光の壁でまとめて押し潰される。
褐色の刺激臭の風で呼吸困難、昏倒。
無色無臭の毒の空気で呼吸してなお、昏倒。
竜巻で瓦礫ごと巻き上げられる。
上空から一方的な爆撃。
触れられたと思ったら電撃で感電。
強烈な光で失明。武装も焼き刻まれる。
砂を纏った風の刃に切り刻まれる。
氷の雨。
凍てつく空間。寒さのあまりその場で低体温症
火柱。
広がる灼熱の炎の海。やけど、熱射病多数。
酸の霧。
とても目を開けていられず、息をするだけで血の味。
雷の槍。
見えたときには当たっている。当たったときには昏倒し──
…………
……
彼らにとって不幸だったのは、ミリクは治癒も行うことができ、精神の復調も行われ、毎回次こそはと意気込んでいたことだろう。
そうして若き騎士達の日帰り地獄体験ツアーは終了した。
「……え、なにしてんの……???」
シンブーリは、あまりの内容に口調がおかしくなった。
「俺、次期当主として頑張ります」
バラスンは、穏やかな笑顔で将来の仕事を受け止めていた。
ダージー君もかわいいですね。彼は、鼻か頬に絆創膏をしているはずですね。良い……