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五色の書  作者: 鳥辺野ひとり
サングマ辺境伯領
11/104

騎士と街並 その1

ミリク達の話に戻ります。


(2019/03/25 改行とか調整しました。)

(2019/06/09 分割しました。)


 



「ほほほ。この爺や、まさか御坊っちゃまの奥方様よりも先に、御令息を目にすることになろうとは思いもしませんでした……」

「……俺だってそのつもりはなかったんだ……というか変な言い方はよしてくれ。養子だ養子」


 タルザムは、自室にいた。

 ただし、近衛騎士団としての住まいではない。実家の、貴族であるサングマ分家の本邸だ。



 タルザム、いや、タルザム・ボープ・サングマ。彼は、このサングマ伯爵家の次男である。



 今でこそ嫡子の長男、つまりタルザムの兄が正式に家督を継いで、近隣の子爵家の娘と結婚し男子にも恵まれているが、次男のそれらは当然長男に先んじる訳にはいかず、結果として生き遅れているような状態だ。


 そして、そのこと自体をタルザム自身は気にしていないのだが、両親や兄はまるで罪滅ぼしのつもりかのように、今更縁談をあれこれ持ち込んでくる。

 だからタルザムは、あまり実家にいるのが好きではなかった。



 では何故今彼が、あまり好きではない実家にいるのかというと──



「ま……ちちうえ! おふく! きせてもらった!」


 扉がメイドによって開けられると、すっかり身なりが整えられたミリクがピョンピョン跳ね回りながら駆け寄ってきた。マスターと口が滑りそうになっているのもご愛敬。

 そしてそこにもう一人の少年も入ってくる。


「ばらすん、さま、おれ、へんじゃない……ですか?」

「ああ、似合ってるぜ。俺の服センスいいからな!」

「せんす……!」

「あと、俺のことは、兄ちゃんって呼んでくれていいからな」

「はい!」


 ミリクは、タルザムの甥のお下がりを着てはしゃいでいた。

 そしてもう一人の少年バラスンがその甥本人である。


「中々見違えたなミリク。バラスン、兄上は?」

「父上は、執務室にいらっしゃいます」

「そうか。ミリク、私は先に兄上に話をしてくるから、声が掛かるまでここで待っていてくれ」

「はい! ちちうえ!」


 タルザムは、側遣えの執事とメイドにミリクの世話を一時頼み、バラスンと共に執務室に向かう。


「バラスンもすっかり大きくなったな」

「えへへ、ありがとうございます、タルザム叔父上。俺、剣の練習始めたんですけど、叔父上みたいには中々いかなくて……」

「俺だって、始めから思い通りにできた訳じゃないさ。それにお前は次期当主なんだから、剣より内政の勉強だろ」

「うぐ……俺も叔父上みたいな騎士になりたかったなぁ……」


 タルザムは兄とは微妙な関係だが、子供好きもあって甥達とは仲が良い。特に男子からは憧れの騎士だと羨望の的だ。


 いつも見ている当主の地味な仕事よりも、たまに会える近衛騎士のほうが輝いて見えるのはしょうがないのかもしれない。

 騎士の仕事も、香水臭いか汗臭いか泥臭いか血生臭いかなのだが……実態が見えない以上、外からは輝いて見えるのだ。




「ところで、あの子どうしたんですか?」

「色々あってな。詳しいことは兄上と一緒に話そう」


 執務室の前で待機していたメイドが扉をノックする。


「入ってくれ」


 扉が開かれると、壁一面の本棚を背に豪奢な机で腕を組む男。


「久しいなタルザム」

「シンブーリ・ティッピー・ボープ・サングマ伯爵様。ご壮健そうで何よりでございます」

「ああ、ひとまず腰を下ろせ。あの子のことだろう。どうせなら一緒に妻も娶ってしまえと思うが……まあ、話を聞こう」


 タルザムは、当然甥にも当主()にも全てを正直に話すつもりはない。先日ラングリオット団長と話し合って決めた設定をそれらしく話す。


「あの子は人身売買組織を潰したときに保護した、ミリクという少年です。調べたところ、元のフルネームはミリクトン・ギャバリーらしい。もう今はミリクトン・ボープ・サングマですが」

「貴族だったのか?」

「……家督争いの末に、というやつなのかもしれません。或いは庶子だったか。ともかく保護しようとしていた子なのですが……本家サングマ卿が会いたいと仰っているらしく、来週お目通りすることになってしまいました。ただ、卿の下に向かうにあたって、身分を保証しなければならず」

「それで、叔父上の養子に、ですか」


 保護したという点と、辺境伯が会わせろと言っている点以外は出鱈目だ。タルザムはさらに説明を続ける。


「ただ……ミリクには、実家にいた頃からのものか分からないですが、酷い虐待や……()()を受けていた痕跡があったのです」


 タルザムのその言葉に、シンブーリもバラスンも息を飲む。


 外法とは、魂に干渉する魔法のうち、特に国と教会が使用を禁じているもの。

 例えば、奴隷に対して掛けるものですら、同意の上の誓約魔法だが、意志を無視して強制する服従魔法というものも存在する。しかしそれは外法であり、許されない。

 用いたものには、処刑もありうるほどの厳罰が下される。


 シンブーリもバラスンも、外法についてその存在を法律の書物に記載された形でしか知らない。

 逆に言えば、文章という形ではあれ、その人としてのあり方を辱しめ踏み躙る凄惨さを知識で知っていた。


「そのせいか、人格ないし魂に瑕疵があるのです。具体的には、元の家名……つまり『ギャバリー』と呼ぶと、()()()が出てきます。保護の過程で、()()は私を新たな所持者(マスター)としたようなのです」

「そんな……」

「……ミリクには、高い魔法の才があるようです。おそらく『ギャバリー』はそれを御するために外法で捩じ込まれたのではないか、と教会からは報告を受けました」

「俺よりも小さなあんな幼子に、そんな酷いことを……」

「まさか、本家はあの子を物にしようと……?」

「分かりません。ただ確認しようとはしているのでしょう」

「そうか……」


 あながち嘘ではなく、これを考えたラングリオット団長にはタルザムも舌を巻いた。


 シンブーリらもあの元気な明るい笑顔の少年の裏に、そこまで人道から外れたモノがあるとは思わず、深刻に顔を俯く。


 ちなみに、ラングリオット団長にも、ミリクのことを全て伝えたわけではない。大規模戦略級兵器『賢者の本棚』などと言われても、証明しようとしたらいくつもの国が焦土になってしまう。



「……それほどの才能なのか」

「!……父上」


 シンブーリがミリクの才能に目を付けたと感じ、バラスンは実父に対し批難めいた目で声を荒らげる。

 バラスンからしてみれば、ミリクは血こそ繋がっていないが辛い過去からようやく救われた、新しい弟のようなものなのだ。


「……エデンベール枢機卿の御言葉では、力の大きさは、ジュンパナ枢機卿に並ぶとさえ……」

「『赤』のジュンパナ……?! なによりエデンベール猊下からそう賜ったのか?!」

「……はい」


 バラスンの想いを汲み取り言外で同意するように、シンブーリの問いに対し躊躇いがちに答えるタルザム。



 たがその内容は少し嘘だ。



 ジュンパナ枢機卿と()()()()で、エデンベール枢機卿が『神の恩寵』『天の試練』と呼ぶわけがない。

 ミリクのそれは完全に人の枠の外にある。


「ひとまず、あの子のことは、ミリクと呼んでいただければ……」

「それは……そうだな。しかし、お前の孤児院の子供たちが、同じようなことを言い出したりしないか?」


 自分も養子にしろと言い出さないとも限らない。政治的な理由だけでは、彼らは納得しないだろう。


「そちらについては……まあ、解決しております。若手の騎士達には、少々申し訳ないことをしましたが……」


 タルザムはバツの悪そうな顔をする。



 ことは先日に遡る──




バラスンくんとの血の繋がってない兄弟関係ってやつです

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