恵みと綻び その12
「これほどの物とは思わなかった……」
「……そうですね」
「おいしい……」
コースの最後として運ばれた食後酒──勿論、ミリクには酒ではなく、数種の柑橘の皮で香り付けされた蜂蜜入りの炭酸水だ──を喉へ滑り込ませながら、ティスタ豪精鰻のフルコース〝極東への旅景色〟の余韻に浸っていた。
「すっかり汗まみれだ。俺は湯浴みしてくる」
「分かりました。私もその後に」
「あぁ」
タルザムとライザの体は明らかに火照り、じっとりと全身が汗ばんでいる。
「ミリク、久しぶりに一緒に入ろうか」
「はい、ちちうえ!」
サングマ辺境伯領を発ってから王都の貴族の風習に合わせ洗髪などを使用人に任せ一人一人入浴する形をとっていたが、元々サングマでは家族で共に入り、親子兄弟の絆を深める風習が根強い。
この入浴で喜んでいるのはどちらかと言えばタルザムの方かもしれなかった。
「……」
「あー、ミリク。その……そんなまじまじ見ないでくれ」
だがここで想定外の、いや想定以上のと言うべきだろうか、タルザムのタルザムに生理現象が発生しだした。
「これは……アレだ。大丈夫なやつだから、別におかしくなったとかじゃないから」
「ばいたんぎら、こーしんりょー、でせーるの“ほれのあーる”。みんなすごくこーふんさよーあって、せーりょくぞーしんするから、しかたない」
「そんな純粋な眼差しで解説されるのも、それはそれでなんとも居たたまれなくなるな……」
「?」
“暁知らぬ閨”、恐るべき効果だ。
角度にして一時手前。
普段が二時半なのだから、それはもう凄まじく張り詰め屹立している。
まるで自らを慰める方法を知ったばかりの、或いは握った剣で初めて命を殺めた後の、御しきれぬ興奮に振り回される十代半ばのようで、動けば臍に先端が当たらんばかりだ。
流石に気不味いと、バスローブで全身というか股間周りの輪郭を誤魔化しながらタルザムは「風呂は空いた」とライザに声を掛けつつ、素早く寝室へと向かった。
そしてミリクはミリクで「さきにねてます。ちちうえ、がんばって!」と鼓舞するように宣言し、わざわざ離れた子供部屋に引っ込んでいった。
そのじわじわと外堀を整えるような心遣いに、タルザムは思わず顔を引き攣らせた。
浴槽に保温の魔法陣が内蔵されていることもあり、湯はまだ温かく白い湯気を立ち昇らせている。
高級ホテルだけあって外部から魔石などで魔力が供給される形式。つまり駆動させるために自分で魔力を吸わせる必要もない。壁際には温度調整のノブまでついている。
タルザムとミリクの後なら湯量が足りないのではないかとライザは考えたが、既に足し湯されているようだ。
細かいところで気が利く……いや、タルザムとミリク、どちらがやったのかと問われれば悩むところ。割とミリクの可能性の方が高い気がする。などと、しばしば抜けがちな伴侶と抜けが無さすぎる息子のことを考えつつ、全身を軽く洗い流し湯船へと向かう。
「……そういえばバタバタしていましたが、子を授かるのなら丁度いい機会、なのでしょうね」
ゆっくりと浴槽に身を沈めながら、ライザは独り言ちた。
彼らの信仰する教義では、「育む子を成すこと」は善行とされる為、不貞の結果でなければ聖職者であろうと歓迎される。
近衛騎士として働き詰めだったタルザムは知らないことだが、舞踏会では目立たずずっと壁の花と化していたライザが社交界で散々行き遅れていると言われてきた。
確かにその通りで、男と違い安全な出産を考えると年齢的に限界が近づいていた。
ところでこれもまた騎士としての訓練や救助活動に打ち込んでばかりのタルザムはあまり明るくないことだったが、治癒士は助産師として立ち会う機会も多いし、不妊治療を指導することもある。
切実に子を望む者達の為に、子供達の将来の為に、と指導を依頼されるわけだ。
内容は寄付金の多寡にも多少よるが、想い人同士の行為に同席し改善点を指摘したり、聖水を用いる懐妊を促す薬を薬師と共に調合したり、親からの依頼で精が通じた子供達に教育と筆下ろしを実施したり。
なにより治癒士の強靭で豪胆な奉仕精神ならではというものだ。
ちなみに避妊具や神聖魔法の“浄化”を応用した避妊手段がある──これは「育めぬ子を成すこと」は悪だとされるからだ──うえ、極めて真面目なものなので、いかがわしさは一切ない。
ないが、それを機に親しくなり婚姻する歳の差カップルもいないわけではない。そこに想い合う絆があるなら問題はないというわけだ。
これで娼婦だの売女だの尻軽だの言われないのは、この夜の指導の恩恵を最も受けているのは間違いなく確実な世継ぎが求められる貴族達であり、成果もきちんと出ているからだ。
下手な批判は、その恩恵を受けられなくなることと同義であり、安全に出産することさえ難しくなることは想像に容易い。
なお、タルザムもその指導自体は受けていたのだが、次男坊ということもあり実演を伴わない座学に留まっていたため記憶も朧気だ。
だがここで重要なのは、ライザが二級に相応しい技術を持ち合わせている、ということだ。
淫らだとかいうわけではなく、子を成す技術に精通している。豪精鰻などの比ではない。
強いて言うならば──
「あれほどのものとなると、本当に男の子を授かるかもしれません」
翌朝。
いや、すっかり日は南中しようとしている程度には昼前。
普段の二割増しで艶やかなライザがゆったりと寝室から出てくる。
それからやや遅れて、タルザムも出てくる。精も根も尽き果てながらも気合で立っているようなその足運びは若干爬行している。
ライザの勝利だった。
7対2。
練度は勿論、持っている技の数からして違う、一方的で圧倒的な蹂躙。
何の数字かはさておき、絶倫と言って差し支えない凄まじい効果だとライザは感心していた。
「これほどの物とは思いませんでしたね」
「……そうだな」
「おぉー」
瑞々しい声と掠れ気味の声。
対照的な様相の二人に、リビングのソファでおそらく朝からずっと寛いでいたであろうミリクから、謎の感嘆のような声が返ってくる。
「あぁ、おはようミリク。暇だっただろう。済まなかったな」
「だいじょーぶです」
ミリクは首を横に振った。
「それより、ははうえのてくにっく、すごいなーってべんきょーになりました。ちゃんと、おめでとー、なってます」
タルザムはあまりの居たたまれなさに顔を両手で覆う。
「ミリクなら分かっていると思いますが、男には男の“伴侶を満足させ子を成す技術”がありますから、研鑽するのでしたらそちらを学ぶようにしてください。
殿方をリードするのが好きという方も確かにいますが、だからといってタルザムさんのように終始リードされっぱなし、とならないように」
「はい!」
「ミリクの場合はソーレニ様ですから、まず心構えとして──」
暗にヘタクソと罵られたタルザムはついに膝をつき、言葉にならない呻き声を漏らした。
タルザムは女性相手ではほぼ童貞と言って差し支えないです。
男相手は……ご想像におまかせしましょう……