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五色の書  作者: 鳥辺野ひとり
プロローグ
1/104

賢者の本棚 その1

初投稿です。

よろしくお願いします。


(2019/03/25 改行とか調整しました。)

(2019/06/09 分割しました。)




 サングマ辺境伯領を守護する騎士と衛兵達は、領都の外、西側に広がるヤージ森林帯の鬱蒼とした森の中を調査していた。


 山賊の調査だ。


 この辺りの山賊は、近隣の小国の逃亡兵の成れの果てであり、サングマ辺境伯領へやってくる大規模な商隊にちょっかいをかけては小銭稼ぎをしていた。


 それ自体はさほど問題ではない。


 商隊はそれを見越して多目の荷物を持っているし、顧客から手数料を受け取っている。山賊の方も、商隊それ自体が無くなったり、経路が変わったり、或いは自分達が討伐対象にならない程度に、商隊一つ辺りの被害額を調整するだけの知恵を持っていた。


 今問題になっているのは、その長年存在していたそれなりの規模の山賊が、最近になってなんの前触れもなく、突然姿を見せなくなったということだ。


 危険度の高い変異種の魔物が出現したのではないかという推測の下、彼ら先見隊の結果によっては、そのまま討伐隊が速やかに撃滅する予定だった。

 十年ほど前にもそういったことはあり、先見隊はベテランの騎士を伴った少数精鋭だった。



 賊が姿を消してからさほど時間が経っていないこともあり、今まで通ってきたのであろう場所が小道として森の中にはっきり残っている。彼らの棲家だった場所を見つけるのは、それほど難しくなかった。しかし──



「……ウッ……この臭いは……」


 血の臭い、だけではない。焦げた臭いだ。

 彼らにとってそれは、火属性魔法で獣を焼いた臭い、が一番近かった。

 悪臭が洞窟から溢れ、森の中に淀み、漂っている。

 火を放つ魔物はいないわけではないが、少なくともこんな森に潜むような種は聞いたことがなかった。何せ森を焼き尽くすからだ。


 つまりそれは逆に言えば、発生したものがその類いなのであれば、この近辺の森は今、いつ灰塵に帰してもおかしくない状況だと言えるということだった。


「水精の加護と聖光壁を。このまま洞穴内へ進む」


 だが精鋭である彼らはその程度で退きはしない。討伐する上で有用な情報が得られなければ話にならないのだ。

 数名の魔法使いに指示し、隊全体にいくらかの防御魔法を付与させて、洞窟の中へと進む。


 彼らがそこで初めて見た死体は、体が赤く変色し、鼻や目、口から血を流していた。しかし目立った外傷はなく、毒か呪いを振り撒くタイプであることを予想させた。


「聖光の秘雫を飲んでおいた方が良さそうだな」


 聖光壁は、あらゆる害意を拒絶する汎用的な守りをもたらす神聖魔法だが、汎用性ゆえにそれほど強度があるわけではない。

 一方、聖光の秘雫は作り出すのに時間がかかる代わり、飲めばその量に応じた時間だけ生命を保護してくれる。特に状態異常に対して強い耐性を得ることができる。勿論安いものではない。



「グレンバーン、鑑定結果は?」

「『青による全身の致死的破壊』と出ます。『青』とはなんでしょう……タルザム隊長は御存知ですか?」

「聞いたこと無いな。領に戻ったら教会に調査を依頼しよう」


 鑑定にも色々あるのだが、神聖魔法使いの用いる鑑定(カノス)は、神託に近いものだ。偽装することが極めて困難とされており、『不明』や出てこない、ということはあっても、間違った内容が出ることはない。

 ただしその性質上、鑑定した本人にとって未知の用語も出てくることがある。大抵は神の定めた言葉であり、それらは教会が保有する膨大な聖書、“原典”や“外典”に記載されているという。


 無論そのすべてを頭に叩き込んでいるのは、それなりに高い位を持つ聖職者、大司教幹部ないし枢機卿クラス以上に限られる。



 洞窟内を進むにつれて、散見される死体の形が、人としての原型を保持できていないものになっていった。


 胴がグズグズに焼け爛れ、破れた皮膚から中身が漏れている。


「酸にしては中途半端……それに均一すぎるな」


 身に付けていたと思われる粗末な武具は、表面が焼けているもののそれほどダメージを負っているようには見えない。しかしその中身は爛れて崩れ、死に絶えていた。



「気配が無さすぎる。だが生体反応はあるんだろう?」

「はい。探知に一つ。生存者とは思えない以上、討伐対象のはずです。この奥にある扉の向こう側にいるのですが、今のところ動く様子はありません」

「グレンバーン、帰還の宝珠を持っておけ。鑑定で情報を抜き取ったら、間髪いれず本隊まで跳べ」

「はっ必ず」

「お前達、死ぬ気はないが、覚悟を決めろ。行くぞ」


 先見隊の隊長、騎士タルザムが前に出て両手剣を構える。

 切っ先が赤く輝き、残像が空間に線を描く。流れるような滑らかな剣戟により、木製の粗末な扉には音もなく穴が開いた。


「……グレンバーン、どうした」


 鑑定を託された比較的若手の騎士グレンバーンは、己の眼を疑った。


「人間です。子供……のように見えますね。それ以外は、程度はともかく同じ死体です」


 決死の覚悟を決めた衛兵達が、困惑しながら穴の開いた扉を取り払い中に入ると、焼けた武具とヘドロを隔てた部屋の奥には、確かに子供が、短い黒髪の痩せ細った五、六歳ほどの小柄な少年が一人横たわっていた。他に命の気配はない。


 その少年は傷だらけで、周囲にある物品で痛め付けられていたのだろう。だがその周辺の……鑑定の結果曰く死体、らしい泥のような液体と比べると、比較的軽傷に見える。だが、鑑定したグレンバーンの顔色が優れないのは別の理由だった。


「……その子、『人間』、としか出ないんですよ。……周りの死体だってもう少しまともなこと分かりますが、その子は名前も年齢も経歴も出てきません。『人間』としか……」


 その子供が『少年』だと分かったのは、単に纏っていたのが衣服とすら言えないほどのボロボロの布だけだったからであり、有り体言ってほぼ裸だったからだ。



 だが鑑定では性別すら出てこない。



『人間』としか出てこない。



 衛兵達は警戒しつつ、少年に近付く。その気配にようやく気づいたのか、少年の身体がぴくりと動き、僅かに瞼を上げた。衛兵達も身構える。




 グゥゥゥウウウウゥゥゥ──




 少年から鳴り響いた腹の虫の音が、狭い洞窟の部屋の中に響き渡った。

 少年はそのまま力なく目を閉じる。



 衛兵達は顔を見合わせると、タルザム隊長の指示を待った。



「……いきなり領内に入れることはできんだろうが、事情を聴ける可能性がある以上、このまま見殺しにするわけにはいかんな」


 今回先見隊の隊長となった騎士タルザムは、軍人として任務に忠実でありながらも、その隙間を縫うようにしばしば無辜の民に手を差し伸べていた。彼のそんなところに、部下達はいつも呆れながらも篤く信頼していた。

 実際、タルザムの拾いもののうちの何人かは騎士団や衛兵隊などに有能な人材として所属していた。グレンバーンも十年前タルザムに拾われたそんな孤児の一人だ。


「通信士、本隊に連絡を。万一があるかもしれん。お前達は先に戻れ。俺が殿(しんがり)を兼ねてこの子を運んでいく」


 本隊からの返事は、保護に対して難色を示しつつも、領外縁部の緩衝地帯であれば、と許可するものだった。


 結局、先見隊は周辺を調査しつつ撤退したが、他にめぼしい成果は得られず、ひとまずは栄養失調の少年の快復を待つこととなった。





 サングマ辺境伯領は広大だ。だがその大半は隣国との緩衝地域であり、そこには領都の関所へ続く街道と、宿泊施設がまばらにある程度だ。


 ただし、そのうちのいくつかは防衛施設を隠蔽したものである。

 少年は、そんな宿屋の見た目をした施設の一つで治療されていた。


 身体中の痛々しい切り傷や痣、火傷、それに肛門の傷などは、治癒魔法によって見かけ上治っている。

 しかし、やはりこの少年には鑑定の類いの魔法がほとんど効かないようで、体内の具合を診察することもできなかった。


 臨床的な観点で診て、食事を与えられなかったことによる栄養失調、と漠然と診察することしかできず、聖別した水に塩と火を通した果汁を混ぜた栄養剤を口から流し入れ、数名の騎士が交代で様子を見守ることにした。






 翌日、見回りの兵士から連絡を受け、タルザム騎士がその宿屋に訪れる。


 少年が目を覚ましたらしい。




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