前編第8章 「ガンファイター少女の困惑」
英里奈ちゃんに貸して貰った内部関係者用のパンフレットを、私は何気なく広げていた。
「そう言えば、京花ちゃんとマリナちゃんの方はどんな具合なの?京花ちゃんは確か『日本の特撮ヒーローの歴史』の研究展示で、マリナちゃんは公開射撃演習の担当と聞いたけど。」
そうして私は、B組のサイドテールコンビに現況を伺ったんだ。
来店と御指名のお礼も兼ねて、後で様子を見に行ってあげないとね。
「私の方は、展示ブースを乞う御期待といった所かな。まあ、百聞は一見にしかず。是非とも遊びに来てよ、千里ちゃん。」
気取ったつもりなのか、私の質問に軽く肩をすくめて応じる京花ちゃん。
おっ!随分と自信満々だね。
「お京ったら、アルティメマンシリーズの隊員のコスプレをして、来場者と椅子に座って特撮の話をダラダラとくっちゃべっていたんだよ。」
ビアジョッキの底に残っているダークエールを飲み干しながら、マリナちゃんが種明かしをする。
ダークエールの泡を拭った赤い唇は、「してやったり」と言うような笑いの形に歪んでいた。
「あっ!マリナちゃんったらヒドイよ!その言い草だと、私が怠けているみたいじゃない…あれは『特撮談話サロン』といって、特撮ヒーローに造詣の深い特命遊撃士とお客さんの、語らいの場なんだよ!」
不満そうに猛抗議をする京花ちゃんだけど、私や英里奈ちゃんに向けて自分の企画をPRする事は忘れていないね。
「やってる事が、いつものお京と変わらないじゃない。そりゃ、好きな事を同好の士と語り明かしたいという、お京の気持ちは分かるけどさ。」
こうして改めて聞くと、京花ちゃんとマリナちゃんの会話のキャッチボールって、独特のノリがあるんだよね。
私と英里奈ちゃんのノリとも、またちょっと違っていてさ。
こういう関係性を、「悪友」って言うかな?
「え~?でも、やってる事がいつもと変わらないのは、ある意味ではマリナちゃんもそうじゃないかな?『公開射撃演習』と銘打ってはいるけれど、いつもの地下射撃場での訓練じゃない?」
京花ちゃんとしては、皮肉でやり返したつもりなのかも知れないけど、どうやらマリナちゃんには、あまり効果がなかったようだね。
だって、表情がまるで変わらないんだもん。
「そう!そうなんだよ、お京。いつものように地下射撃場のレーンに入って、いつものようにテロリストや敵性生命体を模した標的目掛けて引き金を引いて、いつものように銃弾を入れ換えてまた撃って。何から何まで、いつもの射撃訓練そのものだよ。」
2杯目のダークエールに口をつけながら公開射撃演習の様子を語るマリナちゃんの立ち振舞いには、何の屈託も無いんだよね。
本当、至って平常心。
まあ、2人が参加している企画の立案者が誰なのかを考えたら、それも無理もないかな。
同じ特撮ファンの特命遊撃士の友達と一緒に、「日本の特撮ヒーローの歴史」と「特撮談話サロン」を鼻息も荒く企画立案した京花ちゃんとは違って、マリナちゃんはつつじ祭実行委員会の要請で公開射撃演習に参加したんだ。
だからマリナちゃんは、自分の参加している企画を客観的に見ているんだろうね。
もはや、当事者以外の視点を持ち合わせていない京花ちゃんと違ってね。
予め断っておくけど、つつじ祭に向けるマリナちゃんの熱意が、京花ちゃんのそれに比べて低いって事じゃないからね。
「それが、民間人のギャラリーがいるだけで、あそこまで雰囲気が変わっちゃうとはね。」
こうして思わせ振りに声色を変えて言葉を切ったマリナちゃんは、私達の反応を伺うようにして、1人1人の顔を順番に覗き込んだんだ。
まるで、百物語の語り手みたいだよ。
「い…いかがなさいましたのですか、マリナさん?」
余りにも意味深なマリナちゃんの態度と、その場の異様な雰囲気。
この2つに対して、真っ先に痺れを切らしたのは英里奈ちゃんだった。
「え…」
そう言う私も、喉元まで質問が出かけていたけどね。
堪え性がないよね、お互いにさ。
「何とも落ち着かない気分だったよ。私のギャラリーなんて、家族を省いたら、後は精々が御子柴高の一般生徒だけかと思っていたんだ。」
「でも、実際には違っていたんだよね。」
マリナちゃんと同じ1年B組に在籍している京花ちゃんが、調子を合わせる。私や英里奈ちゃんと違って、随分と余裕があるね。
はは~ん…
その場に居合わせて答えを知っているクチだね、これは。
「まあね、お京。平たく言えば、見知らぬ女子生徒が大勢詰め掛けていたんだよ。それも、どう見ても民間人って雰囲気のがギッシリとね。」
やれやれと言いたげに、溜め息を漏らすマリナちゃん。
よっぽど落ち着かなかったんだね。
「こうした手合いが、私がレーンに入って銃弾を装填して安全装置を外すまでの一連の動作を潤んだ瞳で眺めてきたり、標的をぶち抜く度に感嘆の溜め息を漏らしたり。挙げ句の果てが、一通りの訓練を終えた私を取り囲んで、花束を押し付けたり、2ショット写真を撮るために寄り添ってくるんだよ。いくら、管轄地域住民と触れ合うのが、つつじ祭の趣旨とは言え、あれには調子が狂っちゃうよね。」
こう言い終えたマリナちゃんは、2杯目のダークエールを一気に飲み干すと、再び深い溜め息を漏らすのだった。
マリナちゃんのピッチが普段より随分と早い理由が、よく分かったよ。
公開射撃演習で狂ったペースを、一刻も早く、通常モードに戻したかったんだね。
「そうそう!あれはなかなかに、大層なモテっぷりだったよ。随分と見せつけてくれちゃうよね。いよっ!憎いよっ、この女ったらし!」
ニヤニヤと笑いながら脇腹に肘鉄砲をかけてくる京花ちゃんを、マリナちゃんは釣り上がった赤い瞳で、恨めしそうにジロッと睨み付けた。
普段は長い前髪で隠れている右目も、今日はハッキリと自己主張しているね。
「よしてよ、お京…私も家族の手前、何とも決まりが悪かったんだから。あの子達は私を、大浜歌劇団の男役スターか何かと勘違いしているのかな。」
苦笑混じりに呟くマリナちゃんの念頭に浮かんだのは恐らく、先程も話題に挙げた「吸血チュパカブラ駆除作戦」だろうね。
「解釈次第では、男役スターの方々よりも鮮やかな御活躍なのではないでしょうか?先日の大浜大劇場の一件は…」
「私が休暇を申請して、『アルティメゼクス』のイベントで京都に出掛けている間に起こった事件でしょ?後追いの知識しかないけど、相当凄かったみたいだね?」
京花ちゃんや英里奈ちゃんも同じ事を考えていたんだね、やっぱり。
「やっぱり、あれが原因なのかな…」
こう言ってジョッキを置いたマリナちゃんは、難しそうな顔をして腕組みを始めてしまったんだ。
この「吸血チュパカブラ駆除作戦」でマリナちゃんが果たした功績というのは、とっても大きいんだよ。
何しろ、この作戦でマリナちゃんが救助した白鷺ヒナノさんは、可憐な容姿と優れた歌唱力、そして性格の良さから誰からも愛される、大浜少女歌劇団北組娘役トップスターだからね。
それを吸血チュパカブラの毒牙から守ったというセンセーショナルな活躍ももちろんだけど、救出した時のシチュエーションもまた、凄かったんだよ。
大浜大劇場の舞台上を文字通りの舞台にして、大型拳銃による銃撃の合間に回し蹴りを組み込んだ鮮やかなコンボ技で、吸血チュパカブラを巧みに翻弄し、上段蹴りからのヘッドショットを見事に決めたんだ。
そうやって倒した吸血チュパカブラの死体を尻目に、足を挫いた白鷺ヒナノさんをお姫様抱っこのスタイルでエスコートする姿がまた、白馬の騎士か王子様みたいに頼もしくて、実に絵になるんだよ。
客席の座席の間からレーザーライフルで援護射撃をしていた私でさえも、思わず惚れ直した位だったな。
そんなヒロイズム溢れる活躍をしたのが、こんなクールで鋭い印象の美少女なんだから、注目が集まるのも無理はないよね。
明王院ユリカ大佐を始めとする第2支局の幹部達や、その幹部達が名を連ねる第25回つつじ祭実行委員会も、その辺りの事を見越した上で、マリナちゃんに公開射撃演習の任を与えたんだろうね。
ヒロイックな活躍をしたマリナちゃんを公開射撃演習で売り出す事で、第2支局全体のイメージアップを計るだけでなく、マリナちゃんに憧れた民間人の子達を志願入隊へと誘導する。
この一石二鳥の要となる客寄せ用の広告塔が、公開射撃演習におけるマリナちゃんの役割だね。
「あの大浜大劇場での目覚ましい救出劇で、マリナちゃんには注目が集まっているからね。当面は続きそうだよ、この状況は。」
うん、私もそう思うよ、京花ちゃん。
「やれやれ…ある意味、体の良い衆人監視か…当面は下手な真似は出来そうにないな。不祥事をやらかすつもりなんて更々ないけれど、何とも息苦しい日々が続きそうだよ…」
腕組みを解いたマリナちゃんは、今日これまでの中でも一際長くて深い溜め息を、大儀そうにつくのだった。




