前編第6章 「御指名は私達?」
「枚方さん、和歌浦さん。お2人は、同じテーブルの方がいいですよね?」
「うん!そうして貰えたら助かっちゃうよ、かおるちゃん!」
かおるちゃんはメイド服で、京花ちゃんは普段通りの遊撃服。
御子柴1B三剣聖のうち2人が、こういう形で対面するのも、つつじ祭ならではの光景だよね。
「それから、そこの2人を私達のテーブルに指名するよ。」
あっ!ちょっと待ってよ、マリナちゃん…
さらっと今、凄い事を言ったよね。
「かしこまりました、御主人様。生駒さん、吹田さん。こちらのテーブルに御指名が入りましたよ。」
「は…はい…それでは千里さん、こちらへ…」
私達を促すかおるちゃんも、それに応じる英里奈ちゃんも、特に思う所はないみたいだし…
行くしかないのかな?
こうして4人掛けのテーブルには、私と京花ちゃん、英里奈ちゃんとマリナちゃんがそれぞれ向かい合う形で座る事になったの。
「ねえ、英里奈ちゃん…御指名なんてシステム、あったっけ?パンフレットにも、そんな事は書いていなかったし…」
隣席の英里奈ちゃんに問い掛けながらも、私は研修用教室内のあちこちに、キョロキョロと視線を泳がせてみたの。
くれぐれも、「落ち着きがない。」なんて言わないでよね。
こうして一通り見回してみたけれども、テーブルに置かれた御品書きにも、壁やホワイトボードに掲示されている貼り紙にも、「指名料」の下りは書いていないんだよね。
「御指名システムは、人類防衛機構関係者専用の裏メニューですよ、千里さん。恐らく千里さんが御覧になったのは、一般来場者向けのパンフレットでしょうね…」
こう言って英里奈ちゃんが取り出したパンフレットの表紙には、「内部関係者用」という文字が赤く浮かび上がっていた。
「それ、家に置いて来ちゃったんだよね。『どうせ中身は同じだから。』って高を括って、支局に登庁した時にエントランスの資料コーナーから頂いたんだけど…」
ボヤきながらも自分のパンフレットを確認してみると、確かに「内部関係者用」とは書かれていないし、ページ数も心なしか少ないんだよね。
「今日は私達が見せてやるけれど、明日と明後日は自分で持って来なよ、ちさ。何しろ、あの内部関係者用パンフレットには、つつじ祭開催中における有事対策マニュアルも収録されているんだからさ。」
「うん。今日は御言葉に甘えて、明日からはそうするよ、マリナちゃん…」
ああ、なるほどね。
ページ数の差は、その有事対策マニュアルの有無だったんだね。
そんな話の流れを切り替えてくれたのは、京花ちゃんだったの。
「ここ、アルコールメニューは何があるのかな?やっぱり紅茶と同じで、英国風なの?いくら何でも、焼酎なんてないよね?」
私から受け取ったお品書きを眺めているけれども、お目当ての物が見当たらなくて、微妙そうな表情を浮かべているね。
正直言って、私へのダメ出しムードに傾いていた空気を変えてくれて感謝しているよ、京花ちゃん。
「そうだね、京花ちゃん。まずはスコッチウイスキーに、ドライ・ジン。スコッチウイスキーは、華やかな甘味が特徴的なスペイサイドと、風味の穏やかなローランドを扱っているよ。ドライ・ジンはロンドン産。残念ながら、焼酎は置いていないけどね。」
話の流れをせっかく切り替えてくれたのに、京花ちゃんの御期待に沿えない答えをしなければいけないのが、私としても本当に心苦しいよ。
「ないよね、やっぱり…じゃあ、スコッチウイスキーのローランドを炭酸割りでお願いしようかな。」
口ではそう言うけれど、本当は麦焼酎の炭酸割りが飲みたかったんだろうね、京花ちゃんったら。
「ごめんね、京花ちゃん…英国風のメイドカフェがコンセプトだから…」
厳密に言えば、アルコールメニューを取り扱ったり、御指名制度を採用したりしている時点で、本来の英国風メイドカフェのコンセプトからは逸脱しちゃっているんだけどね。
とは言え、今から英国風パブに改名するのも変だしね。
「千里ちゃんのせいじゃないよ…まあ、本当の事を言うと、『焼酎の紅茶割りならあるかも!』って、期待していたんだけどね。」
こうして苦笑する京花ちゃんだけど、その声には何とも未練がましい響きが含まれていたんだよね。
まあ、それが素直な反応なんだろうけど。
「どうしてもと言うなら、ボトルキープという手があるよ。京花ちゃんが好みの銘柄の焼酎を持ってきてくれたら、後は割り材の紅茶の代金だけでいいよ。」
見るに見かねた私の提案に、京花ちゃんはパッと顔を輝かせたんだ。
「持ち込み、しちゃってもいいの!?じゃあ後で、『防人乙女』の一升パックを地下コンビニで買ってくるから、それを預けるね。つつじ祭中に私が飲みきれなかったら、千里ちゃん達で飲んでくれて大丈夫だからさ!」
「いいの、京花ちゃん?喜んで御馳走になるよ!」
こうは言ったものの、果たして最終日まで残っているのかな?
今日も含めて、つつじ祭は残り3日。
焼酎好きな京花ちゃんの事だから、一升パックなんて明日の夜か明後日の昼頃には、底をついているんだろうね。
せっかくだから、京花ちゃんの気持ちだけは、ありがたく受け取っておくよ。
それから、さっき京花ちゃんが触れていた「防人乙女」っていうのは、人類防衛機構極東支部が公式販売しているアルコール度数25%の本格麦焼酎なんだ。
人類防衛機構極東支部の各支局に設けられた購買部やコンビニでの販売がメインだけれど、ネット通販でも取り扱っているよ。
それでも私としては、支局の購買部やコンビニで買う方を、断然オススメしちゃうんだけどね。
何故なら、支局の購買部やコンビニといった実店舗で買った場合、購入した支局で人気の高い特命遊撃士のブロマイドが特典として付いてくるからなの。
何を基準にしてブロマイドのモデルを選定するのかと言うと、支局内部の人気投票と、管轄地域住民による人気投票の2つに大別する事が出来るね。
我が堺県第2支局の場合だと、支局長をお勤めの明王院ユリカ大佐が、前者のケースに当てはまるだろうね。
支局の幹部や高官だからって、必ずしもブロマイドが作られる訳じゃないんだ。
優しくて頼れる明王院ユリカ先輩だからこそ、支局のみんなの支持を得て、ブロマイドのモデルに選ばれたんだ。
一方、管轄地域住民による人気投票だと、可愛さやカッコ良さといった外見的特徴も重要なファクターになるんだけれど、それ以上に重要なのは知名度だね。
例えば、支局対抗戦技競技会の選手を務めたり、事件解決や作戦成功の立役者になったりといった、何らかの華々しい武勲があると、注目度も支持率も、自然に上がってくるんだよね。
私達の周りだったら、かおるちゃんとマリナちゃんが最有力株かな。
かおるちゃんは、次の支局対抗戦技競技会の剣術部門で、第2支局の代表選手に抜擢されているし、マリナちゃんに至っては、先日の「吸血チュパカブラ駆除作戦」で、大浜少女歌劇団北組娘役トップスターの白鷺ヒナノさんを救出するという、華々しい活躍をしたばかりだからね。
私なんかの出る幕じゃないな。
「へえ…ビールだと、エールビールを飲ませるのか…だったら私は、ダークエールにするよ。」
そんな我らが「吸血チュパカブラ駆除作戦」の英雄はと言うと、黒い右サイドテールを軽く揺らしながら、早々とオーダーを決めるのだった。
輸入ビールが好きなマリナちゃんは、どの国に行っても大丈夫そうだね。