後編第17章 「次代の防人へ、贈る言葉」
「14時30分の部の準備開始まで、あと5分ございます!和歌浦マリナ少佐達に御意見御感想等をお伝えしたい方は、この機会を御利用下さい!」
北加賀屋住江一曹のアナウンスが終わるのを見計らい、天王寺ハルカ上級曹長が再びハンドマイクを手にして現れた。
ワンホールショットの絶技に放心状態だった民間人の子達が、次々にパイプ椅子から立ち上がる。
マリナちゃんを見つめる幾対もの瞳には、何とも切なくも悩ましい慕情と憧憬の色が浮かんでいたんだ。
まるで、片思いの相手に向けるような視線だよ。
「ごめんなさい、和歌浦少佐!私達、少佐に謝らないといけない!」
「少佐の腕前なら、1発しか命中させられないなんてまずあり得ないのに、あんな事を言っちゃって…」
マリナちゃんに謝るのはいいんだけど、私や英里奈ちゃんに向けた言動についても、君達には省みて頂きたい所だよ。
「なぁに、気にしないで。それだけ君達が、私の銃の取り回しに期待してくれていたって事だよ。ところで、さっきのワンホールショットは、君達の御期待に沿えたかな?」
そんなマリナちゃんからの問い掛けに、にわか仕込みの親衛隊を気取った民間人少女達は一斉に頷いたんだ。
「勿論です、和歌浦の君!いいえ!私達の予想していた以上でした!」
「最初の2人なんて目じゃないですよ!どうして私、マリ様があの2人に負けるなんて考えちゃったんだろう…」
この子達ったら、さっきからずっとこの調子なんだよね。
親と担任教師の顔が見てみたいよ。
「他に何か、質問はあるかな?」
グルリと客席を見回した、マリナちゃんの静かな問い掛け。
それにオズオズと手を挙げたのは、小学校5年生程の小さい女の子だったの。
「和歌浦マリナ少佐は、どうしてそんなに銃の扱いが上手いんですか?それと、私も少佐みたいになれますか?」
一気に2つも質問をするだなんて、少し欲張りな子だね。
まあ、こんなに小さいんだし仕方ないかな。
「もう少し、話を聞かせてくれるかな?『私みたいになれますか?』って言っていたけど…」
膝を曲げて目線を合わせてくれたマリナちゃんの赤い瞳を、その少女は真正面からしっかりと見据えたんだ。
「私、小学校で先月に行われた健康診断の適性検査で、『特命遊撃士としての適性あり』の評価を頂いたんです。」
ああ、成る程ね。
どうやらこの子、私達の未来の後輩にして部下候補って事だね。
「夏休みのタイミングに養成コースへ編入させて頂くので、支局の雰囲気を見てみようと思って、つつじ祭にお邪魔させて頂きました。」
そういう子って、結構多いんだよね。
私の場合、小5の3学期の健康診断で適性が認められたから、つつじ祭をオープンキャンパス代わりに使う機会は無かったんだけど。
「そうしたら、先月の『吸血チュパカブラ駆除作戦』で活躍された和歌浦マリナ少佐の公開射撃演習がやっているので、何となく来てみたら、とってもカッコよくて…私、和歌浦マリナ少佐みたいな特命遊撃士になれるでしょうか?!」
後半は早口になってしまったものの、思いの丈を余さずにぶちまける事が出来たみたいだね。
「ああ!君だって、必ずなれるよ。」
少女の頭を、マリナちゃんは軽く撫でて微笑んだんだ。
「えっ…」
あっさりとした、何気無い口調だったからね。
女の子が虚を突かれたような表情を浮かべるのも、無理もないよ。
「ただし、君に守りたいと思う物や人が見つかればの話だけどね。」
そんな少女に向けて、マリナちゃんは語り続ける。
「守りたい物…ですか?」
「人によって、それは様々だと思う。家族や友達だったり、住んでいる町だったり、正義や信念だったり…」
少女の相槌に、黒髪の拳銃使いは軽く頷いて応じた。
「だけど、それら全てに共通するのは、自分の大切な物を守るためなら、人はどこまでも強くなれるって事。守るための力や自信をつけたいからね。君の最初の質問にも、同じ形で答えられると思う。大切な物を守る力として、拳銃の腕が身に付いていったんだ。」
マリナちゃんは言葉を切ると、チラリと自分の右手のひらに視線を落とした。
その手の平は銃把を何回握り、その人差し指は何回引き金を引いたのだろう。
その回数は数え切れないけれど、ただ1つはっきりしている事がある。
それは、マリナちゃんは敵の命を奪うためではなく、大切な物を守るために銃把を握り、引き金を引いたという事だ。




