前編第3章 「廊下は簡易の告解室」
開会前という事もあり、来場者の姿はまだなく、支局の廊下を通り掛かるのは、警備担当の遊撃士と曹士ばかり。
それに、模擬店や展示発表を担当している子達は各々の持ち場に着いているから、あんまり人に聞かれたくない相談事をするにはうってつけだね。
「でもね、かおるちゃん…衣装合わせの時には、特に気にしていなかったと思うんだけど…?」
「あの時は、メイド服の物珍しさに気を取られていて、つつじ祭の当日は、このメイド服を何時間に渡って着用するという事にまで気が回らなかったのです。ところが、いざこうして当日を迎えて、改めてメイド服に袖を通してみると、エプロンやヘッドドレスのフリルが、急に気恥ずかしくなってきて…」
私の質問に答えるうちに、先程までの感情が蘇ってきたんだろうね。
かおるちゃんの表情が、徐々に困惑のそれに変化していく。
頬も再び、みるみる赤みを帯びてきたよ。
チラリと自分の足元に視線をやると、かおるちゃんは直ぐに英里奈ちゃんへ水を向けたんだ。
「生駒さんは、特に気恥ずかしくはないのですか?このスカート丈の短いメイド服に対して、特に思う所はないとおっしゃるのですか?」
かおるちゃんが指摘する通りに、私達が着ているメイド服は、ビクトリア王朝時代の本物のメイドさんが着ていた物に比べたら、確かにスカート丈が随分と短い。
何しろ、黒いニーハイソックスに覆われた足が見えていて、絶対領域が形成されているからね。
「えっ…?!わっ、私ですか?私は、その…こうした服は見慣れていますので、そこまで抵抗はありませんが…」
急に話を振られて狼狽えながらも、英里奈ちゃんは流される事なく、自分の意見をキッパリと述べたんだ。
何しろ英里奈ちゃんの御実家は、戦国武将の血脈を現代に伝える名家で、その御屋敷には本物のメイドさんが雇われているからね。
英里奈ちゃんの御実家は、そのルーツを戦国武将の生駒家宗に遡る事の出来る、格式高い名家だって、ついさっき話したよね。
そのため、生駒家の長女である英里奈ちゃんは、御両親や使用人の方々からは跡取り娘として育てられていたんだ。
そう聞かされると普通だったら、人一倍に期待されて、大切にされて育てられてきたって考えちゃうよね。
名家の御嬢様として、乳母日傘とでも言うような、何不自由ない幼少時を謳歌してきたって思うでしょ。
期待されて育てられたというのは、確かに間違いじゃないんだ。
問題なのは、そのレベルなの。
生駒家の人達は、英里奈ちゃんを跡取り娘として恥ずかしくないよう、極めて厳格な教育を施したんだ。
家名に恥じない教養を身につけさせようと、茶道に華道、バイオリンに薙刀と、習い事でがんじがらめ。
躾や礼儀作法を厳しく叩き込まれ、少しでも粗相があると、手厳しい詰問をされたみたいなんだ。
そうした厳格な教育方針が裏目に出て、英里奈ちゃんは内気で気弱な性格になってしまったの。
そして、その内気で気弱な性格が災いして、特命遊撃士養成コース編入になるまでは、小学校では誰とも話せなかったというんだから、本当に可哀想だよね。
それを反省した英里奈ちゃんの御両親と使用人の皆さんは一計を案じて、当時は秘書志望の女子大生だった執事の娘さんを、英里奈ちゃん話し相手になるようにと屋敷に招き入れたの。
その執事の娘さんこそが、御実家における英里奈ちゃんの一番の理解者であり姉代わりでもある、メイドの白庭登美江さんなんだ。
在学中はバイト扱いだったらしいけど、大学を卒業された現在では、英里奈ちゃんの御実家から正式に雇用されているみたい。
現在でも、メイド服こそ着ているものの、英里奈ちゃんのお父さんの秘書として雇用されているから、登美江さん本人としてはそれで納得しているんだって。
それにしても、今年のつつじ祭には登美江さんも来るのかな。
まあ、いずれ分かる事だけどね。
「それにスカート丈の短さでしたら、かおるさんが普段御召しになっている遊撃服も、似たり寄ったりと存じ上げますが…」
これに関しては、私も英里奈ちゃんに同感だね。
私達が普段着ている遊撃服は、黒いセーラーカラーが付いた白いジャケットに黒いスカート、そして黒いニーハイソックスとローファー型戦闘シューズで構成されているの。
戦闘時の動きやすさを考慮して、遊撃服のスカートは物凄く短いんだよね。
ジャンプしたり蹴り技を放ったりすると、確実に中身が見えるよ。
まあ、中身と言っても人類防衛機構謹製の強化繊維製の下着で、全員御揃いの御仕着せだから、代わり映えしないんだけどね。
それに、みんなすっかり慣れっこになっているから、戦闘中や日常生活で中身が見えても、まるで気にしないんだ。
女子テニスの選手やチアリーダーが着ている、アンダースコートみたいな物と考えてくれたらいいかもね。
「そうは言いますが、生駒さん…遊撃服は着馴れているので今更気になりませんが、メイド服は着馴れていませんので…」
「はあ…」
二の句が継げなくなったって感じだね、英里奈ちゃん。




