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後編第13章 「撃ち方始め!公開射撃演習!」

 幸いにして、私はブースに向けて一歩踏み出そうとしたばかり。

 このタイミングなら、幾らでも取り繕えるよ。

「よし!」

 ダブルカラムマガジンの正しく装着された自動拳銃を私が誇示すると、天王寺ハルカ上級曹長が「心得た」とばかりに軽く頷いた。

「これより、公開射撃演習を執り行います!耳栓の装着をお願いいたします!」

 天王寺ハルカ上級曹長の張りのある声が、ハンドマイクで増幅されて、地下射撃場の壁面に朗々と木霊する。

 もっとも、耳栓を耳の穴に捩じ込んだのは、見学者である民間人の子達だけ。

 防人の乙女たる私達は、静脈注射されたナノマシンで生体強化改造されているから、耳栓をしなくてもいいんだよ。

「標的用意!」

「はっ!承知しました、天王寺ハルカ上級曹長!復唱します、標的用意!」

 コンピューター端末の並んだデスクにかけている曹士の子が、明るく朗らかな声で上官に復唱する。

 この子は私と同じ堺県立御子柴高等学校1年A組に在籍している、江坂分隊の北加賀屋(きたかがや)住江(すみえ)一曹だ。


 北加賀屋住江一曹が、白くてしなやかな指でキーボードを軽く叩く動作に合わせて、機械の唸る音が静かに響いた。

 耳栓を装着した民間人の子達には聞こえない程の機械音は、標的を自動でセットする電動装置である、ターゲット・リトリーバルシステムの作動音だ。

 同心円の中心に黒い人影の描かれた射撃演習用の標的をぶら下げたハンガーが、3列のレーンにセットされ、ブース入りした3人の特命遊撃士は、軽く足を開いた仁王立ちの姿勢を取ると、レーンの彼方を見据えて拳銃を構えた。

 安全装置が外され、防人の乙女達の華奢な人差し指が、引き金に掛けられる。

 コンピューター端末でターゲット・リトリーバルシステムを作動させた北加賀屋住江一曹の復唱の声を最後に、地下射撃場は再び沈黙に支配された。

「スタート!」

 無機質な電子音声の合図を掻き消すかのように、2丁の自動拳銃と1丁の大型拳銃の上げる銃声が、地下射撃場の空気を震わせる。

 いつもはレーザーライフルをぶっ放している私だけど、こうして実弾銃のトリガーを引くのも、これはこれで趣深いね。

 クールで鋭い銃声に、真紅に輝くレーザー光線の美しさ。

 そして、空気が焼ける独特の臭い。

 レーザーライフルの発砲時に付き物の光景は、どれも私のお気に入りだ。

 しかしながら、私のレーザーライフルを始めとする光学兵器には逆立ちしたって真似出来ない醍醐味が、実弾兵器にはあるんだよね。

 それは何といっても、空薬莢の排出だよ。

 レーザーライフルを個人兵装に選んだ私にとっては悔しい限りだけれど、こればかりは認めざるを得ないよ。

 ほら、よく見てよ。

 排出される空薬莢の描く、美しい金色の軌跡を。

 そして、じっくり聞いてみて。

 役目を終えた空薬莢が、射撃場の床に散らばる時に奏でる、冷たい金属音を。

 そして何より、この胸まで焦がすような硝煙の芳香。

 ホント、ぐっと来ちゃうよね。

 銃口からほとばしる、マズルフラッシュの真紅の閃光さえも愛おしいよ。

「フフッ…」

 おっと、いけない。

 私ったら、また口元が緩んじゃったよ。

 色んな人から言われるんだけど、個人兵装であるレーザーライフルの引き金を引く私の口元が、笑いの形に歪んで見える事が、時々あるんだって。

 言い訳や自己弁護に聞こえちゃうかも知れないけれど、私は別に、不真面目な態度で狙撃している訳でもなければ、敵へのシニカルな嘲笑を浮かべてハードボイルドを気取っている訳でもないからね。

 引き金を引く時の、凝縮した充実感。

 これに魅せられているだけなんだよ。

 もしかしたら、自動拳銃を撃っている今も、そんな顔をしているのかな?

 もっとも、それを確認する手段は、生憎ここにはないんだけどね。

 25m先に吊るされた標的の後ろの壁は、弾丸を受け止めるバックストップの役目を果たすために、ゴムシートで覆われている。

 鏡なんて置ける訳がないよね。

 それに、バックストップ側の監視カメラのレンズには防弾ガラスが使われているから、私の微妙な表情を識別する程の解析度なんて期待出来ないし。

 第三者の証言を当てにするにしても、曹士の子達と見学者の民間人少女達には、今頃は私の背中しか見えていないだろうね。

 そして地下射撃場の各ブースは、特命機動隊のバリスティックシールドと同素材製のディバイダーで仕切られている。

 この仕切り板があるから、左隣のブースにいる英里奈ちゃんが、今はどんな表情で自動拳銃を撃っているかも分からないんだよ。


 ましてや、英里奈ちゃんのさらに左隣のブースに入ったマリナちゃんに至っては、大型拳銃の射撃音で、その存在を辛うじて確認出来るくらい。

 あっ、この銃声…フルメタルジャケット弾だね。

 マリナちゃんったら案の定、自腹購入した実戦用の通常弾を使っているんだ。

「後姿も素敵ね、マリ様ったら!」

「当たり前でしょ!畏れ多いわよ、和歌浦の君を捉まえて…」

 ホントにしょうがないなぁ、民間人の子達は…

 整った姿勢で大型拳銃の引き金を引くマリナちゃんの後ろ姿に、恍惚と見とれているであろう、民間人の子達!

 今マリナちゃんが撃っている銃弾は、マリナちゃんが人類防衛機構から貰ったお給料の結晶だから、そのつもりで見てあげてよね。

 そうして3枚目の標的に向けて5発の銃弾が飛び込んでいくのを見送った頃。

 それまで私の自動拳銃の銃口から美しく上がっていたマズルフラッシュが途切れ、それと前後して遊底が後退して、そのまま動かなくなってしまった。

 スライドストップがかかったのだ。

「撃ち止め、だね…」

 ホールドオープンした自動拳銃を一瞥した私は、ダブルカラムマガジンに装填されていた15発全てを使い切った事を確認した。

 そして足元を注意深くチェックしながら歩みを進め、ディバイダーを通り越す。

 落ちている空薬莢を踏んづけて転んじゃったら、最高に無様だからね。

「そっちはどんな感じかな、英里奈ちゃん?」

 私は役目を終えた半透明の樹脂製弾倉を自動拳銃から抜き取りながら、同じく左手に空っぽの弾倉を保持してディバイダーから顔を出した生駒家の御令嬢に向かって、このように呼び掛けた。

「一応、(わたくし)なりにベストは尽くしたつもりなのですが…」

 どうにも歯切れの悪い口調なのは、英里奈ちゃんの手に馴染んだ個人兵装ではないからなんだろうね。

 その気持ちは、よく分かるけど。

 もしも今行なわれた公開演習の内容が、英里奈ちゃんが得意とする槍術の演習だったら、もっと自信のある態度をしていたのかな。

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― 新着の感想 ―
[一言] 空薬莢! 確かにレーザー銃には無い醍醐味があるね!
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