後編第12章 「危機一髪!忘却寸前のダブルカラムマガジン」
こうして私達3人は各々のブースに入ると、装填作業用のテーブルを使って、各々の拳銃の整備点検をスタートさせたんだ。
自動拳銃は構造が複雑に出来ているから、適当な扱いをすると、故障や暴発といった事故を招いちゃうんだ。
だから、手入れは念入りにやらないといけないの。
まあ、この世にはぞんざいに取り扱って構わない兵器なんて、ただの1つも存在しないんだけれど。
「えっ?このタイミングでピストルの点検?」
民間人少女の集団から上がった囁き声には、非難めいた響きが含まれていた。
-公開射撃演習だというのに、その場で整備点検をするだなんて、随分と段取りが悪いな。先にやっとけばいいのに…
さっきの囁き声から省略された心の声を補うとしたら、大方こんな感じかな。
でも、こうやって整備点検の行程をじっくりと見せる事で、整備点検の重要性を刷り込む意義があるんだよ。
仮定だけど、もしもあの子達が特命機動隊に志願したら、今日の「自動拳銃の整備点検は大切」って刷り込みが、訓練の時に確実に役立つよね。
それに、こうやって焦らされる時間があるからこそ、本番の射撃演習がより一層際立つんだよ。
音楽だってそうだよ。
幾ら盛り上がるからって、延々サビの部分ばかり流していたら、かえって単調になっちゃうじゃない。
「よし!」
私や英里奈ちゃんよりも一足先に整備点検を終えたマリナちゃんは、整備点検済の大型拳銃を一瞥すると、満足気に頷いたんだ。
使い慣れた個人兵装だけに、マリナちゃんったら大型拳銃の整備点検が本当に早いんだよね。
まあ、自分の命を預ける個人兵装のメンテナンスは、特命遊撃士にとっては日々の日課のような物だからね。
毎日のように繰り返しやっていれば、嫌でも慣れてきて、少しずつスピーディーに出来るようになるよ。
私も英里奈ちゃんも、自分の個人兵装のメンテナンスだったら、例え目隠しされていたって、楽々と出来るよ。
もっとも、私と英里奈ちゃんが現在こうして整備点検しているのは、各々の個人兵装に比べると、明らかに使用頻度の落ちる自動拳銃だからね。
用心を徹底するに越した事はないよ。
防人の乙女である私達にとっては、一見すると臆病者に思える程の注意深さと用心こそが、生死と勝敗とを分けるんだ。
明確に、そして冷徹にね。
情状酌量も手心も、そこには一切なしだよ。
「さてと…うん、これでいいかな!」
マリナちゃんに少し遅れて整備点検を終えた私もまた、自動拳銃を誇らしげに握ったんだ。
こうして整備点検をすると、自ずと愛着が増すって物だよ。
使い古されて手垢の付いた表現で恐縮だけど、こういう状態を「手塩にかけた」って言うのかな?
そんな私の元に、アシスタント係を務める曹士の子が、早足で歩み寄ってくる。
太い三つ編みに結った長い後ろ髪を、ユラユラと揺らしながら。
私の整備点検が終わるタイミングを、見計らっていたんだね。
「お待たせ致しました、吹田千里准佐!演習用のソフトポイント弾であります。」
上牧みなせという、今年の春に堺県立大学へ進学した曹長さんが差し出したダブルカラムマガジンは、半透明の樹脂製だった。
半透明で残弾数を確認しやすいという利点から、演習に用いられる弾倉には樹脂製が多いんだよ。
そして、ソフトポイント弾というのも「演習あるある」だね。
ソフトポイント弾は通常弾よりも安上がりだから、官給品で演習をすると、大抵の場合はソフトポイント弾にお目にかかれるよ。
まあ、実戦と同じ感覚で演習をしたいって子は、自腹で購入した通常弾を使っているんだけどね。
マリナちゃんもこのタイプの子で、通常弾だけじゃなくて、ダムダム弾やデュアルコア弾とかも自腹購入して演習に使用しているよ。
「ありがとうございます、上牧みなせ曹長。」
演習用のソフトポイント弾で満たされた弾倉が私の手に渡るのを確認した上牧みなせ曹長は、サッと整った敬礼の姿勢を取ると、曹士の子達が作る列へと足早に並び直すのだった。
貴官の担い銃の姿勢も実に美しく整っているよ、上牧みなせ曹長。
左側にチラリと視線を走らせてみると、奥の方のブースでは、英里奈ちゃんが自分の自動拳銃に半透明のダブルカラムマガジンを取り付けている所だった。
その1つ手前のブースでは、既に装填を終えているのか、大型拳銃を右手で構えたマリナちゃんが射撃態勢に入っている。
安全装置はそのままだから、イメージトレーニングの類いみたいだね。
あれ…?
もしかしたらマリナちゃんは、この公開射撃演習でも自腹購入した通常弾を使うつもりなのかな?
普段の射撃訓練でも、実戦用の弾丸を使うマリナちゃんの事だもの。
民間人の子達が見学している現状で、練習用のソフトポイント弾でお茶を濁す訳がないよね。
だけど、もしそうだとしたら、複雑な心境だなあ…
補助兵装でしかない自動拳銃を手にしている私や英里奈ちゃんと、個人兵装として使い慣れた大型拳銃を引っ提げたマリナちゃんとの間には、タダでさえ埋められない差があるというのに…
その上で実戦用の通常弾を使われた日には、その差は開く一方だよ。
まあ、この場の主役はマリナちゃんだからね。
私と英里奈ちゃんは、所詮は引き立て役の脇役に過ぎないんだ。
変に出しゃばらずに、気楽にやろうよ。
「ん…?」
危なかったよね…
危うく弾倉をセットせずに、装填用のテーブルを離れる所だったよ、私ったら。
弾が出ない拳銃の引き金だけをカチカチやっていたら、まるで明智探偵に弾丸を抜き取られて狼狽える怪人だよ。
小学校の図書室や学級文庫に置いてあった、江戸川乱歩先生の「少年探偵」シリーズには、そういうシーンがよく出てきたんだよね。
小学生の時の私は、そうして狼狽える怪人を笑い者にしたものだけど、もう少しで笑い者の仲間入りを果たす所だったよ。
フリードリッヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ曰く、「怪物と戦う者は、その過程で自分が怪物にならないように注意しなくてはならない。汝が深淵を覗き込む時、深淵もまた汝を覗き込んでいるのだ。」か…
生憎だけど、私は怪物になるつもりもなければ、物笑いの種にもなるつもりはないからね!
ニーチェ先生、そして大乱歩翁!




