後編第9章 「威風堂々!和歌浦マリナ少佐、騎行せり!」
「コホン!それでは、見学者の皆さんに注意事項を説明します。銃声が壁面に反響しますので、記念品も兼ねて先程お配りした耳栓を、皆さんの耳鳴りを防ぐためにも、射撃演習中は必ず着けて下さい。それから、射撃演習中は白線から先に踏み出さないで下さい。和歌浦マリナ少佐を間近で御目にしたい御気持ちは分かりますが、万一、跳弾や空薬莢が飛んできましたら危険です。皆様の安全のためですので、これらの注意事項を御守り頂きまして、この公開射撃演習を楽しい思い出にして頂きたいと存じます。」
軽く咳払いをした天王寺ハルカ上級曹長は、つつがなく注意事項の伝達を終え、関係者専用通路の方に向き直るのだった。
「総員、整列!」
天王寺ハルカ上級曹長の号令一発、特命機動隊の子達は美しく整列した。
そんな曹士の子達に倣って、私と英里奈ちゃんも天王寺ハルカ上級曹長の真横に整列する。
2人とも、個人兵装のケースは壁に立て掛けて、自動拳銃は遊撃服の内ポケットに収納してね。
並び方としては、英里奈ちゃんが一番端で、私は天王寺ハルカ上級曹長と英里奈ちゃんに両脇を挟まれる形になったよ。
何しろ、私が准佐で英里奈ちゃんが少佐、後は下士官の特命機動隊だから、この地下射撃場に集合している人類防衛機構関係者の中では、英里奈ちゃんが一番の上官になるんだよ。
生駒英里奈少佐を上座に置いて、美しい整列の姿勢を取る、人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第2支局が誇る防人の乙女。
その厳格な雰囲気に圧倒され、声も出せない民間人少女達。
そんな地下射撃場の静寂をぶち破ったのは、スピーカーから大音量で鳴り響いてくる、重厚で荘厳なクラシックだった。
曲はリヒャルト・ワーグナーの「ワルキューレの騎行」。
演奏しているのは、堺県第2支局所属交響楽団。
防人の乙女である私達にとって、ある意味では最も相応しい曲だよね。
だって、北欧神話に登場するワルキューレって、日本語だと「戦乙女」って翻訳されているんでしょ?
それって、もろに私達の事じゃない!
第2支局所属交響楽団は、さやま遊園の近くにあるSAYAKAホールで、毎年1月に新春コンサートを行っているんだけど、そういえばワーグナーの「ワルキューレの騎行」は、今年の新春コンサートのプログラムにも入っていたっけ。
すると、今流れているのは、元化25年新春コンサートのCDのマスターテープか、発売前のサンプル盤という事になるね。
各支局所属の交響楽団の演奏内容を収録したCDやDVDも、人類防衛機構の公式サイトの通販ページや支局の購買で販売されているんだ。
これも「本格麦焼酎 防人乙女」と同様に、支局の購買やコンビニで買うと、特典として楽団員のブロマイドがランダムでプレゼントされるんだよ。
それにしても何故このタイミングで、第2支局所属交響楽団演奏の「ワルキューレの騎行」をスピーカーで再生しているんだろう?
発売告知なら、このタイミングはおかしいし…
まさか、マリナちゃんの出囃子とか入場曲とかじゃないよね?
そんな、落語家やプロレスラーじゃないんだから…
って…どうやら本当に、落語家の出囃子やプロレスラーの入場曲のニュアンスで流していたみたいだね。
関係者専用通路の方角から地下射撃場へと、防人の乙女達が奏でるワーグナーを従えて、1人の特命遊撃士がやってくる。
針金でも通したかのような背筋のシャンと伸びた姿勢で、堂々と胸を張り、悠然とした足取りで。
その身に纏うのは、私や英里奈ちゃんと同様の、純白の遊撃服。
佐官の証である金色の飾緒と少佐の階級章が、目にも鮮やかだ。
艶やかな黒髪は右側頭部でサイドテールに結われ、少女の足取りに合わせて軽やかに揺れている。
いささか釣り目の傾向がある双眼は、一見すると氷で出来たカミソリのような、鋭く冷たいイメージを喚起させるだろう。
「酷薄」、「非情」。或いは「冷徹」。
そんな二字熟語がお似合いに思えてくる程に。
しかし、ほんの少しだけ注視すれば、その真紅の瞳の奥には、正義を重んじて友を思いやる情熱が宿っている事を、容易に確認出来るはずだ。
もっとも、真紅の双眼のうちの右側は、長く垂らされた前髪に隠されてしまっているので、容易には確認し辛いのだけれど。
「見て!和歌浦マリナ少佐よ!」
堪えきれなくなった民間人少女の誰かが、感極まったかのように叫んだ。
「和歌浦マリナ少佐に向かって、敬礼!」
「敬礼!」
少佐である英里奈ちゃんがサッと敬礼の姿勢を取り、准佐の私がそれに続く。
私も今回ばかりは捧げ銃じゃなくて、英里奈ちゃんと同じく、右拳を胸元に当てる人類防衛機構式の敬礼の姿勢だよ。
「一同、捧げ銃!」
天王寺ハルカ上級曹長の声に従い、特命機動隊の曹士の子達は、再び一斉に捧げ銃の姿勢を取ると、美しく静止した。
「人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第2支局所属特命遊撃士、和歌浦マリナ少佐、現在地!」
歩みを止めたマリナちゃんは私達の方に向き直り、戦闘シューズの踵を鳴らすと、人類防衛機構式の敬礼を取ったんだ。
「見て、那美ちゃん!あれが和歌浦マリナ少佐よ!敬礼もビシッとして凛々しいよね、マリ様って?」
「さすがは和歌浦の君だよね。さっきの2人の敬礼とは、段違いの凛々しさね。」
民間人の子達ったら、また好き勝手な事を言っちゃってるよ…
小声で耳打ちしているから聞こえていないつもりなんだろうけど、私達にはしっかり筒抜けなんだからね。
身体強化能力である「サイフォース」に目覚めた上に、生体強化ナノマシンで改造された私達の耳にはね。
とはいえ、民間人相手にムキになるのも大人気ない話だよね。
ここはグッと堪えなくちゃ…




