後編第8章 「封じられたレーザーライフル」
昨日のマリナちゃんの言葉じゃないけれど、いつもと同じようにブースに入って、いつもと同じようにスコープで標的に照準を合わせ、いつもと同じようにレーザーライフルのトリガーを引けばいい。
こんな風に高を括っていたんだけど…
「おっしゃる通りです、吹田千里准佐!ん…そうですね…!吹田千里准佐も今回は1つ、個人兵装のレーザーライフルではなくて、自動拳銃を用いてみてはいかがでしょうか?」
また急に閃いちゃったんだね、天王寺ハルカ上級曹長ったら。
こういう時の事を言うんだろうね、「寝耳に水」という諺は。
「ふへっ?」
私ったら、思わず変な声を出しちゃったよ。
「ヤダ…!何、あの子ったら…」
「ねえ、聞いた?『ふへっ?』だって…!」
民間人の子達の誰かがクスクスと吹き出しているのが、しっかり聞こえちゃったから、本当に気まずいなあ…
「吹田千里准佐がおっしゃったように、せっかくのエキシビションですから、普段とは趣向を変えてみるのも一興ですよ!」
私、英里奈ちゃんを落ち着かせる時に、余計な一言も言っちゃったかな…
「確か、吹田千里准佐も養成コース時代の自動拳銃をお持ちとお伺いしましたが…」
「え…?うん…確かにあるんですけど…」
思わぬ事態に言葉を濁しながらも、私は慣れた手付きでレーザーライフルを分解すると、ガンケースに素早く収納した。
「凄い!さっきまで構えていた銃を、もう分解してケースに片付けちゃったよ!」
またしても民間人少女の集団の中から黄色い歓声が上がり、私の自尊心をちょっぴり刺激する。
小銃の分解と組み立ても、養成コースから何度も訓練しているからね。
どうかな、君達も特命機動隊に入隊してみない?
君達だって人類防衛機構に入隊したら、小銃の分解と組み立てだって、10日もあれば習得出来るよ。ついでに、各種敬礼の作法や執銃訓練もね。
そして私の事を「吹田千里准佐」って呼んで、捧げ銃や銃礼を行うんだ。
こんなとりとめもない思考に囚われながらガンケースの蓋を閉じた私は、雑念を追い払うように軽く首を振った。
ツインテールに結った長い黒髪が、大胆に荒ぶっている。
まるで、私の心境を代弁するかの如く。
「もっとも、あくまでもエキシビションですからね。過度な期待は勘弁して下さいよ、天王寺ハルカ上級曹長…」
そう言いながらレーザーライフルの代わりに遊撃服の内ポケットから取り出したのは、英里奈ちゃんが手にしているのと同じ、12連発式の自動拳銃だった。
思い返すと、特命遊撃士養成コースに通っていた頃は、この自動拳銃の引き金を頻繁に引き絞った物だよ。
正式の特命遊撃士として支局に配属されてからは、個人兵装のレーザーライフルを構える機会の方が、圧倒的に増えていったけれど、改めて自動拳銃を握ってみると、こっちも私の手にしっくりと馴染むね。
「そんなに深く考え込まなくていいんだよ、英里奈ちゃん。養成コースの時を思い出してみて。」
未だに難しそうな表情を浮かべている英里奈ちゃんをリラックスさせようと、私は殊更にお気楽そうな声で話し掛けたんだ。
「あの時は私達、特命機動隊の標準装備と同モデルのアサルトライフルや、この自動拳銃を握って、この地下射撃場のブースに何度も並んだよね?」
こうして英里奈ちゃんを宥めていると、18式改良型アサルトライフルを握っていた時の感触が、私の両手に甦って来るよ。
「は…はい…」
強張った表情でオドオドする英里奈ちゃんは、養成コース編入直後みたいに、何とも頼りなかったね。
そんな英里奈ちゃんと一緒に、こうして地下射撃場で自動拳銃を手にしていると、訓練生だった頃の気分が甦ってくるようだよ。
もしかしたら、純白の遊撃服じゃなくて、階級章すら付いていない水色の訓練服を着ているんじゃないかと、一瞬だけ戸惑っちゃったね。
「あの時は英里奈ちゃんだって、引き金を引いていたじゃない。その時の感覚でやればいいんだよ。ううん…あの時よりも、もっと気は楽だと思うんだ。私達は養成コースを修了したんだよ。だから多少しくじっても、教導隊の先生に赤点をつけられる心配はしなくていいの。そうでしょ、天王寺ハルカ上級曹長?」
「おっしゃる通りです、吹田千里准佐!」
打てば響くような答えだよね、天王寺ハルカ上級曹長。
そうやって同調してくれたなら、私も変に気負わずに済むし、英里奈ちゃんの緊張も解けるから、本当に助かるよ。
「いい、英里奈ちゃん?今回の公開射撃演習の目玉はマリナちゃんで、私達2人は、そのオマケみたいな物だから、鯱張らず、お気楽にやればいいんだよ。ねっ?そうでしょ、天王寺上級曹長?」
私としては、英里奈ちゃんと私自身の無駄な力を抜くついでに、天王寺ハルカ上級曹長に軽くカマをかけたつもりだったんだ。
「はい!おっしゃる通りです、吹田千里准佐!あっ…!」
確認の取り方のテンポが良かったせいで、思わずポロッと本音が出ちゃったね、天王寺ハルカ上級曹長。
表情にハッキリと現れているよ、「やっちゃった…!」って思いが。
「いや…これは、その…生駒英里奈少佐と吹田千里准佐を軽んじた訳では…決してありませんので…」
天王寺上級曹長ったら、すっかり狼狽えちゃったね。
弁明の声はしどろもどろだし、歯切れだって悪いし。
「天王寺ハルカ上級曹長!只今、ヒトサンゴゴ!和歌浦マリナ少佐の公開射撃演習まで、残り5分を切りました!」
「な…何ですと?東淀川瑞光三曹!」
上官の周章狼狽振りを見るに見かねた曹士の子が、巻きが入っている事を進言し始めちゃうし。
ちょっと悪い事をしちゃったかな、私…
「御心配なく。天王寺ハルカ上級曹長に悪意がない事は、私共には重々承知の事でございますから。深呼吸でもなさって、リラックスして下さいませ、天王寺ハルカ上級曹長。」
私の代わりにフォローをありがとう、英里奈ちゃん。
他人を気遣う余裕が出来たのなら、もう大丈夫だね。
「しょ…承知致しました、生駒英里奈少佐!」
言われるままに深呼吸を始める天王寺ハルカ上級曹長を見ると、少し申し訳ない気分になっちゃうな。
まるで、昨日の私を見ているみたい。
でも、天王寺上級曹長だって、急な思い付きで英里奈ちゃんに無茶振りをしたんだから、おあいこだよ。




