後編第7章 「まさかの飛び入り参戦?天王寺上級曹長の無茶振り!」
こうした見学者の子達の騒ぎ声が、どうやら天王寺ハルカ上級曹長の耳にも留まったみたいだね。
「あっ!生駒英里奈少佐と吹田千里准佐もいらしていたのですか?」
クルリと向き直った天王寺上級曹長が、サッと姿勢を正した。
「お疲れ様です、天王寺ハルカ上級曹長。生駒英里奈少佐、並びに吹田千里准佐、巡回パトロールに参りました。」
落ち着いた英里奈ちゃんの優雅な敬礼に、私もレーザーライフルを用いた銃礼の姿勢で続く。
「はっ、お疲れ様です!生駒英里奈少佐!吹田千里准佐!」
私と英里奈ちゃんの敬礼に応じて、天王寺ハルカ上級曹長を始めとする曹士の子達が、踵を鳴らして一斉に捧げ銃の姿勢を決める。
一分の狂いも隙もなく、美しく整った私達の敬礼の姿勢に、すっかり圧倒されてしまったのだろうね。
声も出せずに見入っちゃっているよ、民間人の子達ったら。
「那美ちゃん、やっぱり間近で見ると凄い迫力だよね。人類防衛機構の人達が取る、カチッと整った敬礼って。」
一時的な失語状態から一足先に回復出来たのは、美しい黒髪をポニーテールに結い上げた少女だった。
服装のコンセプトは、美容院のファッション雑誌で今シーズンの流行として紹介されていた、パステルカラーの御嬢様風コーデかな。
「うんうん!私達と同じ高校生とは思えない程に決まってるね、伊砂里ちゃん!」
黒髪ポニーテール少女の問い掛けに、茶髪ツインテールの眼鏡っ子が何度も大袈裟に頷いて応じる。
黒髪ポニーテールの子の友達かな?
こっちの子も、女子力の高いガーリーなコーディネートをしているよね。
それにしても、分かりきった事を臆面もなく話題にするよね、君達。
だって防人の乙女である私達は、小学校高学年の時から養成コースで基本教練をみっちり叩き込まれているんだよ。
これで敬礼がカチッと整っていなかったら、養成コースで何をやっていたか分からなくなるじゃない。
とはいえ、こうやって羨望と敬意の込められた視線を浴びると、満更でもない気分になってくるよね。
ついさっきまで、「隙だらけ」だの「平和ボケ」だの、小馬鹿にしたような形容詞を事あるごとに連呼しちゃった私だけど、こうして改めて民間人の子達を見てみると、純粋で可愛いよね。
この子達がいつまでも純粋なままでいられるように、防人の乙女である私達が踏ん張らないといけないんだよね。
「でも、きっとマリナさんなら…ううん!マリ様だったら、もっと凛々しい敬礼なんだよね?」
茶髪の眼鏡っ子に水を向けられた黒髪ポニーテール少女が、我が意を得たりとばかりに、深々と頷いた。
「あんたねぇ…当たり前でしょ?何てったって、あの『大浜大劇場の英雄』にして『和歌浦の君』なのよ!」
もう…!せっかく見直してあげたばかりだってのに、これだもんなあ…
まあ、こういう子達に人類防衛機構への関心を持って貰い、入隊のきっかけにして貰うのも、つつじ祭の重要な目的だからね。
至らない態度や発言も、ある程度は割り切ってあげなくちゃ。
「よく御越し下さいましたね、生駒英里奈少佐、吹田千里准佐。御2人とも、歓迎致しますよ。」
敬礼の姿勢を解いた天王寺ハルカ上級曹長は、リラックスした柔らかい笑顔で私達を迎えてくれたんだ。
ヘルメットやアーマーを着込んでいるから、一見すると物々しくて険しい印象のある天王寺ハルカ上級曹長だけど、こうして明るく笑ったら、優しくて素敵な美人のお姉さんに早変わりだよ。
「お疲れ様です、天王寺ハルカ上級曹長。巡回パトロールのついでに、マリナちゃんの陣中見舞いに伺っちゃいました。」
そんな天王寺ハルカ上級曹長のリラックスした笑顔に釣られて、私も随分と砕けた口調になっているね。
「それはそれは。和歌浦マリナ少佐も、きっとお喜びですよ!それにしても…これで先月の『吸血チュパカブラ駆除作戦』で活躍された特命遊撃士の御3方が、揃い踏みを果たしたという事ですか!」
あれ?どうかしたのかな、天王寺ハルカ上級曹長?
まるで、何かを閃いたような物言いだけど…
「いかがでしょう?せっかくですので、御2人にも飛び入りゲストとして、公開射撃演習を行っては頂けないでしょうか?管轄地域住民の記憶に新しい、『吸血チュパカブラ駆除作戦』の三勇士による公開射撃演習なら、来場者の方々も、きっと喜びますよ!」
とっさに閃いたにしては、随分と洒落た趣向だよね。
ホスト役として気が利いているじゃないの、天王寺ハルカ上級曹長。
とはいえ、とっさに言われて心の準備が出来ていない人もいたようで…
「えっ、あっ…!いっ…一応、自動拳銃でしたら私も、補助兵装として…その、携行しているのですが…」
あーあ…内ポケットから自動拳銃を取り出したまではいいんだけれど、英里奈ちゃんったら完全に狼狽えちゃっているよ。
まあ、無理もないよね。
英里奈ちゃんにとってのメインウェポンは、個人兵装に選んだレーザーランスであって、自動拳銃はあくまでも補助兵装。
それなりに扱えればいいんだから、射撃訓練には、レーザーランスを用いた戦闘訓練程の時間も労力も割いていないんだよね。
従って、銃器を個人兵装に選んだ子達程の技量には達していない。
そんな自分の射撃訓練を、人様に御見せするなんておこがましい。
英里奈ちゃんが狼狽えている理由は、大方そんな所かな。
とはいえ、この英里奈ちゃんの狼狽え様は、親友としては見過ごせないね。
私の説得で肩の力を抜いてくれるといいんだけど。
「そんなに難しく考えちゃったらダメだよ、英里奈ちゃん!ほら、ねっ?リラックス、リラックス!」
「は、はい…」
英里奈ちゃんったら、まだ表情が固いな。
ここはもう一声必要だね!
「あのね、英里奈ちゃん。私達はあくまで、飛び入りゲストだから。言うなれば、フィギュアスケートのエキシビション。気楽にやればいいんだよ。ねっ?そうでしょ、天王寺ハルカ上級曹長?」
軽く英里奈ちゃんの肩を左手で叩き、天王寺ハルカ上級曹長の方に向き直った私の顔には、自信に満ちていた表情が浮かんでいたんだろうね。
それこそ、英里奈ちゃんとは対照的なね。
何しろ私の右手には、腕に馴染んだ個人兵装のレーザーライフルが、しっかりと握られているんだから。




