後編第6章 「我が聖域 地下射撃場」
支局ビルの地下6階までエレベーターで一気に降りると、そこは地下射撃場。
今は、特命機動隊曹士の子達が、標準装備である23式アサルトライフルを用いた射撃訓練を行っている真っ最中。
だけど、公開射撃演習におけるマリナちゃんの出番まで、まだ少しの時間的な余裕はあるのかな。
「やっぱり落ち着くよね、ここは…」
「まあ、千里さんったら…」
柄にもなくしみじみと呟く私に、思わず苦笑する英里奈ちゃん。
そんな私達の話し声は、すぐに掻き消されちゃうんだけどね。
打ちっぱなしのコンクリートに囲まれた無機質な空間は、無用の虚飾を排した質実剛健な落ち着きに満ちている。
ひっきりなしに響く元化23年式アサルトライフルの銃声と、床に空薬莢が転がり落ちる冷たい固い金属音は、「防人の乙女、ここにあり。」という宣誓のように聞こえて、実に頼もしい。
揃いの紺色の制服と黒いアーマーに身を包み、アサルトライフルの引き金を引き絞る曹士の子達の、キリッと引き締まった鋭い表情は、勇ましくも美しい。
常に漂う硝煙臭は、上質な香のように私の心の奥を落ち着かせ、それでいてカンフル剤のように胸を熱く掻き立ててくれる。
私にとっては、何もかもが、まるで実家のように慣れ親しんだ情景なんだよね。
何しろ私の個人兵装はレーザーライフルだから、個人兵装別の戦闘訓練になると、大抵はここに来る事になるんだ。
「先週に私が御伺いした時と、それほど雰囲気は変わっていないように見受けられますね、千里さん…」
地下射撃場を何の気なしに見回しながら、英里奈ちゃんが呟いた。
レーザーランスを個人兵装にしている英里奈ちゃんだけど、この地下射撃場と全く無縁という訳じゃないんだよ。
英里奈ちゃんだって、銃ぐらい持っているからね。
英里奈ちゃんは、特命遊撃士養成コース時代に護身用として支給されたトレンチナイフと自動拳銃を、現在でも補助兵装として携行しているの。
養成コースで支給されたトレンチナイフと自動拳銃を、正式の特命遊撃士として配属されてからも、補助兵装として使い続けている子は、結構多いんだよ。
私も、トレンチナイフと自動拳銃は、遊撃服の内ポケットに入れているんだ。
養成コース時代の思い出の品物だし、それに何より嵩張らないからね。
大型拳銃を個人兵装にしたマリナちゃんは、「個人兵装の方が手に馴染んでいるから。」と言って、自動拳銃の方を返納しちゃったけどさ。
そう言えば、養成コース時代のマリナちゃんが使っていた自動拳銃は、今は誰の物になっているのかな。
だから、私やマリナちゃんを始めとする、銃器を個人兵装に選んだ特命遊撃士に比べたら、その頻度こそ少ないものの、英里奈ちゃんもここで射撃訓練を受けているんだよね。
「ううん…そうでもないよ、英里奈ちゃん。ほら、あっちを見て。」
私が指差した方向へと、英里奈ちゃんがその細くて華奢な首を傾ける。
地下6階休憩室から射撃場に繋がるドアが開き、そこから、打ちっぱなしのコンクリートで構成された、質実剛健な落ち着きに満ちた空間には、あまりにも場違いな集団が群れを成して出てきたんだ。
その集団を構成しているのは、多少の年齢の上下こそあるものの、概ね私達と同年代の女の子達。
ただし彼女達の服装は、特命機動隊の紺色の制服と黒いアーマーでもなければ、私達のような白い遊撃服でもないんだよね。
スカートだったりデニムだったりと、バリエーション豊かではあるものの、女の子達が着ていたのは、至って普通の私服だった。
そして何より、生体強化ナノマシンによる改造処置や軍事訓練を一切受けていないと一目で分かる、平和ボケしきった隙だらけの雰囲気。
マリナちゃんを目当てにして来場した、見学者の民間人だね、あの子達は。
このうちの何人かは、もしかしたら御子柴高等学校の生徒なのかも知れないけれど、同じクラスでもない限りは、一般生徒の顔はちゃんと記憶出来ていないんだよね、私って…
民間人の子達が地下射撃場に姿を現すと、さっきまでひっきりなしに鳴っていた銃声が、ぱったりと止んだんだ。
見学者の子達への配慮だって事は、頭では分かるんだけど、平和ボケした民間人に呆れてダンマリを決め込んだように見えるのは、私の偏見かな?
射撃訓練を終えた特命機動隊曹士の子達は、23式アサルトライフルのセレクターレバーを作動させる。
そうして安全装置を作動させたアサルトライフルを、控え銃の姿勢で保持して整列する曹士達。
実に精悍な美しさに満ちているね。
この「防人の乙女」特有の凛々しい美しさは、平和ボケした民間人の子達には、逆立ちしたって真似出来ないよ。
「見学者の皆さん!御越し頂きまして、誠にありがとうございます!私は今回の公開射撃演習の進行役を務めさせて頂きます、人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第2支局所属、特命機動隊の天王寺ハルカ上級曹長です!」
ハンドマイクを片手に大声を張り上げている上級曹長は、作戦でも時々御一緒させて頂いている、私と英里奈ちゃんの顔馴染みの人だった。
普段はシンプルなヘアゴムで纏めている栗色のポニーテールに、今日は大きな赤いリボンを結んでいるね。
やっぱり民間人の子達の目を意識しているんだね、天王寺さん。
「ねえ…ほら見て!あの子達、特命遊撃士よ!」
民間人少女のうちの目敏い1人が、私と英里奈ちゃんを見つけて指を差すと、他の子達も右へ倣えとばかりに、こちらへ一斉に視線を向ける。
おかしな所で統制がとれているよね、民間人なのに。
「あっ、でも和歌浦の君じゃないんだね。ちぇ…」
「なぁんだ…誰かと思えばA組の吹田さんと生駒さんよ、あの2人。」
どうやら御子柴高等学校の1年生も混ざっているみたい。
それにしても、口々に好き勝手な事を言ってくれちゃうよね…




