前編第2章 「恥じらいの剣客少女」
※ 挿絵の画像を作成する際には、ももいろね様の「もっとももいろね式女美少女メーカー」を使用させて頂きました。
こうして私達は朝礼を無事に終え、後はお客さんを待つばかり。
「いよいよ営業開始ですね、千里さん…」
手持ち無沙汰にしていた私に話し掛けてきたのは、癖のない茶髪を腰まで伸ばした、内気で気弱そうな御嬢様風の少女だった。
この子は生駒英里奈ちゃん。
御子柴高校1年A組だから、私のクラスメイトにあたるんだ。
特命遊撃士養成コース時代からの親友だから、かれこれ4年来の付き合いになるんだよね。
英里奈ちゃんは少佐だから、厳密に言うと私の上官になるんだけど、決して階級を持ち出して威張らないのが英里奈ちゃんの良い所なんだよね。
それにしても、メイド服が似合っているね、英里奈ちゃん。
さすがは戦国武将の生駒家宗を御先祖様に持つ、名家の御嬢様。
育ちの良い人は何を着ても様になるんだから、羨ましい限りだよ。
「うん!もうすぐだね、英里奈ちゃん。お客さんが沢山やって来てくれたらいいよね。」
「は…はい…ですが、御来店される地域住民の方々の中には、初対面の方々も大勢いらっしゃるのですよね…?わっ…私、初対面の方々に…その…粗相を致しませんかどうか、そればかりが…その…心配でして…」
か細く震える英里奈ちゃんの声は、どんどん小さくなって行き、最後の辺りにはフェードアウトしてしまったんだ。
出会ったばかりの頃よりは改善されたとは言え、まだまだ英里奈ちゃんには、内気で人見知りな所があるみたいなんだね。
「大丈夫だよ!来店したお客さんに挨拶して席に案内さえすれば、後は小振りな個人兵装の子達が応対してくれるから!」
私は笑いながらこう言うと、自分の胸を思いっきり拳骨で叩いたの。
これ位オーバーでコミカルな方が、緊張も吹っ飛ぶよね。
「私や英里奈ちゃんみたいに個人兵装の嵩張る遊撃士は、接客係専門って決めたじゃない!ケーキを落としたり、コーヒーや紅茶をお客さんにかけたりするなんて心配は、取り越し苦労だよ!」
「は…はい…」
浮かない表情で応じる英里奈ちゃん。
その華奢な肩にはレーザーランスを収納したショルダーケースが自己主張していたし、英里奈ちゃんを励ます私も、レーザーライフルを背負っている。
万が一の有事の際の用心として、私達特命遊撃士は個人兵装の携行が常に義務付けられているんだ。
この第25回つつじ祭だって、その例外じゃないよ。
万一テロリストが乱入した時には、支局ビルと来場者を守るために、この個人兵装が物を言うんだ。
まあ、つつじ祭の最中は3交代制のシフトになっていて、私達が来場者の応対中でも警護のシフトに入っている子達がどうにかするだろうし、そもそも来場者には金属探知機を用いた持ち物検査とボディーチェックが施されているから、滅多な事は起きないんだけどね。
そう言う理由もあって、この「メイドカフェ ビクトリア」でメイドに扮している特命遊撃士と特命機動隊の曹士の子達は全員、銃器や刀剣等で普段通りに武装しているんだ。
物々しいかも知れないけれど、私としては意外に有りだと思うんだよね。
だって、漫画やアニメ、それにゲーム等では、武装したメイドさんって、それなりの市民権を得ているじゃない。
そういうのが好きなサブカルファンのニーズを、きっと満たせると思うんだ。
これが仮に「邪道だ。」と言う人がいるのなら、そういう人は今すぐ南海高野線で難波駅に出て、日本橋の「でんでんタウン」に行けばいいよ。
あそこなら、オーソドックスなメイドさんがいるからね。
どうにか英里奈ちゃんを宥めるのに成功した私が、ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間。
「何故…私がこんな…」
今度は羞恥と困惑の篭った呟き声が聞こえて来るんだよね。
声のする方向に視線を動かすと、そこでは艶やかな黒髪を2つ結びにした少女が、メイド服のスカートの裾を押さえていた。
憂いを帯びた和風の美貌は、心なしか紅潮している。
「B組の淡路かおるさんですね、千里さん…」
「ホントだ。どうしたのかな、かおるちゃん…」
2つ結びにした黒髪に、雅やかな和風の美貌。
そして何より、メイド服の腰に差した日本刀。
中学時代には「御幸通中学至高の剣豪」としてその名を轟かせ、現在では「御子柴1B三剣聖」の一角に数えられている淡路かおる少佐と、その愛刀「千鳥神籬」の武名は、堺県第2支局管轄地域では知らない者はいない程なの。
凛々しい和風の美少女である淡路かおるちゃんが、メイド服を着て戸惑っている様子は、なかなかに味わい深い。
けれど、このまま放置しておくのは良くないよね。
「ねえ、少しいいかな、かおるちゃん?」
「はっ…!?吹田さんに…生駒さん!?」
そっと声を掛けると、かおるちゃんはピクッと震えながら、私と英里奈ちゃんの方に向き直った。
これはまた、随分な狼狽え様だよね。
この分だと、声を掛けられるまで、私達の気配に気付いていなかったようだね。
御子柴1B三剣聖にあるまじき、隙だらけの有り様だけれども、それだけ深刻な考え事の真っ最中だったんだね。
「かおるちゃん…随分と浮かない顔をしていたけど、どうかしたの?」
「よろしければ、御話を御聞かせ頂けないでしょうか?微力ながら、私共でも御役に立てるかも知れません…」
かおるちゃんに向けた私の問い掛けに、英里奈ちゃんが続く。
英里奈ちゃんの内気で気弱そうな美貌に気を許したのか、かおるちゃんは軽い微笑を浮かべて口を開くのだった。
「笑わないで…下さいよ、2人とも。」
手招きに応じた私と英里奈ちゃんに、かおるちゃんはソッと耳打ちしたの。
「えっ…!?つまり、『今更だけど、メイド服が照れ臭くなった。』という事ですか?かおるさん…!」
「シッ!英里奈ちゃん、声が大きいよ!」
つい復唱してしまった英里奈ちゃんを、私は慌てて窘めたんだけど…
「それは貴女もですよ…吹田さん!」
かおるちゃんの咎めるような視線が、私を冷ややかに射抜いている。
自分でも知らないうちに、英里奈ちゃんに負けない位の大声を出しちゃっていたのかな、私ったら…
こういうのって、自分では案外分からない物なんだよね。
恥じらいに頬を赤らめた顔から一変。
かおるちゃんの雅やかな美貌は、普段の感情に乏しい表情に戻ったんだ。
「場所を変えますので、少し付き合って頂きますね、吹田さん…」
そして有無を言わさず私の左手を掴むと、そのままズルズルと私の身体を廊下まで引き摺っていくの。
さっきまで顔を紅潮させていた人間の取る事じゃないと思うんだよね、かおるちゃん…
そういう行動はさ。
「うわ!おっとと…」
それにしても、随分と間の抜けた奇声を上げちゃっているよね、私って。
相当に無様でカッコ悪いと、自分でもよく分かるよ。
こないだ大浜大劇場で遂行した、「吸血チュパカブラ駆除作戦」の時にも思った事だけど、普段の私の立ち振舞いって、いかにも三枚目なお調子者なんだよね。
正直言って、たまには私もクールにカッコ良く決めたい所だね。
かおるちゃんやマリナちゃんみたいに。
クールなシリアスモードに私自身が耐えられるかどうかは、また別問題だけど。
「あわっ!おおっ…とととっ!」
「あっ…!おっ、御待ち下さい…!千里さん!かおるさん!」
無表情なかおるちゃんにガシッと左手を掴まれ、カッコ悪い奇声を上げておかしなステップを踏みながら連行されていく私。
オロオロと狼狽えながら、それを大慌てで追い掛ける英里奈ちゃん。
英国調の飾り付けが施された研修用教室を舞台に、武装したメイド服姿の少女3人が繰り広げるこの光景は、何とも珍妙で間が抜けていただろうね。