後編第4章 「これが特撮女子・枚方京花少佐の真骨頂だ!」
「御免下さいませ、京花さん…」
そっとドアを開けた英里奈ちゃんの声が、小さく響いた。
芳名録への記名を済ませ、私と英里奈ちゃんが足を踏み入れた研修用教室には、並べられた衝立で通路が形成されていた。
それらの衝立には、「日本の特撮ヒーローの歴史」のテーマにちなんだ研究内容の記された模造紙が貼られている。
巨大ヒーローの「アルティメマン」シリーズの研究展示物は京花ちゃんが、等身大変身ヒーローの「マスカー騎士」シリーズについては葵ちゃんが率先して書いたんだろうね。
作品概要部分はムック本やWEBページと大体一緒だから、知ってる人には物足りないかも知れないね。
むしろ注目すべきは、書き手の主観や個性が反映される記事だね。例えば、この「枚方京花少佐とアルティメマンシリーズの馴れ初め」とか。
京花ちゃんが初めてアルティメマンシリーズに接触してから今に至るまでを、アルバム風に写真を使って紹介しているんだけど、「人に歴史あり」って感じがして面白いね。
さやま遊園で開催されたアルティメマンショーに、御両親と一緒に遊びに行った時の記念写真なんかは、ノスタルジーに胸がキュンとなっちゃったね。
幼稚園年長組時代の小さな京花ちゃんが、アルティメゼクスに抱っこして貰っている写真なんだけど、京花ちゃんのお父さんったら、子供をダシにしてアルティメゼクスと肩を組んじゃっているんだ。
京花ちゃんのお父さんは、アルティメゼクスのリアルタイム視聴者だから、無理もないよね。
その傍らで、「しょうがないなあ…」って顔をしている京花ちゃんのお母さんが立っているのを見たら、苦笑するしかないけど。
こうして見ると、京花ちゃんのアルティメマン好きは、初期シリーズを子供時代に見ていたお父さんに影響されて始まったみたいだね。
「来てくれてありがとう!英里奈ちゃん、千里ちゃん!」
先程フレイアちゃんに見せて貰った写真と同様に、青と黒のカラーリングが特徴的な、アルティメフォースの隊員服を身に付けた京花ちゃんが、私達に気付いてやってくる。
私が驚いたのは、京花ちゃん以外の子達もまた、アルティメフォースや侵略宇宙人攻撃隊IACなどの、アルティメマンシリーズの防衛チームのコスプレをしていたって事だね。
まあ、アルティメマンシリーズの隊員服は、コスプレ用として市販されているからね。
この近くだと、アニメショップの「アニメシア堺東店」で取り扱っているから、そこで買ってきたのかな?
こないだアニメシアへB6サイズの透明ブックカバーを補充に行ったら、アルティメフォースやIACの制服が、「アドミラル・メートヒェン~愛、死にたまう事なかれ~」の海軍乙女挺身戦隊の軍服や、「おうか満開!」の砕玉高校女子生徒制服と一緒に陳列されて売っているのを見掛けたんだ。あれは壮観だったよ。
でも、何か違和感があるんだよね…
「ねえ、京花ちゃん…京花ちゃんが着ているアルティメフォースの隊員服なんだけど、他の子達が着ているのとは、何だか雰囲気が違う気がするんだけど?」
おずおずと問い掛ける私に向けて、京花ちゃんは満足そうに微笑んだんだ。
「よく気付いてくれたね、千里ちゃん!他の子達のは市販品なんだけど、私のは一点物なの!ああ、志摩子ちゃん!ちょっと、こっちに来て!」
こう言うと京花ちゃんは、市販品のアルティメフォース隊員服でコスプレをした遊撃士の子を連れてくると、比較しやすいように自分の隣に立たせたのだ。
「見て、こっちが市販品!私のとは色合いが違うでしょ!私のは、放送当時のスチール写真を参考にしたんだ。極めつけは、この脇から腰にかけての蛇腹!市販品だと、この部分はコスト削減のために布製だけど、私のは撮影用の衣装と同じ素材を使っているんだよ!」
葵ちゃんが言っていた凄さって、この事だったんだね。カスタムした隊員服のクオリティも凄いけど、それを熱く語る京花ちゃんの思い入れも凄いよね。
「この隊員服、市販品の発売前にお母さんに作って貰ったんだ。オマケに、お父さんともお揃いなんだよ!もっとも、お父さんの隊員服は、アルティメフォースのナカヤマ隊長仕様だけどね。」
こう言って京花ちゃんが指差した写真は、アルティメフォースの制服を着込んだ京花ちゃんとお父さんのツーショット写真だった。
京花ちゃんのお母さんも、本当にご苦労な話だよね。
もしも京花ちゃんがもう少し強引な性格だったら、京花ちゃんのお母さんもコスプレに巻き込まれていたのかな?アルティメフォースのマドンナであるユリコ隊員に扮して、この写真に写っていたのかもね。
「素晴らしいですね、京花さんは。御父様とは御趣味を共有出来ていますし、御母様も御理解がある方で。御両親と円満そうで、本当に何よりですよ。」
両親の厳格な教育方針が裏目に出て、内気で気弱な性格に育ってしまった英里奈ちゃんの言葉は、明るく何気無い口調とは裏腹に、私と京花ちゃんの心に、ずっしりと重く響いたんだ。
「あっ…!ゴメン、英里奈ちゃん…英里奈ちゃんの事も考えず、私ったら…」
「あぁ、ごっ…誤解ですよ、京花さん!私はただ、『京花さんは、御家族と円満に過ごされていらっしゃるな。』と純粋な感想を述べただけで…決して、そのような他意は…」
何気無い一言が予期せぬ地雷になって、2人ともオロオロしているね。
「まあまあ、2人とも落ち着こうよ。京花ちゃんだって悪気はないんだし、英里奈ちゃんだって、特に他意はないんだし。展示の紹介を続けてってよ、京花ちゃん。研究展示以外にも、色々あるんでしょ?」
上官である少佐の2人を、准佐の私が諌めるのも変な話だけど、この場合は私がやるしかないね。
「あっ、うん…他にも、ソフビ人形で遊べるプレイコーナーや、記念撮影コーナーも用意したんだ。ゆっくり見て行ってよ!」
どうにか気を取り直した京花ちゃんが示した一角に、私と英里奈ちゃんは視線を向けてみたの。とにかく一刻も早く、話の流れを切り替えたかったからね。
「京花さん、千里さん!あの畳の敷かれた一角が、プレイコーナーですね!」
「そうだよ、英里奈ちゃん!備品庫にあったんだ。ついこないだ、利晶の杜に併設された茶室の畳が張り替えられてね。その時に張り替えた古畳を、軍刀とかの試し切り用に譲り受けたんだって。試しに使用許可を申請したら、『どうせ斬っちゃうんだから…』って具合に、あっさり許可が下りたよ。」
なるほど、畳敷きスペースの傍らに置かれたカラーボックスには、ソフビ人形が幾つも並べられているね。
子供も喜んでくれそうだよ。
どうやら、これがプレイコーナーみたいだね。
カラーボックスに並んでいるソフビ人形は、アルティメマンやマスカー騎士といった、ヒーロー側だけじゃないね。
アルティメマンの敵怪獣にマスカー騎士の敵怪人、そして劇場用映画の「大怪獣オメガ」シリーズの怪獣達といった悪役も、一通り網羅しているよ。
だけど心なしか、型落ち感があるんだよね。
現行作品のヒーローであるアルティメマンネビュラは辛うじて入っていたけれど、それも第1話から登場しているマルチスタイルだけ。強化形態であるアグレッシブスタイルや、追加戦士のアルティメマンマルスのソフビなんて、どこにも見当たらない。
後は放送を終えたシリーズのソフビ人形ばかり。
宇宙空手で戦うアルティメマンライガーに、日仏合作のアルティメマンジョルジュ。いずれもマニア好みな、過去シリーズの主人公達だね。
それに、空爆怪獣ゲルニゴンに暴食邪竜ウロボロスのソフビなんて、懐かしいな。どっちも私達が小学生の時に放送していた、「アルティメマンアース」の怪獣じゃない。
大怪獣オメガにしても、5年前のアイアンオメガが比較的新しい部類で、今年の正月映画に出てきたミカドゴリラなんて、影も形もないよ。
どうやら子供が手荒に扱っても諦めがつくように、旧作品のソフビ人形を安売りコーナーで見繕ってきたんだね、京花ちゃん。
そして書き割り背景を壁に貼り、段ボール箱の表面に写真を貼って再現したビルの置かれたスペース。
これが例の記念撮影コーナーだね。
この中に入れば、巨大怪獣の気分で写真を撮れるという趣向だね。
「写真は、葵ちゃんも入れて4人で撮らせて貰うね。でも、申し訳ないけど、そこまで長居は出来ないんだよね…」
「14時からは、マリナさんの公開射撃演習がありますので、そちらの方にもお邪魔致しませんと…」
私と英里奈ちゃんの申し訳なさそうな返答に対して京花ちゃんは、それほど落胆した様子も見せないで頷いた。
「私も昨日行ったんだよね、マリナちゃんの公開射撃演習に。あれは面白いよ。私としても、いい具合に楽しめたな。でも、毎回あのノリを要求されたら、マリナちゃんの精神的疲労は半端ないだろうね…」
何だろうね、京花ちゃんの言う「あのノリ」って…
マリナちゃんをアイドルや大浜少女歌劇団の男役に見立てたファンの子達が、大挙して押し寄せているとは、本人の口から昨日聞いたけど。
「まあ、そういう私も、明日は『皐月の演舞』で居合い抜きをやるからね…」
明朗快活で主人公気質な普段のイメージには似つかわしくない、少し弱気な口調だった。
一体どうしちゃったの、京花ちゃん?




