後編第1章 「つつじ祭2日目 歩哨の徒然」
この章から、元化25年5月4日(金)、第25回つつじ祭2日目になります。
無事に2日目を迎えた第25回つつじ祭は、雲1つ無い見事な五月晴れに恵まれた事もあって、ますますの盛況振りを見せている。
広報活動と地域交流という開催の趣旨を考えれば、今の所、その成果は上々のようだね。
もっとも、民間人の来場者が多数いる現状況下で、万が一にも有事が起きちゃったら、今まで積み重ねてきた物の何もかもが台無しだから、気を引き締めていかないといけないよね。
そんな有事にアタフタしないためにも、つつじ祭中の特命教導隊員と特命機動隊、そして特命遊撃士には3交代制のシフトが組まれていて、常時一定人数は必ず警備任務に従事しているんだ。
もちろん、万一に備えて、個人兵装はいつでも使えるように展開しているよ。
昨日は「メイドカフェ ビクトリア」でミリタリーメイドとして鳴らした私こと吹田千里准佐も、今日は警備任務のシフトに入っているの。
今は1階エントランスの北扉を、上官にして親友の生駒英里奈少佐と一緒に監視の真っ最中。
私達特命遊撃士の部下にあたる、特命機動隊の曹士の子達も、銃剣付きのアサルトライフルを装備して、同じフロア内を常時巡回しているんだ。
そんな私と英里奈ちゃんのお揃いのコーディネートは、普段通りの遊撃服。
黒いセーラーカラーに結ばれた赤いネクタイ。
正義の象徴たる純白の生地を飾るのは、金色のボタンと刺繍、そしてウエストを締め上げる黒いベルト。
見事な絶対領域を形成している、黒いミニスカとニーハイソックス。
足元を守るのは、ダークブラウンのローファー型戦闘シューズだ。
都市防衛の要たる防人の乙女の一員としては、いつものこの遊撃服が、やっぱり一番落ち着くんだよね。
もっとも、私と英里奈ちゃんの遊撃服には、幾つかの差異があるんだけど。
まずは、私と英里奈ちゃんの右肩に注目してみて。
英里奈ちゃんの右肩には、金色のモールがついているけど、私の右肩には何もついていないでしょ?
これは飾緒といって、少佐以上の階級に昇級して、初めて支給されるんだ。
右肩のチェックが終わったら、次は左肩。
左肩には階級章がボタンでつけられているんだけど、よく見比べてみてね。
私の階級章には、細いVの字が5本入っているけれど、英里奈ちゃんの階級章には、少し太目のVの字が1本だけ。
これは私が准佐で、英里奈ちゃんが少佐階級の特命遊撃士だという事を表現しているんだ。
人類防衛機構の将校である特命遊撃士の階級は、基本的には5階級制なの。
尉官は、少尉・中尉・大尉・上級大尉・准佐の順に昇格していって、佐官に昇格する。ちなみに、私たちは特命遊撃士養成コースを修了すると、自動的に少尉階級を賜るんだ。ここから特命遊撃士としてのキャリアを積み重ねていくんだよ。
英里奈ちゃん達が該当する佐官は例外的に6階級制で、少佐・中佐・大佐・上級大佐・代将・准将と昇格していくんだ。
その次は将官だね。
将官の階級は、また5階級制に戻って、少将補・少将・中将・大将・上級大将と昇格していくの。ここから先は、元帥とか副帥とかになってくるね。
私の階級章の細い5本のV字は、尉官の最高階級である准佐を表していて、英里奈ちゃんの少し太目のV字1本には、佐官の最低階級である少佐の意味が込められているの。
今後、私が少佐に昇格したら、私の階級章は今の英里奈ちゃんと同じ物になるし、英里奈ちゃんが中佐に昇格したら、少し太目のV字が2本に増えるんだ。
再び遊撃服に袖を通した事に、ここまで想いを馳せるだなんて、我ながらよっぽど退屈しているのかな。
「ふう…」
こうして何気無く首を回したら、思わず溜め息をついちゃったよ、私ったら。
有事が起きず、至って平和に事が進んでいるのは大歓迎なんだけど、こうやって歩哨や衛兵よろしく突っ立っているのも、それはそれで暇なんだよね。
日頃、支局のエントランスを警備している曹士の子達も、同じような思いをしていたんだね。
改めて、その苦労を実感したよ。
メインステージでは現在、特命機動隊有志によるガールズバンドが、ロックやポップスを熱唱しているんだけど、私にとっては畑違いの分野だから、あんまり退屈しのぎにはならないんだよなあ。
決して耳障りではないんだけれど、積極的に聴こうかというと、そうでもない。
さしずめ、居酒屋で流れている有線や、関西のローカルスーパー特有のテーマソングみたいな物かな。
演奏している曹士の子達には、本当に申し訳ないんだけどね。
シフトがある以上は持ち場を離れる訳にもいかないし、そうかと言って、スマホで遊ぶ訳にもいかないし。
こんな時に出来る暇潰しも、自ずと限られちゃうよね。
「ねえ、英里奈ちゃん?登美江さんが来てくれてから、しばらくしてだったよね、あのスパークリングワインのオーダーが何件か入ったのは。良かったじゃない。」
昨晩帰宅してすぐに探し出した内部関係者用パンフレットに収録されている有事対策マニュアルにも、「警備任務中は私語厳禁」なんて書いていないんだし、隣に立っている英里奈ちゃんに話し掛けたって、大丈夫だよね。
「ええ…登美江さんが、マリナさんと京花さんの近況について触れて下さったのが大きいですね。」
レーザーランスを肩掛けしている英里奈ちゃんが、雑談に乗ってくれたのを確認した私は、密かに胸を撫で下ろしたね。
もしも私語厳禁だったら、内気で気弱な英里奈ちゃんの事だもの、キュッと眉を潜めて不安そうに渋るはずだよ。
そんな英里奈ちゃんの判断基準でも大丈夫って事は、ある程度の私語はお咎め無しみたいだね。
まあ、雑談に夢中になるあまりに、危険人物や危険物を見逃しちゃったら責任問題だから、周囲に絶えず目を光らせておこうか。
そして、いつでも撃てるように、引き金にしっかり指をかけておかないとね。
本物のレーザーライフルは勿論だけど、心の銃の引き金にも。
―正義のために、いつでも撃てる覚悟。それこそが、『心の銃の引き金に指をかける』という心構えです。
養成コース時代の射撃訓練の際には、こう何度となく特命教導隊の先生達に言われたものだよ。
「何しろ、マリナさんは大浜大劇場での御活躍で武勲を立てられましたし、京花さんは『皐月の演舞』に居合い抜きで出演される予定。共に注目を一身にお集めの御身ですからね。そんな御2人が口にされているのですから、『今日は試しに、そのイングリッシュ・スパークリングワインとやらを飲んでみようではないか。』という動機でオーダーされた、ミーハー気質の方も、少なからずいらっしゃったのでしょうね。」
「アハハハ!成る程、ミーハー気質ね…」
これまた随分と手厳しい評価だよね。
スパークリングワインを頼んでくれた来場者を捕まえて、それも「ミーハー気質」だなんて。
内気で気弱そうに見えても、言う時は言うようになってきているよね。
小6以来の親友としては、これも精神的成長の一環と思って、温かく見守ってあげないとなぁ。
「まあ、いずれにせよ、第三者の方に御注文頂けたのは幸いです。私としても、それなりに面目は保たれましたので、これで一安心ですよ…」
言葉の割には、あんまり浮かない表情だね、英里奈ちゃん。
「それにしても、マリナさんと京花さんは大丈夫でしょうか…」
ああ、そういう事ね。
その気持ちは分かるよ、英里奈ちゃん。
昨日のマリナちゃんったら、いつもと何か調子が違うんだもん。
民間人のファンの子達によって乱されたペースを、私をからかったり京花ちゃんとふざけ合ったりする事で、何とかして普段通りに戻そうとしているんだけど、それが空回りしているって感じに見えたよ。
居合い抜きの演舞を明日に控えた京花ちゃんに至っては、かおるちゃんや登美江さんの励ましが、かえってプレッシャーになっていないとも限らないし。
人気者として注目されたり、晴れの檜舞台に立ったり。
一見すると輝かしい栄光に包まれているようでも、本人にとっては気苦労の種になっているのは、往々にしてよくある事なんだよね。
そういう機会とは無縁な私からすれば、何とも贅沢な悩みに見えちゃうんだけど、僻んじゃダメだよね。
「じゃあさ、巡回パトロールのシフトになったら、見回りついでに遊びに行こうよ。昨日の登美江さんじゃないけれど、陣中見舞いと洒落こんでね。もうすぐ午後1時になるから、じきに交代の子達が来るよ。」
その時には、なるべく自然体で行かないとね。
変に改まった態度を取っちゃったら、2人のプレッシャーを徒に煽る事にしかならないからね。
「陣中見舞いですか!それは良いですね!」
おっ、英里奈ちゃんも乗り気だね。
「それでは、マリナさんの公開射撃演習に御時間を合わせて、その前後に京花さんの特撮物の研究展示に御邪魔しましょうか?」
あっ!巡回パトロールにかこつけての観覧の予定をあれこれ立てている英里奈ちゃんの後ろから、2人組の特命遊撃士が近づいてくるね。
金髪のセミロングに白いヘアバンドが印象的な子は、エネルギーランサーを肩掛けしていて、金髪ロングヘアーの子はアサルトライフルを構えているよ。
どうやら、噂をしたから影が差したのかな?




